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第四章 動き出した時間 場面五 奥津城(三)

 ドゥルーススは少し離れた墓石の間から、ちらりちらりと父の背に視線を送っていた。その逞しい背が不意に視界から消えたので、ドゥルーススは少し驚いて改めて祖父の墓を見やる。

 ティベリウスは墓前に跪いていた。

 父上―――

「見ろよ、ドゥルースス」

 ゲルマニクスが小声で言った。間もなく兄となるこの従兄は、手持ち無沙汰なのだろう、静かに佇む墓石の間を歩き回り、有名人の墓やユニークな墓碑銘を見つけてはドゥルーススに声を掛けてくる。

「この墓碑―――」

 言いかけて、ゲルマニクスも伯父の姿に気づいたらしい。軽く肩をすくめる。

「相変わらずだな、伯父上は」

 ドゥルーススはゲルマニクスを見た。

「クラウディウス一門は確かに名門だけど、今は時代も変わったよ。それよりも晴れてアウグストゥスの跡継ぎになれたんだから、もっと素直に喜べばいいのに」

 ゲルマニクスは大人びた様子で苦笑する。

「この間から、祖先の霊だの、墓前に挨拶だの、肩が凝るよ」

「ゲルマニクス」

 ドゥルーススは小声で言った。

「ここでそういうことは言うなよ」

 他ならぬ、ここはクラウディウス一門の墓地なのだ。ゲルマニクスは苦笑する。

「君も真面目だな。父親譲りかい」

「礼儀だよ。君だって、父君の墓前で色々言われるのは嫌だろう」

 ゲルマニクスはちょっと口をつぐんだが、すぐに気を取り直した様子で言った。

「まあね。だけど、それは「父に」であって「祖先に」じゃない」

 言い負かされるのが嫌いな従兄のことだから、その言葉も子供っぽい反発から出たものかもしれない。だが、一面で、それは彼らしい考え方だとも思う。アウグストゥスの姪の息子であるゲルマニクスは、ドゥルーススよりもはるかにアウグストゥスの側の人間なのだった。その彼にしてみれば、「クラウディウス一門との訣別」などというものが、実感を持って受け止められないのも無理はないのかもしれない。

 ティベリウスが立ち上がったのが見えた。こちらに視線を向けたのが判ったので、ドゥルーススは父に歩み寄った。ゲルマニクスも後についてくる。ティベリウスは待たせたとも言わず、そのまま背を向けて歩き出した。

「父上」

 ドゥルーススが呼びかけると、ティベリウスは視線だけを向けた。

「お祖父様に、何をお話しになったのですか」

 少し間があって、静かに答えは返ってきた。

「我々をお守り下さるようにと」

 その言葉は、少し意外なものに感じられた。訣別の赦しではなく、加護を願ったのだ。ティベリウスはそれ以上何も言わず、再び視線を前方に投げた。

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