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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Fの信仰

作者: 駄明神

 この世の神はFという姿をしておられる。

 それがこの世界の常識であった。

 神の偽りの姿を流布するものは間もなく処刑される。

 もはやその人数は計り知れない。

 今日もまた神の姿を偽ろうとする異端者が現れた。


 「違うんだ! 本当はEの姿をしておられるのだ!」

 人々に拘束されて、絞首台に連れていかれている青年の名はアルス。

 曰く、アルスは神の姿を目撃し、その姿はEだったと人々に流布していた。

 その所業は見過ごせぬ不敬だと、熱心な信仰を持つ人々は彼を絞首刑を言い渡した。

 

 「さあ観念しろ! お前はもう終わりだ!」

 アルスの首に縄をかけ、処刑人は床の開閉レバーに手をかける。

 あとは合図があれば引くだけだ。


 アルスの周りには「異端者を殺せ」と叫ぶ野次馬が大勢いた。

 アルスの見る前方には、絞首刑を言い渡した司祭がいた。


 「静かに!」

 司祭が手を挙げると野次馬たちは静かになった。

 これから受刑者に最後のチャンスが与えられる。


 「アルスよ、神の姿を偽ろうとしたその所業は到底許されぬこと、しかし神は慈悲深い。もし今ここで今までの所業を謝罪し、お主の主張を撤回するというのであれば命だけは助けてやろう。奴隷労働50年で許してやろう」

 「さすが神は慈悲深いお方だ」と周りから小声が聞こえる中、アルスは毅然とした態度で司祭を見やる。

 「断る! 私はこの目で神の御姿を拝見したのだ! それはEだった! これを撤回することこそ神への冒涜だ!」

 考えを変えないアルスに司祭は厳しい顔つきをする、アルスの言葉は続く。

 「だいたいお前たちは神の姿を実際に見たことがあるのか! Fだったと流布されているからFだと思い込んでいるだけだろう!」

 

 それに頭に来たのか一人の野次馬がアルスに言った。

 「なんだと!? お前こそ神の御姿を拝見したと大ウソに大ウソを重ねおって! それこそ冒涜ではないか!」


 「いや! 私は見たのだ! 神は常に人々を見守るために巡礼してくださっている! 私は幸運にもその姿を見たのだ!」

 

 「嘘だ! 神はあの神の門から今日まで一度も出てはいないのだぞ!」


 野次馬が指さした先には石造りの巨大な門がそびえ立っている。

 人々はそれを神の門と呼んでいる。

 伝承によれば、有事の際にそれを予知し人々を助けるために神の門から現れ神託を授けるという。

 人々の力ではどうしようもできない時に限り、神は神としての力をふるうとされる。

 神の門が最後に開かれたのは1000年前、そしてその姿はFだったという。

 それが今日のFの信仰を生んだ。


 「いや! 神は定期的に人々の世界を巡礼しておられるのだ! 人々の暮らしを守るために神は我々を慈しんでくださっている!」

 曰く、神は神としての力を抑え、人々の世界を巡礼する。

 門は一つではなく、巡礼用の外出門がある。

 いつでも有事に対応できるように人々の暮らしの在り方を見守っている。

 それは抜き打ちでやらないと意味がないとお考えなので、神とは名乗らない。

 まれにアルスのように神を神と看破する人たちがいる。


 「どうせデタラメだ!」「そうだ神はFの姿とずっと言われてきたのだ!」「神の姿を間違えて認識した不敬者め!」

 しかし野次馬たちは話を聞かない。司祭も聞かない。


 「またそんな嘘をつきよって! もう良い! 処刑人! レバーを引けい!」

 「は!」


 再び野次馬たちが騒ぎ出した。


 「貴様ら! いずれ天罰がくだるぞおおお!」


 床が開き、アルスの首はしまった。彼は最後まで司祭を見やり、その死に顔は憎しみに満ちていた。


 「うおお! 異端者に地獄あれええ!」人々の熱狂は一日中続いたという。



 三日後、神の門から光が溢れていると人々はざわついた。

 これは伝承にあった神の予知の前兆ではないかと。


 人々は神の門の前に集まり、神の御言葉を今か今かと待ち続けた。

 そして1000年以上目撃されていなかった神の姿をようやくお目にかかれるのだ。

 果たして神の門は開き、その輝きの中から神は現れた。


 かなり遠くからの姿なので少々見ずらいが、その形はFに見えた。

 やはりアルスは異端者だった。Fこそが正しいのだ。人々は安心した。

 すると神は大きな声で叫んだ。


 「今そちらへ行く! しばしまってくれ!」


 人々はさらにざわついた。

 伝承によると神は神の門の前から先へは決して動かず、神託を授けるとすぐに神の門へと姿を消すからだ。

 人々の目の前に直接姿を現すことは伝承上かつてなかったことだ。

 まさか神の姿を間近で! 人々の心は躍った。


 神の門を降りて人々の前に姿を現した神。

 しかし人々の顔は唖然としていた。


 神はEの姿をしていた。なんと遠くからだと下半身が見え辛かったせいでFに見えていたのだ。

  

 「いやあ、すまんねえ。なんかあそこからだとワシの姿がFに見えるらしいから、こうして目の前に来たんじゃよ。今まで誤解させてしもうて悪かったのお。そういえばアルス君は元気かの? 彼には皆の誤解を解いてもらいたいと頼んではおいたのじゃが…そういえば今までも何人かに頼んだのじゃが…彼らも元気かのお?」


 神の言葉に人々は沈黙していた。

 しばらくすると司祭が神の目の前に出た。

 「アルス殿は先日病によりこの世を去りました。我々は神の御姿がFであることを誤解していたことはアルス殿から聞いていました」

 「しかし本当にそうなのかと私は疑いを持ってしまいました。どうかこの不敬をお許しください」

 司祭は土下座をして神に許しを請うた。

 「ほおそなたが司祭か。不敬などと…元はといえばわしが誤解させてしまったこと、どうか顔上げてほしい」

 「は!」

 司祭は頭をあげた。

 神は悲しそうにアルスの名を口にする。

 「しかしそうか…アルス君はなくなってしもうたか残念じゃのう…」

 すると人々も土下座を始めた。

 「はっはっは、謝ることはない。君たちも頭をあげてほしい。 そうじゃ司祭、ワシあれが食べたいのお、まんじゅうという食べ物じゃ。遊びに…巡礼中に食べたのじゃが、あれが美味でのお」

 「おまかせを!」

 司祭はぎこちない笑顔で神を案内した。


 神の通り道を作り、その横で人々は神を称えた。

「Eの神万歳! Eの信仰あれ! 神の御姿はEなり!」

 その顔は少しぎこちなかったが喜びに満ち溢れているように見えた。


 


 神の門の対極には異端の穴と呼ばれる大きな穴が存在する。

 底にはいくつもの骸とアルスの死体が雑に放り投げられていた。

 

 


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