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第五章 ゲルマニア戦役 場面三 ポストゥムス(八)

 ドゥルーススはポストゥムスの腕を掴んだ。

「いい加減にしろ、ポストゥムス。軽々しく呪いの言葉など口にするな。冒瀆だぞ」

 その時、寝台から甘ったるい声がした。

「お兄さんたち」

 ドゥルーススは女を見た。

「そんな金切り声はもうたくさんだわ。ここにいるなら、喧嘩はやめて楽しんで頂戴。それが出来ないなら、もう休ませてよ。そこの人も、帰ったあの人も、もう三日居続けだったの。疲れてるのよ」

「ごめん」

 ドゥルーススは謝罪した。

「ニゲル、金をかして」

 ドゥルーススは受け取った巾着袋から、金貨を一枚取り出し、女に握らせた。

「迷惑かけたね」

「あら」

 女は金貨を握り、頬笑む。よく見ると、年は二十ばかり―――ドゥルーススとそう変わらないように見えた。肌の色は白く、緩やかに波打つ漆黒の髪がよく映える。そして同じ色の黒い大きな眸は、潤んでどこか揺らめいているようだった。

「ずいぶんと気前がいいこと。金貨なんて初めて見たわ。本物?」

 ごく普通の娼婦と愉しむなら、通常なら一夜で五アス(金貨一枚は四百アス)も払えば十分だ。並みのワイン五杯分だから、大して金のかかる楽しみでもない。

「ポストゥムスが世話になったし、迷惑をかけた。うるさくして済まなかったね」

 女は半身を起こし、豊かな胸をさらした。

「今度はお客で来て頂戴。歓迎するわ」

「ありがとう」

「レナっていうの。覚えてて」

 ドゥルーススは頷いた。

「レナ。ドゥルースス・カエサルだ」

「知ってるわ」

「そうか」

 ドゥルーススは苦笑する。その間に服を身につけたポストゥムスは、足早に部屋を出て行こうとした。ドゥルーススは女―――レナに「じゃあ」と手を振り、ニゲルにアンティゴノスに説明するように言ってから、その後を追った。

 階段を駆け下り、通りへ出ると、ポストゥムスはローマ広場とは反対の方向に歩いていくところだった。相手は歩きだ。すぐに追いついた。ドゥルーススはポストゥムスの肩に手をかける。

「ポストゥムス」

 ポストゥムスは振り返りもしなかった。

「もう用はない」

「ポストゥムス。話を聞いてくれ」

 ポストゥムスはドゥルーススの手を振り払った。そのまま無言で歩き続ける。ドゥルーススはその後をついていった。ポストゥムスは勝手知ったる様子で路地を進み、酒屋の扉をくぐる。ドゥルーススも続いた。

 部屋の奥から口々に「ポストゥムス」「カエサル」と呼ぶ声が聞こえた。ポストゥムスはカウンターの方へ歩いていき、慣れた様子で金を渡して酒の入ったカップを受け取り、それを持って椅子に掛けた。ドゥルーススは黙ってその後に続く。テーブルには二十代から三十代前半の年頃の四人の男たちがいた。先刻のマクロという男も同席している。ドゥルーススを見ると、再びにっと笑った。

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