第六章 属州の反乱 場面三 森の民(三)
林には、手提げランプを持ったドミティウスが先に踏み込んだ。ティベリウスがその後に続くと、一斉に人が動く気配と共に、二人はゲルマン人に取り囲まれた。彼らはゲルマン語や、訛りのあるラテン語で口々に騒ぎ立てる。ゲルマン語は判らなかったが、ラテン語を話す者たちは剣をちらつかせながら、「生きて戻れると思うな」「度胸だけは大したものだ」などと言い立てた。全員が武装しており、ガチャガチャと鉄が触れ合う音がした。彼らがまとっている帷子や鎧は、あるものは一見してローマ製と判るものだったが、ガリア製らしいものもある。一人が手を伸ばし、ティベリウスの右肩の黄金の外套留めに触れようとした。ドミティウスは男の腕を掴み、拳を握って怒鳴りつける。
「何をする!」
ティベリウスはドミティウスの腕を掴んだ。
「よせ!」
ゲルマン人たちがどっと笑う。
「盗られると思ったらしいぜ」
「バカ、ビビってんだ」
訛りのあるラテン語が言った。その時、取り囲んだ男たちの奥から、落ち着いた声がした。
「「失礼な真似はよせ」と言っています」
ドミティウスが言った。
声の主がティベリウスの前に姿を現した。三十代半ばであろうマルコマンニ首長は、あごひげを蓄え、長い髪は右のこめかみでまとめて束ねている。濃い金髪と青い目、それに白い肌は、ローマにいた時と少しも変わらなかったが、ズボンを穿き、美しい深緑に染色されたマントをまとったマロブドゥスは、ゲルマニアの有力部族の長以外の何者でもない姿をしていた。傍らに立つ少年は、彼の息子だろうか。どことなく面差しが似ている。十代半ば程に見えた。
マロブドゥスがゲルマン語で何か言った。ドミティウスはラテン語で答える。
「わたしの父はゲルマン人だったが、わたしはローマ市民だ」
族長の傍らの若者は、どうやらドミティウスの言葉をゲルマン語に訳し、皆に伝えているようだった。次のマロブドゥスの言葉に対し、ドミティウスは「ヘルムンドゥリ族だ」と答えた。出身部族を尋ねられたのだろう。ヘルムンドゥリ族は親ローマの一族となって久しい。彼らは総督ドミティウス・アエノバルブスの指示に従い、ゲルマン人とローマの境界に位置する今の居住地に移住さえしたのだ。このゲルマン人の名は、ローマ市民権を得る時に彼からもらったものなのだろう。ゲルマン人たちの間にざわめきが広がった。
「ローマの腰巾着か」
「臆病者め」
ラテン語で野次が飛ぶ。ティベリウスはマロブドゥスを見つめて言った。
「使者を侮辱するのが、森の民の礼儀か」
ドミティウスは驚いたようにティベリウスを見た。マロブドゥスは軽く眉を上げる。族長が何か言うと、取り囲む男たちは同調する様子で何かを言い騒いだ。ドミティウスが訳したマロブドゥスの言葉は、ティベリウスには厳しいものだった。
「文明の民が、友人に三方から長槍を突きつけるのなら」