第四章 動き出した時間 場面四 後継者(四)
ティベリウスは、ドゥルーススと共に家を出て、アントニア邸に出向いた。
聡明な義妹は、恐らく成り行きを予想してもいたのだろう。ドゥルーススを部屋に戻らせ、ティベリウスを応接に迎え入れて話を聞くと、さほど驚いた様子も見せず、「判ったわ」とさらりと答えた。ドゥルーススとリウィッラの縁組についても同様だ。話はすぐにつき、アントニアは自分から言った。
「ガイウスと小ティベリウスをここへ呼んでも構わないかしら。養子縁組の話は、あなたから二人にして下さる? 婚約のことは、後でわたしから一人ひとりに話すわ」
ゲルマニクスにも、特に異論はあるはずもなかった。早くに父ドゥルーススを失い、むしろアントニアやアウグストゥスの許、カエサル家の一員として育ってきたのだから。
「ドゥルーススと、本当に兄弟になれるんですね」
明るく言った。ゲルマニクスにすれば、弟分が弟になったという程度の認識だったのではないか。それによってドゥルーススが家督を継ぐ資格を失ったのだという事実には、さしたる関心を払わないのがこの甥の性格だった。頭はいいが、ゲルマニクスにはそういう無神経さがある。才気煥発で、開放的で寛容なゲルマニクスは皆に愛された。それは愛されて育った者の強みでもある。だが、ティベリウスが気になるのは、この甥はややもするとその愛情に甘え、狎れてしまうということだった。
小ティベリウスは、可能であればゲルマニクスの後ろに隠れたい、と願うかのように肩を縮めて兄の横にいた。この引っ込み思案の甥は、まだ十二歳だった。形の上でクラウディウス一門の筆頭人とはなっても、当分はティベリウスの後見が必要だ。
「ティベリウス」
呼びかけると、甥は身体を固くする。ティベリウスはつい苦笑した。そんなにこの伯父が怖いのだろうか。ティベリウスは注意したり諭したりすることはあっても、怒鳴ったり手を上げたりはまずしない性分だ。恐れられるようなことをした覚えもないのだが。
「顔を上げなさい。人の話を聞く時に、相手の顔を見ないのでは礼を失する」
小ティベリウスはおずおずと顔を上げた。だが視線は落ち着きなく周囲をさまよっている。
「ティベリウス、返事を」
「………い」
恐らく「はい」と言ったのだろう。かすかな声が言った。ティベリウスが少し黙ると、甥は首も肩も縮こまったまま、それでも上目遣いに伯父を見る。だが、視線があうとすぐに外した。
「わたしが言っていることが判るな?」
「………は、はい………」
「ゲルマニクスもドゥルーススもユリウス一門の人間となる以上、クラウディウス一門を代表するネロ家は、ゆくゆくはお前の肩にかかってくる。無論わたしも当分後見するが、そのことは自覚しておきなさい」
「………」
返事は聞こえなかったが、ティベリウスは話を切り上げることにした。
「下がりなさい」