第六章 属州の反乱 場面三 森の民(四)
ティベリウスは少し間をおいて言った。
「マルコマンニ族長マロブドゥス。あなたと話がしたい」
数人の男たちが叫んだ。
「そこで言え!」
「我が一族は寛大だ、話ぐらいは聞いてやる!」
ドミティウスはそれ以外のゲルマン語の野次も訳そうとしたらしかったが、マロブドゥスが何か言うと、「何だと」と言って族長を睨んだ。
「あなたの長剣を渡せと言っています」
ティベリウスはマロブドゥスを見る。首長は悠揚とした態度を保ったまま、ティベリウスを観察しているようだった。ティベリウスはベルトから剣を外し、ドミティウスに渡した。ドミティウスは物問いたげに総司令官を見たが、ティベリウスは黙って頷いた。マロブドゥスは若者を介して剣を受け取り、わずかに眉を上げる。
「重いな」
マロブドゥスの言葉を、ドミティウスが訳した。ティベリウスは黙っていた。族長は剣を抜き、軽く構える。ドミティウスは緊張した様子で族長を見つめていた。
「いい剣だが、かなり重いな。もっとも、カエサル将軍なら容易に操れるのだろう。相当威力はありそうだ」
マロブドゥスは剣を収めた。鞘は革張りで、その根元と先には黄金の装飾がついている。柄は象牙製だ。
「革は随分新しいな。大切に使っているようだ。由緒ある品か」
「弟の形見だ」
「―――」
マロブドゥスは一瞬口を噤んだ。マロブドゥスの周囲の者たちが何事か囁き交わす。
「ゲルマニクスだ」
壮年の男が言った。
「「ゲルマニアを征した者」! 何がゲルマニクスか、嘘吐きめ!」
「我が一族をレーヌス河より追い立てた挙句、自分は馬から落ちて死んだではないか」
「呪われろ、この侵略者め!」
ゲルマン語に混じって、訛りのあるラテン語でも次々に呪いの言葉が上がる。興奮した数名のゲルマン人は剣を抜き、威嚇するように天へ突き上げた。一人が横からマロブドゥスの手にあるティベリウスの剣を取ろうと手を伸ばす。だがマロブドゥスは視線を向けず、手だけでそれを制した。
「この男は我々を攻めに来たのだ。攻め込みたくてうずうずしていた。それを、都合が悪くなるや泡を食って我々に縋りに来た」
「ローマ人がいる限り、我々に安住の地などない!」
「殺してしまえ!」
「皮を剥いでしまえ!」
「首を取って奴らに送りつけてやれ!」