第五章 ゲルマニア戦役 場面五 追放(二)
「お前もやっと清々するか」
私物を整理していたポストゥムスは、部屋を訪ねたドゥルーススに言った。
「ポストゥムス」
最後までこの態度か―――と半ば呆れて名を呼ぶと、ポストゥムスはドゥルーススにちらりと眼を向けた。
「何か持っていけ。記念だ」
「何か」と言いながら、ポストゥムスは棚から彫刻を施した木製の小箱を取り出し、ドゥルーススに押し付ける。
「要らなければ捨てろ」
その後は取り付く島もなく、呼びかけても返事さえしない。ドゥルーススは嘆息した。
「ポストゥムス」
「………」
ドゥルーススは押し黙ったままのポストゥムスの背に向けて言った。
「どうか元気で。手紙を書くよ」
返事はなかった。ドゥルーススは部屋を出た。
小箱から出てきたのは、ブローチにするには少し大きめの、楕円形のカメオだった。サイズがサイズなので、ドゥルーススは最初彫られている二人の男女が誰なのか判別できなかった。カメオの裏面に、「愛する娘へ 十年目の記念に」という文字と、アウグストゥスの銘が刻まれていることで、ようやくそこにあるのがユリアと故アグリッパ将軍であることが判った。日付はアグリッパ将軍が没する一年前だ。結婚記念日にでもアウグストゥスがユリアに贈ったのだろう。それがどういう過程を経て末っ子のポストゥムスの手に渡ったのかは判らない。ポストゥムスは父親の死後に生まれ、母ユリアは間もなくティベリウスとの再婚でアグリッパ家を離れている。それを不憫に思った誰かが、ポストゥムスにこれを贈ったのかもしれない。
ポストゥムスとのことは、長くドゥルーススの中に悔いとして残った。カエサル家の人間として、ドゥルーススはただ一人、護衛兵に囲まれた馬車で護送されていくポストゥムスを街道まで見送った。ポストゥムスはドゥルーススを見ていた。じっと。ドゥルーススもポストゥムスを見つめ続けた。もっとうまくやれなかったのだろうか。もっといい方法が―――彼と心を通わせる方法が、何かありはしなかっただろうか。苦い敗北感が残った。
もっともこの年、感傷に浸っていられる時間は多くなかった。ドゥルーススだけではない。誰にとっても、それどころではなかっただろう。ローマは、久しぶりに属州の反乱という、大変な事態に直面していたのだから。