第六章 属州の反乱 場面二 属州の反乱(四)
ドゥルーススは心臓を冷たいもので突かれた気がした。カルヌントゥムはダーウィヌス河沿いの古都だ。ダーウィヌス河北岸にはマルコマンニ一族がおり、南岸にはパンノニアが広がっている。ドゥルーススも顔色が変わったのだろうか。ピソがドゥルーススの肩に軽く手を置いた。
「ドゥルースス殿」
「あ………はい」
「大丈夫かね」
「はい」
ドゥルーススはそう答えたが、声は掠れていた。
「君の父君は並の指揮官じゃない。必ず何とかなる。イリュリクムは、一度はカエサル御自身が征した地で、マルコマンニ族の族長マロブドゥスはカエサルの古い友人だ。少しは気休めにならないかな」
神祇官ピソは落ち着いた口調で言った。
「いえ」
ドゥルーススはかぶりを振る。アウグストゥスが、執政官でもないピソをこの場に呼んだのがよく判る。かつてアウグストゥス不在の間に首都で暴動が起こった際、執政官として陣頭指揮を執ったのがこのピソだった。その落ち着いた口調や、前向きで適度に楽観的な態度には、人を落ち着かせる何かがあった。
「ありがとうございます。ぼくは大丈夫です」
そこへ、アッルンティウスが現れた。ピソはアッルンティウスに短く事態を説明してから、書簡を手渡す。レピドゥスはアウグストゥスへの話を続けた。
「とにかく、議会の召集を。マロブドゥス配下の軍勢は六万は下らない。ダルマティアとパンノニアで、二十万はいるだろう。カエサルの手勢は補助軍を合わせても五万に満たない」
書簡を読み終えたアッルンティウスが、声高に怒鳴った。
「蛮族どもめ!」
アッルンティウスは、四十代半ばだろう。我慢できない様子で気短に言う。
「奴らの為に、我々がどれだけの人と物とカネをつぎ込んだか。誰が町を作り、道路を作り、水道を引き、村を守ったと思う。彼らが手にしている武器とて、奴らの村を守るために我々が与えたものではないか。それを、こともあろうにローマ軍に協力せず、逆に剣を向けるとは。思い知らせてやるぞ!」
室内の人間の顔が一様に青ざめていたのと対照的に、アッルンティウスの顔だけは怒りで真っ赤になっていた。単純なその怒りが、どうやらアウグストゥスを救ったようだった。
「明日、政策委員会を召集する。明後日には元老院を集めよう」
アウグストゥスはレピドゥスの手を握って言った。
「我が国の力を見せてやろう」