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第五章 ゲルマニア戦役 場面一 北へ(一)

ああ―――彼らに間違いない。これは夢ではないのだ。今、確かに帰ってきた。わたしの兵たちの許に。


 アウグストゥスの後継者として公生活に復帰したティベリウスは、ゲルマニクスを伴い、ゲルマニアの戦線に向かう。九年の空白を経て復帰したかつての総司令官を、兵士たちは熱狂的に歓迎する。

 ドゥルーススは首都に残り、父に代わってアウグストゥスを助けるが、アウグストゥスの唯一の男孫、アグリッパ・ポストゥムスの素行の悪さに手を焼く事になる。


【主な登場人物】

〇アグリッパ・ポストゥムス(BC12-AD14):アウグストゥスの娘ユリアとアグリッパ将軍との間の息子。ティベリウスと共にアウグストゥスの養子になっている。

〇クィントゥス・ナエウィウス・マクロ(?-AD38):ポストゥムスの放蕩仲間。夜警隊の一員。

 北へ―――

 アエミリア街道を北上し、ティキヌム(パヴィア)を経て、アルプス山脈を越え、そして、ドゥルーススを看取った、モグンティアクム(マインツ)へ―――

 かつて幾度となく辿った道のりだった。

 ガイウス・カエサルがローマへ無言の帰国を果たしてから、ローマは東方に対しては静観の構えに戻った。敵国パルティア王国イランに関してはファラート五世との間で一応は平和条約が締結されたものの、この王が臣下によって殺害されて以来、王国は混迷を極めている。アルメニアも似たような状況だ。アルメニア、パルティア共に内乱状態に陥った東方世界に対しては、ローマとしても下手に手を出せるものではない。

 アウグストゥスの後継者に昇格したティベリウスが派遣されたのは、ゲルマニア(ドイツ)だった。ゲルマニア全土を制し、ローマ帝国の国境線―――ないしは「防衛線」を、レーヌス(ライン)河からアルビス(エルベ)河に移すために。ゲルマン人たちが「母なる森」と呼ぶ、昼なお暗き鬱蒼とした森林地帯をローマ化し、白日の秩序の下に組み込む―――その為の軍事制圧行だ。

 ゲルマニア戦線は、ティベリウスが離脱して以来、ほとんど放棄されたも同然の状態だった。アウグストゥスがいかに制圧は完了していると主張しようとも、実際問題として、ゲルマニアのローマ化は全く進んでいない。最後の本格的な軍事行動から九年が過ぎた今、ドゥルーススやティベリウスがゲルマニア深くに切り開いた道も橋も、今頃は土に埋もれ森に呑まれ、物の役に立たなくなっているだろう。再び森を切り開き、橋を掛け、陣地を築きながら侵攻し、定住性向のきわめて薄いゲルマン諸部族が挑んでくるゲリラ戦を戦い抜かなければならない。ローマ軍が得意とする、平原に布陣しての会戦方式など期待するだけ無駄だった。

 行軍には十八歳になったばかりのゲルマニクスを伴っている。貴族の子弟は、見習いではあっても初めから将校扱いで、兵卒からスタートするようなことはない。今頃は総司令官の天幕横に張られた軍団会計監査官(クワエストル)たちの天幕で、不慣れな行軍の疲れからぐっすり眠っていることだろう。

 ティベリウスはひとりで天幕を出た。九年前と少しも変わらない手際よさで築かれた宿営地は静まり返っている。闇の中にかがり火が揺らめき、天上には星が瞬いている。日が落ちる前の騒々しさが嘘のようだ。

 明日はモグンティアクムに入る。

 夜ごとに、ティベリウスは宿営地内を見て回った。最初の二日ほどは第一大隊長のカリクレスを伴ったが、その後は大抵一人だった。その日の打ち合わせを終えてからだから、時に深夜になる。だから一人だった、ということもあった。夜明けと共に翌日の行動を開始しなければならないのだから、当然睡眠時間は削られることになる。

 それでも、時に副司令官のサトルニウスが随伴者になった。この行軍でティベリウスの右腕となってくれるガイウス・センティウス・サトルニウスは、六十歳を越えている。執政官を経験し、アフリカ属州、シュリア属州、そしてゲルマニア属州(レーヌス河西岸の、ローマに友好的なゲルマン人を殖民した地域)、と豊富な統治経験を持つこの男を、副司令官に抜擢したのはティベリウス自身だ。今年度の執政官を務めていたのだが、それを中断させての人事だ。補欠執政官には、彼の息子のグナエウス・サトルニウスが任命されている。



          ※



参考資料:地図3

https://ncode.syosetu.com/n8164fx/13/

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