第六章 属州の反乱 場面二 属州の反乱(三)
「父は―――総司令官はどうした」
「総司令官はカルヌントゥムに留まり、鎮圧のためメッサリヌス殿を派遣されました。ラエティアの一軍へも、ダルマティアへ向かうよう指示が」
その時、客間の入り口にいた使用人が、客の到着を告げた。
まず四十代にも満たない若さで現在執政官の地位にあるアエミリウス・レピドゥスが、それからアウグストゥスと親しく、執政官の経歴を持つピソ・ポンティフェクスが続いて入ってきた。ピソは本名をルキウス・カルプルニウス・ピソといい、グナエウス・ピソの弟と同姓同名だ。共に執政官経験者なので、区別するために「神祇官ピソ(ピソ・ポンティフェクス)」が通称になっている。ピソの弟は「鳥占官ピソ(ピソ・アウグル)」が通り名だ。二人の客はアウグストゥスの前にゆっくりとした所作で頭を下げ、それからドゥルーススに目を向けた。ドゥルーススはまず執政官であるレピドゥスの手をとって挨拶し、それからピソの手をとった。ピソは穏やかに頬笑む。
「お待たせしたようだ」
「ぼくは隣ですから」
「なるほど」
アウグストゥスは相変わらず青い顔をしていたが、それでも何とか微笑を浮かべて二人の客を見た。
「お二方とも、このような時間に呼びたてて申し訳ない」
「確かに、穏やかではない時間ですな」
ピソはむしろおっとりとした口調で言った。
「何事でしょうか」
レピドゥスが尋ねる。
「じき、アッルンティウスも来るはずだ」
レピドゥスはちょっと眉を上げた。
「執政官二人が顔をそろえるとは」
「ドゥルースス、お二人に書簡を渡してくれ」
「はい」
二人の客は順に書簡を読んだ。しばらく室内に沈黙が下りる。息詰まるような静寂を破って、レピドゥスはアウグストゥスを見た。
「元老院を召集しなければ。カエサルには緊急に援軍が必要です」
「それに、軍団指揮権も」
ピソが付け加えた。
元老院は月に二回召集され、議題が続く限り毎日開催されるが、既に数日前に散会していた。
そうだ。ティベリウスはゲルマニア戦線での指揮権は有していても、ダルマティアに対しての指揮権は持っていない。ローマ全土に及ぶ指揮権を持っているのは、アウグストゥスただ一人なのだ。
「アウグストゥス」
レピドゥスは顔を強張らせている。
「ダルマティアが起てば、十中八九パンノニアが動く。そこにマルコマンニ族が加われば、カエサルは南北から挟み撃ちにあう」