第一章 父の帰還(十四) 場面四 弟の死(三)
「総司令官殿………」
ロンギヌスが遠慮がちに声をかけてきた。ティベリウスは顔を上げる。
「フラウィウス」
「はっ」
「アウグストゥスには」
「同時に早馬が走っております。すぐにアウグストゥスとネロ総司令官にお伝えせよとのご命令でした」
「総司令官は、今モグンティアクムだな」
「はい」
「ロンギヌス」
ティベリウスは矢継ぎ早に言った。
「騎兵を二十名、用意させてくれ。すぐにかの地に向かう」
「ご案内を―――」
フラウィウスは言いかけたが、ティベリウスはかぶりを振る。
「君は疲れている。モグンティアクムの陣営なら、案内は要らない。―――ケルフィキウス」
ティベリウスは百人隊長の一人を呼んだ。
「はい」
「フラウィウスに食事を与えて休ませろ。―――ご苦労だった」
ケルフィキウスは敬礼し、フラウィウスを促す。フラウィウスの両目からは、涙がとめどなく溢れていた。
「総司令官殿」
「ご苦労だった。ゆっくり休んでくれ」
ティベリウスは繰り返した。ここからモグンティアクムまで、アルプス山脈を挟んで直線距離にしても優に三五〇マイル(ローマ・マイル。約五百キロ)は離れている。往復させるのは酷だし、スピードも落ちる。
「申し訳ありません………」
「何を謝る。よく報せてくれた。………ご苦労だった」
使者は肩を落とし、ケルフィキウスに付き添われてオフィスを出て行った。
「総司令官殿」
ロンギヌスが言った。
「騎兵二十名では危険すぎます」
「大人数では足手まといだ。時間がない」
ティベリウスは苛々と言った。
「アウグストゥスにわたしが向かったと使者を送ってくれ。後の事は任せる」
有無を言わせぬティベリウスの剣幕に、ロンギヌスは反論を飲み込んだらしかった。一礼し、足早に部屋を出て行く。
今行く。
必死で念じながら、ティベリウスは甲冑を身に着けた。
気をしっかり持て。絶対に死ぬな、ドゥルースス!
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