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第四章 動き出した時間 場面三 対話(五)

 それは、この人が「新人」だからなのだろうか。ティベリウスは、この継父の血縁への執着を軽蔑するというよりも、単に判らなかったのだ。腑に落ちなかったといってもいい。極めて実際的で現実的なこの男が、「自分の血が流れている」というだけのことに、何故それほどまでに執着しなければならないのか。アウグストゥスの、ユリウス一門とのつながりはごく薄い。アウグストゥスは神君ユリウス・カエサルの姉の孫に過ぎない。古くからの名門貴族、ユリウス一門の血を引くカエサルの姪アティアと、裕福な家庭に生まれ、初めて元老院入りを果たした野心家のオクタウィウスとの間に生まれたのがアウグストゥスだ。神君はこの姉の孫の素質に注目し、自らの後継者に抜擢したのだ。

 数あるローマの貴族の中でも名門中の名門、クラウディウス・ネロ家の嫡男として生まれたティベリウスには、所詮理解できないことなのだろうか。アウグストゥスは自らのユリウス一門とのつながりが脆いものであるがゆえに、一層それに執着せざるを得ないのだろうか。自らが尊い血の一門につながるがゆえに今の立場にあるとすれば、自分に代わる者もまた、その尊い血を引いているものでなければならない、というように?

 ティベリウスの母方の祖父―――つまり、リウィアの父も、クラウディウス一門からリウィウス家に養子に入っている。リウィアは名前の上ではリウィウス家の女(リウィア)だが、その体内を流れる血はクラウディウス一門のものなのだ。ティベリウスが「生粋のクラウディウス」といわれる理由もそこにあった。また、更にティベリウス自身も、かつて父の友人であるガリウスという家へ養子に出たことがある。最終的にはガリウス家がアウグストゥスに敵対した為に、一家の名は継がず、財産のみを継ぐ形でネロ家に戻るという結果になったのだが。

 ローマでは養子縁組はそれだけ盛んだったし、それは往々にして血縁関係とは全く無関係に行われてきた。アウグストゥスは、それを理解していないのではないだろうか。

 アウグストゥスはティベリウスの反応を待っている様子だったが、ティベリウスが何も答えずにいると、再び嘆息して自分から口を開いた。

「ポストゥムスもカエサル家に迎える」

 ティベリウスは黙ってちょっと頷いた。それは初めから予想できた。場合によっては、ティベリウスがクラウディウスのままアウグストゥスの中継ぎの後継者となり、ポストゥムスのみ養子縁組によってユリウス一門に加えるという道もなくはなかったはずだが、さすがに今となってはもう、アウグストゥスもそのやり方は取れなかったのだろう。

 だが、その次の言葉は予想していなかった。

「ティベリウス、アントニアと結婚してくれ」

「―――」

 ティベリウスは目を瞠る。

「そして、ゲルマニクスを養子に迎えて欲しい。ドゥルーススと小ティベリウスはネロ家に残してよい。ドゥルーススはしっかりした子だ。ゆくゆくはよい当主になるだろう」

 アウグストゥスはどうやら腹を括ったらしい。自身が描いた設計図を、すらすらとティベリウスの前に繰り広げてゆく。ティベリウスはしばらく言葉が出てこなかった。気を鎮めるために眼を閉じ、息を吐き出す。アウグストゥスは訝しげな表情になる。

「ティベリウス?」

「アントニアと結婚することは出来ません」

「何故だ」

「彼女は弟の妻です」


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