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第五章 ゲルマニア戦役 場面四 マクロ(三)

「都警察に誘われたが、どうせなら夜警隊に行きたいと頼んだ」

「変わってるな。逆なら判るが」

「夜警隊の方が規模がデカいし、色んなことがやれる。それに都警察じゃ、百年奉公しても長官にはなれない。まず元老院議員になって、それから執政官になってからって話じゃ、長官になる前に墓石の下だ」

 ピソは一瞬目を瞠り、それから声を立てて大笑いした。マクロもニッと笑う。

「長官にも笑われたな」

「言ったのか! 全く、いい度胸だ」

 ピソは笑いが中々収まらない様子で、終いには目に涙を浮かべて言った。

(じゃ)の道は蛇―――いや、毒をもって毒を制する、かね。せいぜい励みたまえ、未来の長官殿」

 ピソは礼儀にうるさいところもあったが、同時にこの種の若者も嫌いではないらしい。その言葉には親しみがこもっていた。マクロは椅子に掛けたまま芝居がかった仕草で一礼してみせてから、ドゥルーススに向き直る。真面目な口調に変わって言った。

「ドゥルースス。ポストゥムスは、あなたの手には負えない。あなたはまともすぎる。今日のことで、少しは懲りただろう」

「………」

 ドゥルーススは唇を噛む。ピソの顔からも笑いはすっかり消えた。ニゲルが瞼を冷やしてくれる。気持ちがいい。室内に長い沈黙が下りた。

「ポストゥムスは、アウグストゥスにとって最後の心の拠り所だ」

 ドゥルーススはようやく口を開いた。

「ガイウスもルキウスも死んでしまった今、もうあの方の直系の後継者候補は、ポストゥムスしかいない」

「全く偏狭な血族主義だ。第一人者にして、あの卑しい了見だけは我慢がならん。神君ならまだしも、新人の血が何ほどのものだ」

 ピソが吐き捨てるように言った。

「後継者ならティベリウスがいる。君もだ、ドゥルースス。ポストゥムスは言うに及ばず、ゲルマニクスよりも、君のほうがよほど後継者にふさわしい。それを、自分の血が流れているという理由だけで、ゲルマニクスをティベリウスに押し付けた」

「ピソ殿」

 ドゥルーススはピソを制した。

「どうかそんなふうに言わないで下さい」

「君は理不尽だと思わないのか。悔しくはないのか」

 ピソは逆に詰問するように言った。

「わたしなら耐えられない。ティベリウスは死んでも口に出すまいが、やつとて内心は君に後を継いでもらいたいと思っているはずだ。わたしはそう確信している」

 ドゥルーススは父の友人を見つめ、わずかに苦笑を浮かべる。

「お言葉は嬉しく思いますが、ゲルマニクスはぼくよりはるかに優秀です」

「謙虚さは君の美徳だが―――」

「ピソ殿、どうかやめて下さい」

 ドゥルーススは再びピソを制した。起き上がろうとしたが、腹や背の痛みのために、やはりそれは不可能だった。ニゲルがどこか断固とした態度でドゥルーススの動きを制する。

「父がぼくやゲルマニクスをどう思っているか、それはぼくには判らないんです。でも―――そんなことよりも、ぼくは、父の後を継ぎたいのではなく、父の役に立ちたいんです。父がアウグストゥスの後を継ぎたいのではなく、この国のために生きたいように」

「―――」

 ピソは口を噤んだ。

「ぼくには、父が第一人者になることを望んでいるようには思えません。父は、アウグストゥスの後を継ぐよりも、クラウディウス一門の人間として、第一人者の右腕としてこの国に尽くすことの方を願っていたように思います。本当なら、一人の貴族として、「共和国(レス・プブリカ)」に尽くすことが出来れば、父は心から幸福だったでしょう。でも、この国はもう昔日の共和国には戻れない上、アウグストゥスが永遠に第一人者であり続けられるはずもない。ローマの現実が統治者を必要とするなら、それに相応しいのは父をおいて他にはいません。だからこの国のために、父はクラウディウスの名を捨てざるを得なかったんです。ぼくはそう思います」

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