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第五章 ゲルマニア戦役 場面三 ポストゥムス(一)

 リウィッラが、ノックの音と同時に飛び込んできた。

「ドゥルースス!」

 着替えをしようと裸に近い状態になっていたところへ乗り込んでこられ、さすがにドゥルーススも面食らった。

「それ、ノックしたって言わないよ」

 大体この幼馴染の従妹は、昔から気が強かった。一応まだ「新妻」と言っていいだろうか。前の婚約者だったガイウスが亡くなってから、ドゥルーススはこの従妹と結婚した。父がゲルマニアに発つ直前のことだから、まだ半年しか発っていない。ドゥルーススよりも二つ年下で、今十四歳だ。身体つきは少し丸みを帯び、娘らしくなったが、どちらかといえば相変わらずやせっぽちで貧相だった。そばかすは相変わらず消えずに残っているが、顔立ち自体は案外整っていて、淡い色の豊かな金髪は中々に見事だった。眸はアントニアと同じスミレ色。何となく、子供と女性の間という感じで、何となくアンバランスだ。

「どこに行くの?」

「友人と約束があるんだ」

 実は嘘だった。リウィッラはドゥルーススの眸をまっすぐに見て尋ねた。

「あの女との約束?」

「その呼び方はよせよ」

 ドゥルーススは短衣を身につけ、その上に藍色の地味なマントを羽織りながらたしなめた。

「君には義姉さんだろ。ぼくにとってもだけど。学校の友人に会いにいくんだ」

 「あの女」とは、アグリッピナのことだった。ユリアとアグリッパとの間に生まれた、アウグストゥス鍾愛の孫娘は、ドゥルーススと同い年で、ゲルマニクスの妻になっていた。一応、ドゥルーススには義妹であると同時に、母ウィプサーニアを通して母方の従姉でもある。

細身で、女性にしては長身のアグリッピナは、栗色の髪と、不思議な雰囲気の亜麻色の眸をもつ、惚れ惚れするような美人だ。また、気位の方も中々のものだった。ゲルマニクスとアグリッピナの二人は、アウグストゥスの邸にいる。そしてリウィッラとドゥルーススは、父の本宅でアントニアと共に生活している。ティベリウスとアウグストゥスとの間で養子縁組が成立した時に、二人の間で話し合って決めたらしい。

「いつも何を話してるの。そんなにしょっちゅうご機嫌伺いすることないじゃない」

「色々だよ」

「色々って?」

 ドゥルーススはちょっと吐息を漏らす。

「………色々だって。ゲルマニクスのこととか、ポストゥムスのこととか………」

 執拗な追及に、ドゥルーススは歯切れ悪く言った。大体、ドゥルーススは嘘やごまかしは不得手な性分なのだ。

「兄様の何?」

「リウィッラ」

 ドゥルーススは軽く手を振って妻をなだめた。

「ぼくはゲルマニクスから頼まれてるんだよ。結婚したばかりなのに全然傍にいてやれないから、ずいぶん気にしてた。ゲルマニクスはそういうやつじゃないか。君、よく判るだろう」

「………」

 リウィッラはちょっと不満そうに唇を尖らせる。それから勢いを殺がれた様子で呟いた。

「兄様は優しすぎるのよ」

 リウィッラの追及は、「一種の」嫉妬から来ている。「一種の」というのは、この従妹は、ドゥルーススとアグリッピナの仲を疑っているわけではなく、アグリッピナがゲルマニクスの妻になったことが、何よりも気に入らないのだった。リウィッラは昔から美男子で才気煥発な兄ゲルマニクスにべったりで、身体が弱くぱっとしない弟の小ティベリウスは使用人以下、という、実にはっきりした性格の持ち主だ。アグリッピナはアグリッピナで、気位の高さ、気の強さではこれまた相当なものだったから、この二人の女性の仲はといえば、険悪の一言に尽きた。大体、二人とも自分にとっての敵味方を区別しすぎるところがある、と、ドゥルーススなどは思う。

 ゲルマニクスという「伝家の宝刀」で、リウィッラの追及が弱まったのを幸いに、ドゥルーススは「今夜は帰らないかもしれないけど」と告げ、ギリシア人奴隷のニゲル一人を伴って邸を出た。



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