序章
――この世界は魔法で満ちている――
此処はラビアーナ大陸の西端にある小さな港町、アウステヌス。
僕はこの町に住むごく普通の学生だ。
ここ最近、学園内ではある事件が話題を集めている。
他校生徒の失踪事件についてだ。
事件の発端は一〇日前、学校から帰宅途中の生徒が行方知らずとなったのだ。
この事件は忽ちマスメディアによって大々的に報じられ、「現代の神隠し」、「インビジブルの暴走・魔法の脅威」等と面白おかしく囃し立てられた。
しかし、この事件はこれだけでは収まらなかった。 事件が起きた次の日、別区域内の学生が突如として居なくなったのである。
その学生は現代では珍しい、魔法を使えない人だったと言うのだから驚きだ。
そもそも、この世界で魔法が使えるようになったのは、つい一〇数年前のある実験による事故がきっかけと考えられている。
一〇数年前のある日、研究者達は地中深くで発見されたある摩訶不思議な小さな石を分析していた。
研究内容については僕達一般市民には分からないが、何かを行っていた時、その石が何かと共鳴したのか膨張を始め、反応が終わるや否や爆発したのだ。
研究施設はその爆発によって跡形も無く吹き飛び、研究者達も発見されていない。
この事故も取り上げられたらしいが、これ以上に不思議な事が二つ起きたのだ。
一つは爆発事故が起きた跡地で、爆発事故が起きた当時から今も尚続く現象。
天高く伸びる光だ。
この光は全ての物質を透過し、そして天へと伸びる不思議な性質を持っている。
発生源は小さな石ころだが、その石に触れようとしても何故か触れられず、すり抜けてしまうのだ。
原因は未だに不明だが、その石自体にも魔力が溜まっており、その魔力の力によって何かしらの作用が働いているのではないかと現代の科学的論理では考えられている。
また、その現象が発生した同時期に、遠い場所にある、小さな島国のほんの一部分でだけ、空間が捻じ曲がる現象が発生し、約一ヶ月半のも間、外部からその地域へ足を踏み入る事が出来ず、尚且つ地域内に居た人が退出する事も出来なかったらしい。
その現象は、その国の政府の手によってどうにか収める事が出来たらしい。
しかし、収め方が問題だったのか、その地域に居たとされる住民の内、九割以上が死傷してしまう事態に発展したようだ。
生き残りの人は皆「黒尽くめの奴らが――」等と、訳の分からない譫言を呟いていた事からして、相当の出来事があったと言う事を感じる事が出来る。
然し、それだけなら態々説明しない。
この現象が収束した時、研究での事故と同じように、天高く伸びる光線のような物が確認されたのだ。
幸い、二、三日で光線は収束したが、その現象はアウステヌスの事件と同じように、広く知れ渡っている。
この二つの現象は、同じような物と考えられている。
もう一つは、魔法の発現だ。
爆発事故の起きた次の日から、アウステヌスを中心に摩訶不思議な能力に目覚めた人が現れるようになったのだ。
発現者はごく普通の小学生からごく普通の老人まで多種多様だ。
しかしこの力を発現した皆に共通した点が有り、皆が皆「起きたら何故か力を使えるようになった」と言うのだ。
国は直ちに研究チームを派遣し、発現者を被検体として様々な非人道的実験を行った。
当然この行為が許される事も無く当時の内閣は総辞職する羽目になったが、この実験のお蔭で幾つかの事が分かったのである。
先ず、この力は人が本来持っている身体的能力とは別の物である事。
つまり後天的に発生した身体的変化と言う事だ。
さらに、発現する能力は個人差が有り、その力の強さにも個人差が有ると言う事だ。
力の強さについては訓練でどうにでもなると判断されたが、発現する能力の事前予知や発現するタイミング、発現までのメカニズムについては一切解明する事が出来ず、発現者の運が悪ければ発現した瞬間に自爆して死ぬと言う、自己を犠牲にして発動する能力に目覚めてしまう者まで現れた。
能力については、火を放てるようになったり、いつでも好きな時に雨を降らす事が出来たり、空を飛んだり土の中に潜ったりする事が出来るようになったりと様々だった為、こちらも完全には解明出来ていない。
摩訶不思議な力、研究者達はその力を「魔法」と呼び、世間一般へ広げる事にしたのだ。
そして、自らが生み出せる魔法は、最初に発現した魔法のみと言う事だ。
その事について疑問を抱いた研究者達が挙って検証・考察を重ね、ついに二つ以上の魔法を一人の人が使う方法を発見したのだ。
その方法の条件と言うのが、別の能力を持った人と、ある程度の親密な関係を築くと言う物だ。
ある程度と言っても結婚したり長年付き合ったりすると言う行為は必要無く、相手が相手を想う、ただそれだけで条件を満たすのである。
しかし、想うだけで魔法が使える程世間は甘くない。
心の底から相手を想い、そして口づけを交わす事によって、相手の魔法を使えるようになるのだ。
この条件はある意味恋愛でも役に立っており、若し片方が片方を想っていない状態で口づけを交わしても何も起こらないただのキスとなる為、その時点で片方が片方を好きだと思っていないと分かり、愛想尽きて別れてしまうカップルも少なくは無いのである。
また、この現象について、研究者達は「魔法の伝導」と呼んでいる。
魔法の伝導については、先程話した条件以外の条件は無いが、二つ以上魔法を使える人が口づけを交わした場合、大半は最初に発現した能力のみを相手に受け継がせるが、特殊な体質の人に限り、複数の魔法を相手に受け継がせることが出来る。
この体質については、今現在も研究が続けられているが、未だにどうしてこういう体質を持った人が産まれてきているのかは分かっていない。
国は、魔法を使える人々の事を「新人類」と区別するようになった。
また、研究者達の間では、魔法が使えるようになったきっかけがあの爆発事故にあると言う考えが広がっていった。
魔法が発現するのは、爆発事故が起きてから産まれた人なら一般的に、七歳から十一歳頃と言われている。
また、爆発事故後に産まれた人達は皆、魔法が発現してから第二次性徴が始まる成長過程になった為、魔法の発現は、「大人の身体へ成長する為の第一歩」とも言われている。
日に日に増えていく「新人類」
しかし、魔法が発現しない者も居る。
それが「未発現者」と区別されている者達だ。
この未発現者達は二つの種類に分けられる。
一つは、爆発事故が起きる前に産まれていた者だ。
この者達はいつ発現するかが未だに不明な為、その内発現するとしか言い様が無いからだ。
そしてもう一つは、爆発事故が起きた後産まれ、魔法を発現せず第二次性徴を迎える者だ。
こちらは厄介で、前者とは違い第二次性徴後に発現する事例が一例も無いのだ。
また、前者と後者を区別する上で「無能力者」と表現される事もあるが、一部の市民団体は、そのような区別は区別と言わず、差別だと訴えかけている。
両者の共通点としては、魔法保持者と魔法の伝導を行っても、何も起こらない事である。
魔法保持者は魔法を相手に渡せず、未発現者は相手から魔法を受け取れない。
魔法を使えない事による弊害はそれだけでは無い。
一〇数年経った今現在、この国における魔法発現者の数は七割、爆発事故後に産まれた人だけなら九割以上も居るのだ。
だからこそ偏見を持たれ、学校ではイジメの対象にすらなってしまう。
それだけ後者の未発現者は過酷な現実を生きなければならないのである。
前者の未発現者も多少の偏見を持たれているが、後者とは違い発現する可能性が有るのでそこまで問題視されてはいない。
この情報についてはつい数ヶ月前に発売された、魔法の発現現象が発生してから一年ぐらい後に発表された論文の一部を引用し、分かり易くまとめた本に書かれていた事である。
一部の数値的情報は、過去の物と現在の物を表記して比較している。
原本については、首都にある国立図書館に収められているそうだが、一般人がそれを読む事は許されないらしい。
一〇数年経った現在、この本以上には研究が進められ、引用部分に書かれた物よりは詳細に解明されているが、未だに不明な部分も多い。
魔法とは不思議な物である。
魔法を使える子の失踪、使えない子の失踪。
この二つの事件は周辺の町に波紋を広げ、常識を弁えないマスコミが大挙としてアウステヌスに押し寄せた。
それが彼らにとっては、運の尽きだったのだろう。
最初の事件が起こってから三日目の夜、彼らを乗せた大型バスが海沿いを走行中に転落事故を起こし、其の儘海へ落下すると言う事が起きた。
しかし、運転手の操作ミスと思われていたその事件、調査の結果、走行したと思われる道の途中からタイヤ痕が消えており、また崖下に落ちた跡も無かったのだ。
この事故により、報道関係者延べ三〇人ほどが行方不明になったらしい。
その後も、毎日一人以上の人が、この町から突如として姿を消し、その家族が捜索願を出すと言う一連の動作が、一週間も続いている。
アウステヌスの住民は、「いつ自分が被害者になってしまうか」と怯えながら毎日を過ごしているのだ。