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第一章 父の帰還(十二) 場面四 弟の死(一)
『兄上』
苦しい息の下で、掠れた声が言った。
『兄上、どうか―――』
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ティベリウスはハッと目を覚ました。暗闇の中、一瞬混乱を覚える。ここはどこだろう。
いつの間に降りだしたものか、春先の柔らかな雨が、葉に当たる軽い音が耳に届いた。ああ、そうだ。ようやく思い出す。帰ってきたのだ、ローマへ。様々な記憶が詰まったこの地へ。
ティベリウスは半身を起こした。指先で眼の縁を押さえ、涙を拭った。泣いていたのだ、また。額を押さえ、ため息をついた。しばらく見ていなかったのに。楽しい思い出はいくつもあったはずなのに、ティベリウスの夢を訪れるのは、いつも死の際の、苦しげな弟の姿だった。ここはお前の邸。お前という主人を失った邸。
まだ動悸が収まらない。弟を失って十一年が過ぎた。それなのに、ドゥルーススの死の記憶は、時折まるで昨日のことのように甦っては、ティベリウスを痛めつけるのだ。
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