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何気ない日常

国立マーシュ学園。

この学園は国が管理・運営を行っており、一定の基準を満たした者のみにしか入れない学校である。

 生徒は制服の着用を強制されている。

 男子は黒地の学ランで、中にはワイシャツを、女子は襟が濃い青色をした、紺地のごく有り触れたセーラー服で、スカートは若干薄い紺色の生地になっている。

 また、この学校の校則は、厳しい事で有名でもあるが、それはまた別の話だ。

この学園の正確な表記を、僕は知らないが、恐らくマーシュは、英語でmarshとでも書くのだろう。

即ち意味は「湿地帯」や「沼地」と言う事になる。

しかし、この学園周辺に湿地帯や沼地と言った地帯は無い。

昔はそういう地帯だったのだとしても。区画整理の影響でこうなったとは考え辛い。


この一帯は、学園以外何もない更地なのだから。


「それでは朝のホームルームを始める……マクミランが居ないようだが、誰か知らないか?」


 ざわつく教室。

マクミラン。

皆にはマックと呼ばれており、いつもは落ち着きが有り、とても大人しい子なのだが、一度(ひとたび)クラス内で事件が起きれば、直ぐに行動を起こして事件を解決している程、正義感が強く、場の荒れる事を嫌う子なのだ。

また、授業には積極的に参加しているので教師達の間でもそれなりに評判が良いのだ。

そんな彼が学園を無断欠席する訳が無いと考えるのはごく普通の事である。


「マックが居ねえなんて珍しいな」

「そうだよな。 ……風邪引いたとかで連絡が遅れてるんじゃないか?」

「それが一番現実的だよな」

「現実的じゃない考えとしたら、例の神隠しに巻き込まれたとかな」

「びっくりした。 いきなり話しかけてくんなよ、ダン」

 ダンは僕達の友人の一人で、目立った特徴は無いが、人の話を盗み聞きし、横槍を入れるのが得意だ。

「悪い悪い。 でもマックが居なくなるなんて珍しいよな」

「だよな。 でもマックの性格的に自分から事件に飛び込んだとかも有り得そうだよな」

「ははは、確かに」

「静かに!」

 このクラスの担任にして生徒指導担当のギルバート先生が一喝する。

「ま、まあマクミランの事は後回しにして、いくつか話す事がある」

 生徒達が静まったのを確認し、そして話を続ける。

「まず、この一〇日で述べ四〇人近くの人が姿を消している失踪事件の事についてだ。 今現在この学園の生徒に被害は出ていないが、別の学校では既に行方不明となった人が複数人居る。 その結果を受けて理事長が主体となり会議を行った」

 ざわざわとざわめく教室。

しかしギルバート先生は気にする事無く話を続けた。

「この事件の大半は夕方から夜にかけて起こっている。 その点を踏まえて議論した結果、今日からこの事件が収まるまで、午後の授業を無くし、速やかに下校し家で待機して貰う事になった」

その発言と同時に、クラス内で歓声が沸き上がったが、先生はゴホンと一度咳払いをし、その分宿題を増やすと生徒達に釘を刺すと、打って変わって生徒達は意気消沈してしまった。


 ――その日の放課後――

「バル~、一緒に帰ろうぜ~」

「一緒に帰るか。 で、今日はどこか寄って行くか?」

「あー、今日はいいや。 多分教師達が見回りしてるだろうし」

「確かに見つかったら説教されるだろうな……じゃあ普通に帰るか」

「……あ」

「どうした?」

「何でも無い。 早く行くぞ」

「お、おう……」

マイクは何かに気付くと、そそくさとその場を後にしようとした。

 が、その眼を欺く事は出来なかった。

「ちょっと待ちなさい!」

「ポニーに見つかっちまった……でも知らんぷり知らんぷり……」

「ま、マイクが逃げようとしてたのってこういう事だったのか……」

 僕は察した。

マイクはジュースを奢りたくないのだと。

「逃がさないわよ!」

 そうポニーが言うや否や、全速力で校内を走っているマイクの脚を、どこから生えてきたのか分からない植物の蔓が絡み付いてくる。

「くそっ! 放せっ!」

「ダメよ。 ちゃんとジュースを奢って貰わないとね」

「後にすれば忘れてもらえると思ったのに!」

「そう易々と忘れないわよ!」

「マイク……無茶しやがって……」

「今月の小遣いがぁ……」

蔓に捕まったマイクの許にポニーが駆けつけ、そしてマイクを引きずって自販機の前まで連れて行った。


一連の出来事の後、僕は辺りを見渡すと、隣でピノが唖然とした表情の儘立ち尽くしている事に気が付いた。

「あ、ピノも居たんだ」

「あ……はい、先程からずっと……」

「ご、ごめん。 気付かなくて……」

「い、いえ、私がバルさん達に声も掛けずにずっと見ていたので……」

「……と、とりあえず、ポニーやマイク達の許へ僕達も向かわない? 多分近くの自販機の前に居ると思うから」

「そ、そうですね……」


 傍から見れば、その様子は異性に慣れていない者同士のカップルが繰り広げる会話にしか見えないだろう。

しかし、それは違う。

ピノはピノなりに考え、僕達に伝えているのだ。

 ピノは僕達と出会った頃から、引っ込み思案で他人にあまり干渉しようとはしない子で、さらに、口数も少なかった。

 僕達がピノやポニーと出会うきっかけになったのは小学校への入学だ。

 僕とマイクは小学校に入る前からの縁だが、ピノとポニーは違う。

 たまたま一年生の時に、僕達四人は同じクラスで、ピノとポニーが友達だっただけであり、僕とマイクとは一切の関わり合いが無かった。

 しかし、学校が始まって半年くらいが経過した時に行われた席替えで、マイクとポニーが隣同士になり、尚且つ僕達四人全員が同じ班になったのだ。

 そして、その班の時に行われた遠足で打ち解けあい、其の儘今も腐れ縁のような感じで関係が続いているのだ。

 その頃よりはピノも親しげになっているが、性格と言う物は、その人の人生に関わるような事が起きなければ、そうそう変わる物でもない。

なので、ピノの性格は個性として、僕達の間では受け入れられ、そしてピノと話す時は、ピノのペースに合わせて話すようにしているのだ。

こう言うとピノが邪魔者のように思われているように感じて失礼ではあるが、僕達だって態々嫌いな人に合わせて話をしようとはしないし、小馬鹿にしている訳でも無い。

友達であり幼馴染だからこそ、そういう風に配慮しているのである。


「で、えっとバルがコーラ、女二人がオレンジジュースだったか」

「その説明にはあまり納得がいかないけど、まあ今回はいいわ」

「あはははは……」

「俺はその五〇〇ミリリットルのペットボトルに入ったコーラな」

「ならあたし達も五〇〇ミリリットルので」

「なんで缶じゃないんだよ缶じゃ」

「缶は開けたら出来るだけその場で飲みきらないといけないじゃない」

「ペットボトルでも飲みきらないといけないだろ?」

「ペットボトルなら持ち歩けるじゃない!」

「……ペットボトルの小さい奴じゃダメなのか?」

「小さい物よりも大きい物よ! 値段と量的に大きいペットボトルのほうが安いのよ!」

「確かに小さくて一〇〇円のと倍の量入ってて一五〇円で売ってるなら、大きいほうを選ぶよな」

「そ、そういうものなのか……そ、そうだ、ピノはその事についてどう思うんだ?」

「え、えっと……私はその……」

「ピノ、こういう時はあたし達と同じ意見を言って――」

「そこ、変な入れ知恵しない」

「入れ知恵なんてしてないわよ。 ただアドバイスしただけだわ」

「アドバイスも入れ知恵と同じだろうが……で、ピノはどうなんだ?」

「わ、私はその……大きくても小さくても……」


 例え彼女だって、自分の意思はしっかり貫く。


「……分かった。 じゃあ全員に大きいのを奢ってやるが、今回だけだからな?」

「さて、ここで問題です。 今までに今回だけと言っといて何回買ってるでしょうか?」

「バル、あまりふざけてるとお前だけ抜くぞ」

「す、すまん……」

「でも罰ゲーム付きの事をやるからこうなるのよね」

「半分お前らが俺を煽ってるんだけどな……」


マイクは僕達に指定の物をご馳走し、そして学園の敷地内から出た。

既に周りに生徒の影は全くなく、大半の生徒は下校し終わっているのが伺える。


「誰も居ないな」

「お前らがゆっくりし過ぎてたのが原因だからな……」

「まあ多少帰るのが遅くても問題無いだろ別に」

「それもそうだな」

 僕達は歩きながら話を続ける。

「話を聞く限り夕方とかだけ外に出なければいいようだし、なら昼間の遊べる時間に遊べるだけ遊べばいいんじゃないのかしら?」

「遊べるんなら遊びたいが、何しろ宿題も多いからな」

「そうだよな……なんでプリントみたいなのじゃなくて教科書丸写しなんだよ……」

「いいじゃない。 ただ書けばいいだけなんだから」

「その書くのが面倒なんだよ」

「書くのを面倒がってちゃ宿題終わらないだろ……」

「そうは言ってもな……」

「で、でもやる事はやらないと……」

「そうなんだよな……今やんなくても結局は嫌々やる事になるんだよな」

「まあここで愚痴言っててもどうしようもないわよ。 家に帰って、それからメールなり何なりで話せばいいじゃない」

「それもそうだな」

「そうするか」

「ですね」

「……南からパトロールの人が来る」

「南? 俺らが歩いてる方向とは逆だな」

「でも見える範囲では誰も居ないぞ」

「そこら辺に生えている植物達がそう話しているのよ」

「そういやポニーは植物の言葉が分かるんだったな」

「えぇ。 でもあたしはトーカーじゃないから植物達と会話したりは出来ないけどね」

「会話出来ないって言っても、植物を召喚して操れたりするんだろ? さっきそれで捕らえられたし」

「でも、あたしの場合は近くに生えてる植物を、一時的にその場に召喚して操ったり出来るだけよ?」

「それでも一〇分じゃないのか?」

「そ、それより、近くに生えてるって……あんな太い蔓をもった植物があの学園の近くに生えてるのか?」

「いや、あの学園は進学校に見えて一応魔法にも精通してるからな? 地下の倉庫には魔法用の道具が大量に保管されてるって聞くし」

「そ、そうなのか……なんか聞いた事と違う事を答えて貰ってる気がするが、でも植物は保管出来るような物じゃないんだろ?」

「時間を止める魔法を使える人が居て、その人が魔法でも掛けてるんじゃないの?」

「まさか……いや、居るかもな」

「そんな魔法を持ってる人なんて聞いた事無いぞ」

「ならバルは学園の臨時教員を全員知ってるか?」

「知らないな」

「俺もだよ。 だからこそそういう力を持ってる人も居るかもしれないじゃねえか」

「そういう魔法が使えた所で何に使うんだよ。 少なくとも植物を態々時間を止めて保管する意味なんて無いだろ」

「サンプルとしての保管……と言う事もあります……」

「サンプル? 何の為にだ?」

「そ、それは分かりませんけど……」

「まあ研究とか実験で使うって事もあると思うし、いつでも使えるように保管されてるってのが一番近いんじゃない? だからと言って魔法を使った本人以外がそれを解除出来るのかどうかってのは怪しいけど」

「まあな……でも魔法とか抜きにして、あの植物は何処から出て来たんだ? 近くにあんなのが生えてる場所なんて無いと思うが」

「確か屋内の植物園よ」

「そうか植物園か……って、ならなんで、さっき時を止める魔法を持った人がどうにかしてるとか言ったんだよ!」

「あ、いや、ちょっと度忘れしてただけよ」

「度忘れなら仕方ないな」

「仕方ないですね」

「そ、そうだな、仕方ないよな」

「な、何よこの流れ!」

「いや、な」

「ですね……」

「だよな」

「さ、先帰るから! じゃあね!」

「おい待てって! ってか後ろから来てるのは誰なんだよ!」


何気ない日常。

僕達にはこれが当たり前なのであって、誰か一人が欠けるなんて、そんな事は考えられないし、普段はそんな事を考えたりする事なんて出来ない。


 まだ陽も落ちる気配が無い昼下がり。

僕は、誰も居ない家に帰りテレビを点ける。

 別に一人暮らしをしている訳でも無く、ただ僕の両親が共働きをしていて、この時間はどちらも仕事に勤しんでいるだけだ。

 テレビでは連日のように、連続失踪事件の事を取り上げている。

しかし、大体が憶測で妄言で、この事件は単なる視聴率稼ぎ程度にしか考えていないのが容易に分かる。

またテレビ局によっては、未発現者による発現者に対してのヘイトスピーチや意図的なやらせの証言が行われており、明らかに放送倫理に反している報道をしていた。

だからと言って、それをとやかく言う気も無く、テレビを消して宿題をやり始めた。


「やっと終わった……」

 気付けば二時間が過ぎていた。

内容は単純な教科書写で、ページ数が四ページと、多少多い程度ではあったが、問題はそこでは無く、文字を綺麗に書かないと宿題をやったと見なされず、やり直しになってしまうと言う所だ。

 先生だって、そんな筆耕を職業としている人のような文字を期待している訳では無いと言うのは分かっているが、兎に角読める字として一字一句書かないといけないので時間が掛かった訳である。

 我ながら読める字として書けたと思うが、提出しなければそれは分からない。

 自信が無い訳では無いが、それでも少し心配である。

「誰かにメール……を送る訳にもいかないな」

 僕以外誰も居ないこの空間を静寂が包み込む。

 僕は静寂に耐えられず、テレビを点けて寝転がってしまった。

 例えその行為が無意味で非生産的な行動だとしても、今この時を楽しく過ごす事が大切なのであり、僕にとっては大事なのである。

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