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第四章 動き出した時間 場面四 後継者(三)

 そんなことは、ドゥルーススは言うまでもなく理解しているだろう。だが、口に出さずにいられなかったのはティベリウスの方だった。短い沈黙がある。不意に、ドゥルーススの頬に明るい微笑が浮かんだ。ティベリウスには全く予想していなかったことだった。

「父上」

 ドゥルーススは言った。

「これからも「父上」って呼べるんですね」

 何の屈託も感じられない、晴れやかな口調だった。ティベリウスは一瞬、頬笑みを浮かべたこの息子が、ティベリウスが言ったことの意味を理解しているのかどうか訝った。ドゥルーススは父の困惑を見透かしたように、ティベリウスの手を両手で軽く握り、まっすぐな眼差しで父親の顔を見上げる。

「ここへ来るまで、正直とても不安で。父上がどんな決断をなさるか判らなかったから。もしネロ家に残るとしたら、それは後を託されたということだから、立派に果たさなければと思っていたんです。父上だって、十歳にもならないうちからネロ家を担ったんだから、十五歳にもなってそんなことで不安になるなどみっともない、そう自分に言い聞かせていたんです」

「ドゥルースス」

「すみません、そんな顔をなさらないで下さい。違うんです。だけど、ぼくは、父上がいないネロ家を継ぐよりも、父上と共にカエサル家とこの国を支えられる事の方がずっと嬉しいんです。でも―――ぼくは、アウグストゥスの血を引いていないから、ユリウス一門には決して入ることは出来ないだろうと思い込んでいた。アウグストゥスは許してくれたんですね」

「………」

 ティベリウスは、一人息子の曇りのない眸を見つめた。

 判っているのか。

 本当に、お前は判っているのか。

 一度たりとも、父の後継者以外の者になったことのないお前が。影でカエサル家を支え続ける、その立場の難しさを。アウグストゥスの血を引いていない身で、カエサル家に入るということの困難さを。

 そんな風に迷いのない眸で、お前は言うのか。「父上がいないネロ家を継ぐよりも、父上と共にカエサル家とこの国を支えられる事の方がずっと嬉しい」。父のためか。それとも、本心からそう言うのか。

 ティベリウスは、息子の手を両手で握り返した。

 だが、もう何も言わない。共に来るがいい。この先に何が待っていようとも。



          ※



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