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第五章 ゲルマニア戦役 場面四 マクロ(四)

 思いつくままに口にしてから、ドゥルーススは我に返って思わず赤面した。父の親友に対して、得々と父の心中を推測してみせたことが急に恥ずかしくなる。ティベリウスと、ドゥルーススはそんな話をしたことはない。養子縁組の時も、父は何も言わなかった。自分のことも、ドゥルーススのことも。ただ、「ゲルマニクスを弟として支えて欲しい」と言っただけだ。

 ピソはしばらくの間、無言でドゥルーススの眸を見つめていて、ドゥルーススは余計に落ち着かなくなった。

「………あの」

 あの。言ったものの、ドゥルーススは言葉を続けられなかった。「済みません」だろうか。確かに自分の物言いは、三十歳も年長の人間に対する口のききかたではなかったのではないか。

 だが、ドゥルーススが謝罪するよりも早く、ピソの方が「済まない」と言って、ドゥルーススを驚かせた。

「二度と言わない。こんな差し出口は。君たちなりに決着(ケリ)をつけている問題に対して、本当に余計なことを言った。恥ずかしいことだ」

「ピソ殿? あの―――」

 ピソはドゥルーススの髪を撫でた。

「君は多分、ティベリウスにとって最良の贈り物だな。ウィプサーニアとの結婚は、やつに深い悲しみをもたらしもしたが、少なくとも最高の宝物を与えてくれた」

「ピソ殿」

 ドゥルーススは赤面したまま言った。

「………そんな………やめて下さい」

 もごもごと言ったが、ピソはまるで取り合う様子もなく続けた。

「どうか末永く、あの男の傍に居てやってくれ。強情で頑固で偏屈で、おまけにプライドの固まりで、全くもって付き合いにくい男だがね。言っておくが、絶対に先に死ぬなよ。両足をなくそうが腕をもぎ取られようが、君はあの男の傍に居てやらないといけない。片足を失うよりは死を選んだ、君の叔父君の轍は踏まないでくれ」

 ずいぶんな言い草だったが、否定できないのが困る。もっとも、そう言うピソ自身も案外偏屈なのではないか、と内心思ったが、もちろんそんなことを口に出せるはずもない。ドゥルーススはただ苦笑しながら言った。

「あなたこそ、父を残して死なないで下さい。あなたがいらっしゃらなかったら、ぼくはこの先いったい誰に父のことを相談すればいいのか」

「君にはもう誰の助言も必要ないよ。あの男に関してはね。ティベリウスのたった一人の息子だ。あの偏屈な男が、君を愛する気持ちがよく判る」

 その時、部屋の扉を叩く音がした。入ってきたのは何とピソの長男のマルクスと従者だった。この雨の中、パラティウムにあるピソの邸から、わざわざ痛み止めの貴重な薬草を持ってきてくれたのだ。輿の用意もさせているという。

「エスクィリヌスに、別邸がひとつある」

ピソは言った。

「雨がやんだらそちらに運ぶから、数日休んでから戻るといい。この寝台は二人で寝るには狭すぎるようだし、かといってその顔で邸に戻ったら、アントニアが卒倒する」

「ピソ殿―――」

 ドゥルーススは言葉に詰まった。グナエウス・カルプルニウス・ピソ。執政官を務め、東ヒスパニア(スペイン)アフリカ(北アフリカ)の属州統治経験を持つこの父の親友は、何故これほどまで親身になってくれるのだろう。

 実質上の家長であるピソは、朝、伺候にやって来る庇護民(クリエンテス)たちの挨拶を受ける義務がある。ピソはマルクスに後の事を指示し、本宅へ戻った。部屋を出て行く前に、真剣な表情でドゥルーススを見つめた。

「君が信じてやっていることを、わたしはもう止めはしないが」

 ピソはドゥルーススの頬を軽く撫でて言った。

「ただ、君自身を本当に大切にして欲しい。君に代われる男は誰もいない。確かに、君の熱意は人を動かす。だが、こんな無茶はやめてくれ。わたしの親友のために、ひいてはこのローマのために、心から頼む。何かあれば相談してくれ。出来る限り手は貸そう」



          ※



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