第六章 属州の反乱 場面三 森の民(二)
「その後は何と言ったんですか」
セイヤヌスがドミティウスに尋ねた。ドミティウスはわずかに苦笑する。
「文明化とは、バカになるということらしい、と」
アッティクスがわずかに笑いの混じった声で言った。
「中々気が利いている」
「違いありませんね」
「ドミティウス」
「はい」
「話がしたいと言ってくれ。ラテン語でいい」
「判りました」
ドミティウスは林に向かい、声を張り上げた。
「マルコマンニ一族とお見受けする。わたしはイリュリクム属州の総督補佐官ドミティウス・アエノバルブス。我が軍の総司令官、ユリウス・カエサルがあなた方と話をしたい。首長マロブドゥスはそちらにおられるのか」
少しの間があった。返ってきたのはゲルマン語だった。落ち着いた声の返答と、二、三の野次らしい。ドミティウスは唇を結んだ。
「何て言っている」
「話がしたいなら、一人でこちらへ来いと言っています」
「判ったと言ってくれ」
「総司令官殿!」
ドミティウスは眦を吊り上げる。
「何ということを。おやめ下さい」
ティベリウスは黙ったままドミティウスを見つめた。ドミティウスは恐らく反論しようとしたのだろう、何か言いかけたが、再び強く口を結び、林に向かって声を投げた。
「承知した。ただ、このドミティウスのみは通訳として同行する。カエサルはあなた方の言葉に不慣れである」
短い間があって、再びゲルマン語が飛んでくる。ドミティウスは「判った」と怒鳴り、それからティベリウスを見る。
「通訳ならば、剣は要るまいと」
ティベリウスは部下たちを見た。
「ここで待て。三刻(約三時間)して戻らなければ、状況を見てアプロニウスの指示に従ってくれ。本営へ戻っても構わない」
「総司令官殿」
ドミティウスから長剣と短剣を受け取ったセイヤヌスが、緊張した表情でティベリウスを見つめる。アッティクスはドミティウスに向かって言った。
「お気をつけて」
「いざとなれば、この身ひとつでも盾にはなれる」
「ドミティウス殿」
「マロブドゥスは抜け目のない男ですが、決して話の判らぬ男ではないと聞いています。心して参りますから」
三十代に入ったばかりのアプロニウスは、若いながら肝の据わった指揮官だったが、さすがに不安げな表情でティベリウスを見つめた。
「しかし、本当に………もしも、反乱軍の手がここにも既に回っていたら」
ティベリウスは薄く頬笑んだ。
「四半刻(十五分)と待たずに、全員が首だけになっているだろうな」
危険については船で話しつくした。大体、ティベリウスは春にはマルコマンニ一族に戦争を仕掛けるつもりでいたのだ。
「ユピテル神のご加護を」
「我がローマに。―――後を頼む」
ティベリウスは軽くアプロニウスの腕に触れた。
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