第四章 動き出した時間 場面三 対話(四)
「すまんな」
「お察しします」
再び、短い沈黙がある。
「ティベリウス」
アウグストゥスは言った。
「わたしを赦してくれ」
「わたしには、あなたに赦しを請われるようなことは何もありません」
「ティベリウス」
アウグストゥスは苦笑した。
「相変わらずの固い物言いだな。そなたが真面目に言っていることは判る。だが、やはりそなたは固すぎる。そうにべもない言い方をするものではない。わたしは謝っているのだ。詫びを入れているのだよ。もっと率直に言おうか。昨日のことはわたしが悪かった。謝る」
「謝っていただく必要はありません。わたしはあなたに腹を立てていないし、あなたが悪いとも思っていない。あなたが昨日わたしに言ったことは、理由がないことではありません」
アウグストゥスはしばらく黙っていたが、小さく頷いた。
「それなら、この話はもうやめよう………」
アウグストゥスは言った。
「ティベリウス」
「はい」
「ティベリウス―――クラウディウス・ネロ」
ティベリウス・クラウディウス・ネロ。
ティベリウスはその時、自分の予感が正しかったことを知った。覚悟を決めていたはずだったが、さすがに緊張で身が引き締まる思いがする。
「わたしの後を継いで欲しい」
アウグストゥスははっきりと言った。
「そなたの卓越した力を、再びこの国のために役立てて欲しい。そなたが必要だ。我が国の凱旋将軍であり、わたしの同僚でもあったそなたの力が。どうか戻ってきてくれ」
そこまでは一息にそう言ってから、アウグストゥスはじっとティベリウスを見つめた。
「ティベリウス。どうか、カエサル家を継いでくれ」
「………」
ティベリウスは継父の灰色の眸を静かに見返した。年老いた第一人者のまなざしは小揺るぎもしない。
ティベリウスは小さく息を吐き出す。
「この国に奉仕することは、わたしの望みでもあります。あなたがお許し下さるなら、そのことでわたしに否やなどありません」
短い沈黙の後、ティベリウスは言った。
「ですが、お答えする前に、お尋ねしたいことがあります」
「何でも尋ねるがいい。ここには我々二人しかいない。そなたとは、一度腹を割って話したいと思っていた」
「ポストゥムスについてはどうお考えですか」
「―――」
アウグストゥスは、わずかに狼狽したようだった。
「ゲルマニクスや、小ティベリウスは。あなたの孫であるアグリッピナやユリアのことは」
続けざまに尋ねると、アウグストゥスは視線を逸らした。卓上のカップを取り上げ、口に運ぶ。その唇から、小さなため息が漏れた。
「………そなたには、わたしがさぞ偏狭な血族主義と映っているのだろうな」
ティベリウスは答えなかった。