短足クラブへいらっしゃい
あの二階堂彩音様が、短足クラブに入会希望届けを出されたようだ!
その一報はすぐさまネットワークを通じて学園関係者総てにもたらされた様だった。
と、言っても年が改まっての初めての登校日、その日の放課後の事であるから、実際に学園内にいたのは新年早々部活に熱血する運動部系の生徒達と、家に帰っても何もすることの無い、無気力な一部の文化部系の生徒達だけである。実際には学園内は、いつもの放課後よりも静かであるかのように見えた。
しかしながら。あの二階堂彩音様が、である。
昨年末、冬休み直前に突如としてイギリスから転校してきた彼女。
純日本人でありながら、九頭身美人の現役中学生モデルとして日英でも名を馳せていた彼女が、である。
本日を含めて、まだたった二日しか登校していない彼女ではあるが、彼女を迎えることとなった学園がいわゆる彩音様フィーバーに沸いたのは記憶にも新しい。
彼女をひと目見た生徒達は口々に
「あ、あれは…私達と同じ人間なの? え? 純日本人? うそぉ?」
「まるでフィギュアじゃない……」
「う、美しい……実際に呼吸をなさってるのかしら?」
「彼女は美の女神だ。絶対に排泄行為はなさらない。いや、絶対だ!」
「処で、彼女はどこのクラブに所属することになるのだろう?」
「争奪戦は……絶対にダメだそうだ。あくまでも彼女の希望を第一とするらしいぞ」
「生徒会で決まりかしらね」
「彼女と一緒の教室がホームなら、いつでも彼女の姿を拝めるんだけどなぁ……」
そんな噂話に花を咲かせたのである。
教室がホーム?
そう、この学園は私立の中高一貫の学園で、風変わりなところが沢山あった。
まず、特記すべきは、中等部、高等部共にクラスがないこと。
そして各々学年別に必修科目を何科目とればいい、その上でプラス科目の選択は自由、というカリキュラムが組まれていて、授業は総て移動教室スタイルだ。勿論、飛び級も認められている。そもそも中等部と高等部の違いはネクタイの形だけで、学年は色によって区別がつく様になっていた。授業は講義別だから、採る科目によっては中等部高等部の生徒が仲良く同じ講義に、というケースも珍しくは無かった。
そして普通の学校のクラスに当るのがクラブ(部活)、だった。
そのクラブも野球、サッカー、バレー、バスケ、テニス、バトミントンなどの正統派から、柔道、剣道、相撲、弓道、空手、馬術等の道を極めんとするもの、更に耳に馴染まないありとあらゆる多種雑多な運動部系もあり、文科系も生徒会、美術部、吹奏楽部、軽音楽部を筆頭とし、なんたら研究会に至るまでの怪しげなる物までもがひしめき合っていた。
生徒達はそのクラブいずれかに所属をし、そこが学園生活の基盤となるのだ。つまり、部室となる教室がホームと言ってもいいだろう。
そのホームを拠点に移動教室の授業に出たり、暇な時間を過ごしたり、文字通りに我が家感覚の場所、それがホームである。勿論、部員の数、部の強さによって与えられている教室の規模が違っていた。
その日、放課後、といってもまだ昼の一時前。午前中だけの授業で、学食はまだ開いてはおらず、短足クラブの部員達が思い思いの昼食をホームである部室で取っていた時の事だ。大抵は学校前のコンビニで買ったパンを齧っていたクラブメンバー達である。
「部長、大変です! わがクラブに待望の入部希望者がありました!」
息も荒く、昼なお薄暗い教室に、といっても正確には教室ではなく物置を改造した部屋なのであるが、そこに駆け込んで来たのは、中等部二年生の糟島君である。
「あん? なに? この時期に新入部員だって? またどこぞの部のオチコボレが気紛れに我クラブにでもって話か? そんなの却下、却下! 第一、我短足クラブはそんな気紛れで勤まるような柔なクラブではないぞ。お前たちも知ってるだろう? ん?」
チョコパンのお尻からはみ出たチョコをさも大切そうに舐めながらそう言ったのは、部長である高等部二年、淡屋氏だ。サルエルパンツが似合うナイスガイである。もっとも、総部員五人中、そこにいる男子生徒三名はみなサルエルパンツなのであるが。紅一点の中等部三年関谷さんだけは、ガウチョパンツなのだが、どうみてもモンペに見えてしまうとは、口が裂けても言ってはならない。
「ち、違いますって! あの、噂の彼女が、彼女が我部の顧問に、入部希望届けをたった今提出されたと……今我校のネットでも大騒ぎですよ? ほら!」
「え……?」
中等部一年の毒島君が大慌てでパソコンを立ち上げた。と、学園の様々なクラブのホームページ、学校公式のホームページ、学校裏サイトなど、その総てがひとつの話題で盛り上がっていた。
それは……【あの二階堂彩音様が入会希望クラブを決めたらしい。第一の予想は生徒会だったが、大外れ! なんと、そのクラブは、あの短足クラブだった!?】
「えええ? うち? 我短足クラブに入会希望届けを? あの彼女が?」
口の周りをチョコだらけにしたまま部長が固まった。
「うそん……」
紅一点の中等部三年関谷さんも、豚マンを口にしたままボーゼンとしている。
そこにクラブ顧問であるゲスー・ノキワミ先生(二十七歳自称独身国籍ポーランド)が大慌てで駆け込んできた。
「アナタ達、チョットいいですか? このクラブに入部希望者デース。なんと、ホラ、こちーらの……」
薄暗い部室がそこだけ急に輝きだしたかのようだ、とそこにいた皆は思った。ゲスー・ノキワミ先生(二十七歳自称独身国籍ポーランド)の後ろから、噂の二階堂彩音様が姿を現したのである。
身近に見る彼女は、一言で言えば美しかった。すらりと長い手足、小さな頭、まさに二次元の世界で描かれるスマートな美女そのもの。英国のファッション業界でも東洋の奇跡と呼ばれた、これが日本の九頭身美人かと、皆は思わず心の中で溜息をついたのだ。
ここで記しておかねばなるまい。
この短足クラブ、総部員五名全員、自他共に認める短足である。いわゆる古き良き時代の日本人の体型を持つ彼らは、六頭身台かせいぜい七頭身である。ちなみに現代日本人の平均は七・三頭身であるらしいから、データ上で見ても立派な……である。
彼らはスタイル偏重の現代社会に一石を投ずるべく、日本古来の胴長短足スタイルを尊重しつつ、本来は足長おじさんよろしくボランティアを行うクラブとして日々活動しているのである。足長おじさんを自分から名乗るのは気恥ずかしい……シャレを込めて【短足クラブ】が正式名称なのであるが、その真意は誰も分ってはくれないようだ。今では自他共に認める短足人の仲良しクラブ、という認識が一般的である。
その部に東洋の奇跡と呼ばれるあの二階堂彩音様が……彼らが驚くのも無理は無い話であろう。
「あの、皆様、私、転入してきたばかりの中等部二年の二階堂彩音と申します。このクラブに入部させて頂きたく、届けを提出いたしました。が、入部の条件として、総部員の八割以上の賛成がなくてはならないと聞きまして。是非、よろしくお願いいたします」
彼女はゆっくりと丁寧に言葉を選びながらそう挨拶をした。
「ハイ、それでは部長サン、彼女の入部を認めていただけまマスね? ソレデハ……」
ゲスー・ノキワミ先生(二十七歳自称独身国籍ポーランド)が二階堂彩音様の肩に手を掛けようとした瞬間、部長が口を開いた。
「ちょっとお待ちください。ゲスー・ノキワミ先生、まずはその手をお放しなさい」
「チッ!」
ゲスー・ノキワミ先生(二十七歳自称独身国籍ポーランド)が普段は隠しているゲスい顔を一瞬見せたが、すぐにまた作り笑顔になると両手を返してクビを捻り、やれやれ、といったポーズをしてみせた。
「ったく、本当に、真底ゲスいんだから……二階堂さん、気をつけてね。その先生、本当にゲスいですから。それでは一応決を採りましょう。メンバー全員……あれ? 三笠はどうした? 高等部一年の三笠は?」
その場にいたみんなが辺りをキョロキョロとしたその時、
「は~い、部長、私はここで~す」
とぼけた声と共に、はかま姿の男子生徒が姿を現した。
「何だ、お前、またはかまなど着おって。部活中は男子はサルエルパンツと決めたのではなかったか? まぁいい。入部希望者がいてだな、それの決を採ることになった。そこにいる二階堂君が……」
部長の言葉が終わらないうちに
「おー! ミカサ、ひさしぶり! 元気だったか?」
二階堂彩音様が三笠君に駆け寄り抱きついた。その姿は子供がお母さんに抱きつかれているように見えた。
「え? 二人は知り合いなの?」
「ちょっと、どういうことですか、先輩?」
皆の疑問に二階堂彩音様が簡単な説明をした。
「小さい頃、隣に住んでた幼馴染です。私は小学生にあがるときにイギリスに引っ越しちゃったけど。それまでは兄妹みたいにしていたのよね。ね? ミカサ?」
「お、おう……やっぱりお前はあの彩音かぁ……この前見た時、名前と顔が一緒だったからもしやとは思ってたんだけど。ふうん、すっかりデカくなっちゃたけど、あのネションベン垂れの……」
「そうよ。でももうネションベンはしないけどね♪」
そう言って微笑む二階堂彩音様は、やっぱり天使のように美しいと、その場に居る者達は思った。
「じゃ、決を採るぞ。二階堂君が短足クラブに入る事を認めるものは挙手!」
部長の声で、部長を含めその場にいる三人が手を上げた。紅一点の中等部三年関谷さんと三笠君は手を上げないでただ唇を噛んでいる。
「え? 五名中三名が賛成、というコトは……六割か。う~ん、これは……」
部長が意外な展開に眉を曇らせ、腕を組んだ。
「どうしてですか? どうして私はダメなんですか?」
二階堂彩音様が悲しげな目で、押し黙っている二人を見つめた。
「だって……彼女、短足じゃないじゃん。てか、足長いよ!」
関谷さんが突っ込んだ! それを言っちゃダメじゃん、てな突っ込みを、皆が強く感じた事は内緒だ。
二階堂彩音様は暫くの間腕を組んで何やら考えていたようだったが、ある閃きがあったのか、パッと明るい顔になると言った。
「そうですか。そこですか。でも、このクラブは【スタイル偏重の現代社会に一石を投ずるべく、日本古来の胴長短足スタイルを尊重しつつ】ってのが肝なんですよね? というコトは見た目よりも心構えが大切だと、そういう事ですよね? それは前もってクラブ活動紹介のパンフレットで確認済みです。ってことは、部員は必ずしとも短足でなくてもいいんですよね? ですよね?」
まさに正論である。関谷さんもそう言われてはぐうの音も出ない。
「ミカサ、あなたはどうなの? どうして私がこのクラブに入ることに反対するの?」
キッと睨みつけたその目は怖い位に美しい。三笠君はちょっとたじろいだが、意を決するかのように言ったのだ。
「どうしてだって? だって俺はお前の入部の目的がわかってるからさ。だろ? 彩音?」
「え? そ、それは……」
「お前さ、小さい頃からちょっと変わってたよなぁ。子犬とか子猫が大好きでさ」
「ちょっと待って? 女の子は誰だって子犬や子猫が好きなものよ?」
関谷さんが口を挟む。
「まぁ、続きを聞きなって。その犬とか猫だけどさ、好きな種類が決まってたよな? その何だっけ?」
「え? あ、うん、犬はダックスフンド、ウエルシュ・コーギー、ペキニーズ、パグなんかも好き。猫だったら絶対にマンチカンかな?」
「やっぱり!」
納得顔の三笠君である。不思議そうな顔をしてるみんなの為に三笠君がある提案をした。
「今の犬と猫の種類、特徴を調べてみなよ」
その声で、中等部一年毒島君が急いで画像を確認する。
「あれ? こいつらみんな……」
「みんな? どうなのよ?」
不安げな顔をして関谷さんが訊ねる。か細い声で毒島君が答えた。
「足が短いんです……」
「え?」
「ええ?」
ほっぺをちょっぴり膨らませながら二階堂彩音様が答える。
「そうですよ。私は足が短い種が大好きなの。犬猫の他には亀とか、ワニとかも好き。あ、ペンギンも好きよ。だってカワイイじゃない? そもそもカワイイの定義って考えてみた事ありますか? 赤ちゃんは頭が大きく手足が短い。これってカワイク見せて保護してもらう為の条件なのよ? それに、ホラ、縫いぐるみ、これもフォルムはみんな頭が大きく、ずんぐりむっくりじゃない。他にも、みんなが大好きなアニメなんかでも、カワイク見せたい時には二頭身のスタイルがとられたりするじゃない? ね?」
「え? そう言われてみれば……確かに……」
「短足がカワイイ……のね?」
思わず納得してしまう部員達である。
「それに……周りは奇麗だ、美しいだって言うけれど、私は自分が奇麗だと思ったことなんか一度も無い。そもそも自分の長い手足がキライ。神経質でいつも張り詰めてるみたいで。まるで枯れ枝のような姿がキライ。小さな頭だって顔だって大嫌い。今度生まれ変わったら絶対にカワイイ姿に生まれたいんだ。そう、関谷さん、あなたの様にね」
「え? ええ?……」
それを聞いた関谷さんの態度が一変した。そりゃそうだ、天使の様に美しい人から、そんな風に言われたら好意を持たない方がおかしい。
「部長、私も賛成します。ようこそ、わが短足クラブへ!」
「ありがとう!」
二人は手を取り合い、笑いあう。しかしその姿はどう見ても人が動物をじゃらしているようにしか見えない、って事は、関谷さんに対しては口が裂けても言ってはならない秘密だ。
「ええっと、これで部員五名中、四名の賛成、八割以上の同意を得た事になりますので……」
部長がほっとしたようにそう言った瞬間、三笠君も手を上げ、
「部長、八割じゃなくて十割っす。俺も賛成に一票……」
それを聞いた二階堂彩音様が再び三笠君に抱きつこうとしたが、それをサッと制した三笠君、
「待て待て! ただし条件があるぞ。俺達部員をペットを見るような目で見ないこと! ボディタッチは禁止!」
「え~っ? なでちゃダメってこと?」
「当たり前だろ? 俺は昔、さんざっぱら懲りてるんだよ! 所構わず撫で回されたら気まずいんだよ。それに……」
「まだあるの?」
「あるよ、ありますよ! いちいち、ごほうびよってお菓子をあげるのも禁止! 禁止!」
「えええ? それが楽しみなのにぃ? それも禁止?」
「そう、禁止! 第一、学園内に大量のお菓子持込はダメ!」
「ええ~? とっておきのお菓子も沢山用意してあるのにぃ……」
二階堂彩音様は、すぐ側に置いてある大きく膨らんだトートバックを恨めしそうに見つめた。
「それから、勝手に俺達に愛称をつけない事! タマ、とかマル、とか、ペスとか、全部ダメ!」
「え~っ? それもダメなの? つまんない……カワイイのに……」
「彩音、お前まだ動物アレルギーが治ってないんだろ? 実際には飼えないからって、俺達はその替りのペットじゃない。いいか? それが守れるんだったら俺も入部に賛成してやる」
「え~……」
困り顔の天使がそこにいた。
「ワタシは問題ないデース。いや、むしろゲスって呼び捨てにして、ナデまわして欲しいデース。てか、縛って欲しいデース。蝋燭垂らして欲しいデース♪」
それまで黙って事の成り行きを見守っていたゲスー・ノキワミ先生(二十七歳自称独身国籍ポーランド)が、潤んだ目でその天使を見つめる。部長がやれやれといった顔をして言った。
「先生、ゲスの極みが隠せずに漏れ出てますよ? アンタはもう退場! ハウス!」
「ウワッ、バレタカ~ァ~……デモ、これで二階堂彩音様は、わが短足クラブ正式メンバーデース! 早速学園長に報告デ~ス! 教室もグレードアップ、もしかしてワタシのお給金もグレードアップ? デスカァ?」
ゲスー・ノキワミ先生(二十七歳自称独身国籍ポーランド)はウフッウフッと笑いながらまたもや大慌てで部室を飛び出していった。
「あ、あの、ボクはそれでもいいかな」
一年の毒島君が恥ずかしそうにエヘへ、と笑った。
「恥ずかしながらわたくしもであります!」
そう言って最敬礼したのは、中等部二年の糟島君だ。
「お、おう、そうだな。別にそれも悪くは無いかな?」
部長もまんざらでもない顔をしている。だが、鼻の下が伸びきっているのを、部長に決して指摘してはならない。
「あっ、そのお菓子、イギリスの? とっても美味しそう♪」
関谷さんは、二階堂彩音様がトートバックからチラッとみせたカラフルな袋菓子に目が吸い込まれてしまっている。
「あ~あ、ダメだこりゃ。もうすでに彩音の手の平の上状態じゃん。いいか? 彩音、さっき言った事、守れるよな? わがクラブの為にも。お願いするよ」
「はい! 鋭意努力します!」
「鋭意努力って、お前……ああ、もしかしたら、わが短足クラブはとんでもない爆弾を抱え込んでしまったんじゃないだろうか……?」
三笠君はそう思ったが、部員みんなが幸せそうな顔をしていて、おまけに二階堂彩音様の輝く笑顔を見ていたら、まぁいいかと納得してしまったから不思議だ。
「じゃあ、みんな、たった今から中等部二年、二階堂彩音君はわが短足クラブの正式メンバーとなった。それじゃ例の奴、決めるぞ?」
部長が音頭を取って、部員五名が横一列になった。二階堂彩音様は満面の天使の笑みでそれを見守る。
「「「「「短足クラブへいらっしゃい!」」」」」
両手を大きく広げて、恭しくお辞儀をしながらみんなが声を揃えた。その明るい声が、薄暗く狭い部室に響き渡り、周りの空気をも震わせた。窓の外では香り水仙の白い花が、小さく頭を振っている。
「よろしくお願いします!」
負けずに二階堂彩音様も大きな声でそれに答えた。でも、頭を下げ俯いた彼女がほんの少し、いたずらっ子の顔をして込み上げてくる笑いをかみ殺していたのは、短足クラブ員達には内緒だ。そう、絶対にね。