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第五章 ゲルマニア戦役 場面一 北へ(四)

 モグンティアクムの陣営は、以前と少しも変わってはいなかった。陣営に足を踏み入れた時、ティベリウスはほとんど無意識に、腰に帯びた弟の形見、ドゥルーシアンに触れた。帰ってきた、と再び思う。弟の魂と共に、またその魂の許に。

 翌朝、出陣を前に、ティベリウスは指揮台に立った。

 ローマの軍団(レギオ)は、八十人からなる「百人隊(ケントゥリオ)」を単位とする。六つの百人隊からなる大隊(コホルス)があり、そしてその十大隊からなるローマ人兵士団を核としている。第一大隊のみ他の大隊の二倍の人数を擁しており、「核」の人数は五千人余り。これに百二十人からなる別組織の騎兵隊があり、さらに司令部や事務方を加え、一個軍団の総数はおよそ六千人になる。ローマ市民権を持たない属州民たちは別に「補助部隊(アウジリアリス)」と呼ばれる一団を形成し、これが一軍団を少し下回る人数をもって一軍とする。

 ティベリウスの前に並んでいるのは、三万を優に超える兵士たちだった。各百人隊の前にはそれぞれ百人隊長と旗手(シグニフェル)が立つ。磨き上げられ、銀色に輝く銅製の鎧をまとった旗手の手には、装飾を施した重い軍旗(シグヌム)がある。軍団兵はそれぞれ腰に長剣(グラディウス)短剣(プギオ)、手には投げ(ピールム)と楯を持ち、投げ槍の切っ先が朝日に煌いていた。そして軍団の前に掲げられている、ローマ軍の象徴である美しい銀鷲旗―――

 一糸の乱れもなく整列した兵たちからは、咳払いひとつ、武器が触れ合う音ひとつ聞こえてこない。完璧な静寂がそこにあった。

 四十四歳のティベリウスの胸は、まるで初陣の時のように高鳴った。

 ああ―――彼らに間違いない。これは夢ではないのだ。今、確かに帰ってきた。わたしの兵たちの許に。

 壊すのが惜しいほどの、痺れるような充実した緊張感。

 ティベリウスは深く息を吸い込んだ。

「戦士諸君」

 静寂を破ったティベリウスの声にも、確かに昂揚がある。穏やかな日々は、いまや遠かった。改めて実感する。今こそ再び始まるのだ。

「もっとも勇敢にして栄光に満ちたローマの兵士たちよ。諸君はこの地で、何年もの間あらゆる苦難に耐え、祖国の北の国境を守り抜いてきた精鋭中の精鋭たちだ。長い厳しいものだった日々に、今こそ終止符を打つ時が来た。全ローマが―――ローマ市民ならびに属州の民たち、長い伝統を誇る元老院、神の子なるアウグストゥスが、ついにそれを決意したのだ。全ローマの希望であり誇りである諸君と、共にこの戦線を戦えることは、わたしにとって無上の幸福であり名誉である」

 ティベリウスは少し息をついた。はち切れんばかりの昂揚感が空間に満ちている。息苦しいほどだ。

「諸君の中には、かつてゲルマニア戦線総司令官として勇敢に戦い、二十九歳の若さで惜しくもこの地で息を引き取った、わたしの弟ドゥルーススを知っている者もあるかと思う。我が軍には、ドゥルーススの長子であり、その父からまさに「ゲルマニクス(ゲルマニアを制した者)」との添名を受け継いだ、若きガイウス・カエサルも参加している。この戦いは、彼の初陣を飾るにふさわしいものとなるだろう。ドゥルーススの魂は、常に我々と共にあり、必ずや我々に力と幸運とを与えてくれることと信じる」

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