第五章 ゲルマニア戦役 場面三 ポストゥムス(十)
ドゥルーススは男を見た。男は冗談とも本気ともつかない様子でニヤニヤ笑っている。マクロが口を挟んだ。
「ガイウス殿もルキウス殿も、どちらも従軍中に死んだ。このことが何を意味するか―――あなたには判るか?」
「いや」
ドゥルーススが短く言うと、マクロは続けた。
「ティベリウス・カエサル将軍はローマの全軍団を掌握していた。ロードス島にあってさえだ。軍団の情報は配下を通して刻々と将軍の下に報告されていたんだ。自分で手を下さずとも、方法はいくらでもあった」
「首謀者はリウィアだって話もあるぜ」
「策謀の継母、あの女オデュッセウス!」
「将軍は母親に頭が上がらない。今の地位にあるのは、ひとえに母親の再婚のおかげだからな」
「おれの母にもだ。北の辺境に追いやられ、挙句ロードス島に体のいい島流しになった。あの流罪人は、女にはからきし意気地がない」
「男じゃねえな」
一同は笑った。
ドゥルーススは黙ったまま、口々に発せられる父への侮辱の数々を聞いた。
こんな男たちに、一体父の何が判るというのだ。
マクロはどこか観察するような目つきでドゥルーススを見つめている。ドゥルーススはその栗色の眸を真っ向から睨み付けた。
「あなた方が、ポストゥムスにそんな考えを吹き込んだのか」
「それは誤解というものだな。大体、あなたも風聞ぐらいは聞いているだろう」
「風聞に惑わされるのは愚か者だけだ」
「火のないところに煙は立たぬとも言うがね」
ドゥルーススは深く息を吸い込んだ。
「話しても無駄なようだ」
男たちを見回してから、ポストゥムスに歩み寄り、腕を掴んだ。
「帰るんだ。これ以上、君をこんな連中と一緒にはしておけない」
男たちは小さく笑う。
「こんな連中か」
「さすがにお貴族様は礼儀正しいな」
「全くだ」
同調し、ポストゥムスはせせら笑った。
「お前、真実が怖いのか?」
「何が真実だ。どれもこれもデタラメばかりだ。物事を真っ直ぐに見ることの出来ない、卑劣漢の遠吠えに過ぎない。信じる方がどうかしている」
ドゥルーススは怒りに駆られて言った。卑劣漢だとよ、と一人が言い、一人が口笛を吹いた。
「案外言うねえ」