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第一章 父の帰還(一) 場面一 別れ

 最高権力者アウグストゥスと対立し、ギリシアの島へ引退していた首席将軍ティベリウスが、ローマへと戻ってくる。身勝手な父への憤りを隠せない息子ドゥルースス、未だ怒りを解かないアウグストゥス。後の皇帝ティベリウスの物語の開幕です。お楽しみ頂ければ幸いです。

 夜明け前の、暗い空―――

 ぶるる、と、馬が鼻を鳴らす。冬の冷たい空気の中、吐き出す息は、白い湯気のようだった。漆黒の馬の傍らに立つ長身の男は、愛馬に跨ろうとして、不意にこちらに気付いた。

「ドゥルースス」

 男は低い声で言った。ドゥルーススは身を竦ませる。男は馬に乗るのをやめ、早足に歩み寄ってきた。数人しかいない随人たちも、予想外の人間がそこにいたことに驚いたらしい。ひそひそと囁き交わすのが判った。

「一人か」

 ドゥルーススは黙っていた。ドゥルーススは六歳にしても小柄な方で、五十ウンキア(一二〇センチ)程しかない。七十五ウンキア(約一八〇センチ)の長身で見下ろしながら、ニコリともせずに低く尋ねられると、逃げ出したい気にさえなる。男はそれだけ言ってしばらく口をつぐんでいたが、随人たちを振り返り、「クィントゥス」と一人を呼んだ。

「ドゥルーススを(やしき)に送ってくれ」

 馬を下りて駆け寄ってきたクィントゥスに、男は命じた。

「かしこまりました」

「父上!」

 ドゥルーススは言った。男は青みがかった灰色の眸で、ドゥルーススを見る。

 本当に、ローマを出て行ってしまうんですか。

 どうして、ぼくやみんなを棄てるんですか。どうか一緒に連れて行って下さい。

 言葉が出てこなかった。鼻の奥がつんとして、ドゥルーススは唇を噛んだ。クィントゥスがドゥルーススの背に手を触れ、ドゥルーススを促す。

「ドゥルースス様」

「ひとりで、帰れます」

 必死に涙を堪えながら言った。だが、父の言は常に絶対だった。ドゥルーススの主張など、通ったためしはなかった。

「ドゥルースス」

 父は静かに言った。

「皆の言う事を聞いて、よく勉強しなさい」

 クィントゥスに連れられて邸へ戻りながら、ドゥルーススは未練がましく振り返った。眸に映ったのは、何事もなかったかのように皆のところに戻る父の、がっしりした背だ。とうとう、堪えていた涙がボロボロと溢れた。

 惨めだった。ドゥルーススは、どこかで期待していた。別れを悲しみ、名残を惜しむ真心のこもった言葉。温かい抱擁。そして、父が、一緒に来いと言ってくれるのを。



     ※




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― 新着の感想 ―
[一言] 塩野七生さんのファンで、ティベリウスは一番好きなインペラトールです。 他は、皇帝ではありませんが、スッラとか。 人からどう思われようと、やるべきことをやる。 そういう男が好きです。 今日、貴…
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