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第五章 ゲルマニア戦役 場面四 マクロ(二)

 ピソはちょっと間をおいて尋ねた。

「君は、ポストゥムスをどう思う」

 この父の友人の物言いは、いつも率直だ。ドゥルーススは返答に詰まる。

「本当に、彼がアウグストゥスの後継者にふさわしいと思うのか? 教養も知性もない、粗野な男だ。ガイウスやルキウスはただ凡庸なだけだったが、あれに輪を掛けてひどい。アウグストゥスの血を引くというだけの男だぞ」

 傍らでマクロがかすかに笑ったのが判った。見ると、彼は木製の粗末な椅子に掛けていた。その前にある簡素な机の上に、テラコッタ製の小さなランプがあった。それにしても狭い部屋だ。ドゥルーススはぼんやりと思う。使用人の部屋でも、この程度の広さはある。そういえば、ピソは従者をどうしたのだろう。一人のはずはないが。

 ピソはマクロの笑いを聞きとがめた。

「何を笑う。友人を庇わないのか」

「おれは彼の友人じゃない。ただの知り合いだ。興味深い男だとは思うが、それ以上の気持ちはない」

「興味深いか。どういう点が?」

 ピソは質した。

「彼の憎悪がね。彼はアウグストゥスも、ティベリウス・カエサル将軍も、ローマも、自分を取り巻く全てを憎んでいる。自分自身をさえだ。生きることの暗い面にしか眼を向けようとしない。それが面白い」

「中々に文学的な解釈だが、それはわたしに言わせればただの愚か者か、一種の狂人だな。大体、そんな男は腐るほど居る。目的もなく、日の当たらない場所で害虫のようにコソコソと生きることしか出来ないごろつきどもだ」

「よく知ってるよ。おれは夜警隊の一員だ。害虫どもがメシの種さ」

「君が?」

 ピソは眉を上げる。しばらくこの生意気な―――大体この男は、年長者で、しかも服装から明らかに元老院議員と判るピソに対し、丁寧語さえ使おうとしないのだ―――青年を見つめ、おかしそうに言った。

「逮捕される方の間違いじゃないのか」

「昔はそうだったが、長官に拾われてね」

「ルベッリウス・ブランドゥスが、君を?」

「いや。夜警隊じゃなく、都警察長官の方だ」

「ほう」

 ローマには「都警察」と呼ばれる三個大隊(約千五百人)と、「消防隊」ないしは「夜警隊」と称する七個大隊(約三千五百人)とがある。どちらもアウグストゥスがローマの治安維持のために設置したものだが、後者はその名の通り首都の消防を主とし、「都警察」に比べて広範かつ多岐にわたる雑多な業務をこなす。都警察長官には執政官級の元老院議員が、消防隊長官には騎士階級の人間がそれぞれ任命されている。

「タウルス長老も酔狂なことをなさる」

 ピソは親しみのこもった軽い口調で言った。ティトゥス・スタティリウス・タウルスは、三十年前にアウグストゥスの執政官同僚を務めた男で、アウグストゥスが都警察の二代目長官―――といっても、初代長官は能力がないといって数日で辞任しているから、実質初代長官といっていい―――に任命した男だ。七十歳を優に越えた老人だが、精力的に職務をこなし、元老院議員や市民たちの尊敬を集めている。

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