第四章 動き出した時間 場面四 後継者(五)
子供たちが部屋を出て行った後、アントニアが笑っていることに気づく。ティベリウスが訝しげな視線を向けると、義妹はいつもの朗らかな口調で言った。
「堅すぎるわ、ティベリウス」
「小ティベリウスのことか?」
「ご心配だと思うけれど、でも―――あの子は長い目で見てあげて。まだ十二歳だわ。見かけよりしっかりしているの」
「それは判っている。だが、それでもあと三年もすればあれも成人式だ」
「………そうね」
アントニアは小さく吐息を漏らす。
「確かに仰る通りよ」
短い沈黙がある。
「ティベリウス」
アントニアは決心したように言った。
「わたしたちと一緒に暮らしては下さらない?」
「―――」
ティベリウスはとっさに返事に詰まった。
「あなたが叔父上と住まれるなら、ゲルマニクスもドゥルーススも、リウィッラもそちらに移らなければならないでしょう? 小ティベリウスだけ残されるのは、少しかわいそうだわ。それに、わたしはあの子にはどうしても甘くなってしまうの。身体の悪いあの子が不憫で。ネロ家の後継者として育てられるか不安だわ。あなたがいて下されば本当に心強いのだけれど」
義妹はティベリウスの眸を見つめて言う。そんな言葉は、この勝気な義妹には似合わなかった。一瞬、アウグストゥスの指示によるのではないかという考えさえ、チラと脳裏をかすめた。結局、それこそがアウグストゥスがティベリウスに望んだことだった。アントニアと結婚し、子供たちの保護者となること。 ティベリウスは返事に迷ったが、小さく嘆息して言った。
「わたしの一存では決められない。だが、アウグストゥスに話はするよ」
「ええ」
アントニアは頬笑む。ティベリウスが立ち上がると、アントニアも席を立った。義兄に歩み寄り、いたずらっぽく言う。
「リウィッラはわたしに似て中々のじゃじゃ馬よ。ドゥルーススはきっと振り回されるわ」
ティベリウスは苦笑した。
「忠告しておこう」
義妹の額に軽く口付け、ティベリウスはアントニアと共に部屋を出た。
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