Really Runs The Show
それは、剣と魔法とちょっとした科学と最低限の法律により支配された世界、シラーグリートヒ。
そんな世界の大陸の辺境に、ある国があった。
……《デルポンティエ》
それがこの国の名前だ。
国土の周囲は山に囲まれ、海の無い内陸の都市国家である。海は無いと言ったが資源は豊富である。それを利用した他国との貿易で国の経済が成り立っている。
しかし、こんな世界であるから争いは絶えない。いつもどこかの国同士は戦争をしている。
デルポンの国はその点、資源を独り占めしたい隣国がぜひとも領地にしたいと思ってしまう国なのであるが、どの国もこの国を攻めようとは思わない。
群雄割拠。
今より少し遡ったころ、デルポンの国はまさに常に内乱が続いている戦国の世であった。国の中で割譲された土地を奪い合ってのものではない。国を統治する国王を決めるための争いである。
かつては毎年のように国王が変わっているので、国家としてのこの国は全く信用されていない。外交に国王が出ている間に、国王が変わり、明日には今話してる相手が一般人に代わっているかもしれないのだ。
そんなわけで、国土内の都市はそれぞれ独自の産業で貿易をおこない発展、経済を回している状態である。戦争はするが国の土地は荒らさない。なぜなら、この戦争に兵隊は必要ないからである。
この国の連中は、考え方が独特である。
この国こそが自分の永住地であることを信じている。まあ、当然考え方の違うものはどこにもいるので、例外も多いが、この国を旅行した外国人は概ねそんな印象を良く語るのである。
簡単な話、こいつらは自分から他の国を攻めて領地を広げようなんて考えない。すべて自国の領土のみで算段する。
だが、もしどこか外国に攻められたら確実に迎撃する備えがある。
国内で争っているお家は、主に八つ。
この国の歴史においても長きにわたる戦で、残った雄たち――いわば八傑である。そしてある時、戦地で話し合いがあった。
――もうこれ以上国を治めようとする連中が出てこないように、俺たちだけで争おうぜ。
最初にこれを言い出したのはヤマダスタンダード国境線出身のサジカゲン侯爵家六代目、サジェス・サジカゲン。他の家の当主たちもそれに同意した。
よってこれをこの国では《サジカゲンの和義》と呼び習わす。
以降、この国では国の統治をおこなうものを、八傑の中で争い決めることとなった。国家元帥の在任期間は、その位についてから、だいたい四年くらいと定められた。
そして、だいたい四年に一度、またその位を争う戦いを行うのである。
剣と魔法とちょっぴりの科学と最低限の法律で支配されたこの世界で、そんな事をして国の頭首を決めるのは、この国しかない。
そうして、誰もこんな国は欲しがらなくなった。相変わらず国民たちはそれぞれの都市で貿易をして、自分たちの懐だけは潤わせている。国のトップはアホらしい事をしているが、もともと都市国家単位としての水準が高いのである。
そして最下層の労働者たちですら潤っていて、格差が殆ど無いため、娯楽も発展している。
飲む、打つ、買う。庶民ですらこうした道楽の考えがいっぱしに有ったりする。残念な国である。
そして国内には、件の和義以来、八傑それぞれのおわす本拠地――自治都市が生まれ、そしてある日には国の中心に位置するデルポンピスク地区に、闘技を行うためのコロシアムが設けられた。そこで国家騒擾、戦いを繰り広げるのである。
しかしこの施設は、デルポンピスクの住民たちが、和義を受けて勝手に作り上げたものである。つまり民間の施設であって、普段はアーティストやアイドルのライブ会場だったりする。
ここで戦ってください、そのほかはこっちで何とかしますから。一部に広まった噂によるとデルポンピスクの商工住民たちは、世界を滅ぼす力を持っているとも囁かれるが、瑣末な問題である。
こうしてこの国は、正式な方法、手続きで持って国家元帥を定期的に決める制度を確立し、無事に近代化を成し遂げたのだ。
⇔
……そして、このデルポンで、新たな戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。新元帥を決めるあの戦いが、半年後に迫っている。
こんな事を続けて早くも五十年近くたったが、最近はそんなに活気がない。このコロシアムでの戦いは、この国の一大イベントである。それでもなぜか活気がない。
いろいろ試行錯誤してきた。
トーナメント形式により、それぞれ自慢の十八番を歌って、カラオケマシーンでの得点で争うなど、本当にいろいろな事をしてきたのである。
――そう、この国の戦争では血が流れなくなった。民草が兵士として戦う事をしなくなったからだ。
くだらない事をやっている国だと他国は馬鹿にするが、平和的観点で言えば素晴らしい国なのである。
だがそろそろ、この国の国土を狙う他国が現れてもおかしくない。要するに、国家元帥候補となる家を全て叩きつぶし、ここはうちの国の領地になりました、と言えばそれで済む話なのだ。
この五十年間で、八傑の力も衰えた。
平和ボケである。
国内情勢はまったく殺伐としていない。このままではいかん。怠慢だ。
そこで、自分たちが衰えていないことを証明するという意味合いも込めて、そんな思惑の中で今回の戦いは、コロシアムを有効活用したものにしたいと思った。
――小さな戦争を行うのである。
血は流れるし、死者も出るだろう。そういう事を全国ネットでやろうとしている。今回の戦は、これまでとは一味違う。
デルポン八傑も、この五十年で代替わりが起こり、それ以前の戦で全線で活躍していた直属傘下の騎士の家なども様変わりして言ったが、変わらず修練を続けている家はいくつもあった。
その剣はいつ振るう?
その魔力は、いつ披露する?
五十年ぶりに、デルポンティエ内乱が勃発するのである。コロシアムの中で。
「ちゃんとルールを極めましょう」
大仰な立ち居振る舞いの若い男が、議長席から言った。円卓ではあるが、議長と書かれた腕章を彼がつけているので、そこは議長席のはずである。
「やっぱり、場外アウトとか良いんじゃないすか」
体面に位置している、やる気のなさそうな男が答えた。
「まあ、各々いろんな方法で勝利を引き寄せればいい訳だからね」
その隣に座っている若い女性が、続けて言った。こちらもあまりやる気はなさそうである。
「オーディエンスを湧かせなきゃ意味がない、その点エンターテイメント性も重要な要素ですよ」
その隣に座っている紳士風の男が更に続けた。
「さすがサジカゲン殿だ、良く解ってらっしゃる。――じゃあ各回、六人ずつの団体戦で、必要であれば参謀を一名、合計七名までのチームを編成してもらいましょう」議長は紳士風の男――サジカゲンを誉めながらも、当初から用意していた自分の考えを述べるのだった。
「するとどうなるんだ」
議長の右隣の、豪放で大柄な男がおもむろに口を開いた。この男も先ほどからはずっとあくびなどをしながら話を聞いているだけであったが、この展開には興味がある様子だ。
「途中交代なしの、一騎討ちが六試合続き、勝利点の多い方が次の戦いへ進める。そこはトーナメント戦でいきましょう。これなら、長く楽しめますよ」
議長は質問を意図していたかのような用意された回答をした。
「なるほど。一騎討ちか。面白い」
「うかうかしてられないな」
「やるっきゃないねぇ」
先ほどのやる気のなさそうな二名がやる気になったのか、同調した。
「大枠は、それで行こう。後は細かいルールをどうするかだな」
「良いじゃないですか、ルールなんて」
サジカゲンが冷たく言い放った。
「何」
場は静まり返った。サジカゲンの発言力は議長が建てられている場合においてもかなりの影響を及ぼす。博識な一族でもあるし、ヘタな事は言えない。
議長は頷いて、サジカゲンに続きを促した。
「……最低限でいいんです。場外アウトってのは勝利条件としては面白いので有りだと思いますが、他に細かいルールなんて必要ない。本当に、名誉を掛けた一騎討ちをするんですから、あーだこうだ言われたくはないはずです。戦うものの事も考えなくては」
「それならそれで結構だ。私は自分で出場するがそれも有りだろうな」
さきほどまで、あくびばかりしていた大柄な男は、俄然やる気である。
「死ぬかもしれませんよ、いいんですか」
「戦場で闘って死ぬなら本望だ。だから貴様たちも、手加減無用のやつを出場させる事だな。無論、そいつらの命の安全は保証しないが」
「……まあいいでしょう」
――話し合いが終わった。
⇔
こうして今回のトーナメントの開催が宣言されたのが二か月前である。
あと一ヶ月で、戦の幕が上がる。影で切磋琢磨してきた、英傑たちが一騎討ちを行う。これで国民が湧かない筈はないのである。国は活気を取り戻した。
なんだかんだで、自分が傷つかない範囲での殺し合いなら、その辺でやるのが見れるなら見ようかなと思う心理がそこにはあった。……現実はそう甘くないのに。
八傑は、それぞれ自慢の精鋭でチームを作り、戦わせる。
所変わって一カ月と少し前、八傑の一、ファナティック家の屋敷の書斎にて。
「トーナメント? なにそのジャンプ漫画みたいなの。カラオケでいいじゃん、最近だって芸能人がよく歌ってるんだからさ」
灰緑色の髪をした、魔法使い然とした身なりの若い娘が呆れたように言った。
「まあ、会議で決まったんだから仕方ない。うちは、頭首の私がもう現役って感じでもないし、逆に娘はまだまだ子どもだ、戦わせるわけにはいかない。ましてや命がかかってるわけだからな」
例の議席では議長の左隣でだんまりを決め込んで成り行きを見つめていた、中年のおっさんがため息交じりに答えた。ファナティック家現頭首、エスクード・ファナティックである。
「おいおい親バカかこの野郎、私なら殺されても良いって事か、ふざけるなよ。いくら外国に遊びに行ってたからって、仮にも私だってあんたの親戚だぞ、急に呼びもどして来て、遠縁だからってそんな扱い、絶対許さないんだから」
顔を赤くして、娘は反駁した。貴族の血すじ等お構いなしに口調は荒々しい。
「いや、許すの許さないのっていうよか、ほら、ウチの一族って割と前々から楽天的だしさ、楽しければ良い屋って所有るだろ。仮にもお前は朧焔の名を受け継いでいる訳だし、ぱーっとでかい花火を打ち上げてオーディエンスを沸かせてみせろ」さっき命がけと言っておきながら、花火だのと言う。楽天的だからとかいう問題ではないのだが、娘――ローエン・ファナティックはもうそんな事にまで突っ込む気は失せていた。
「で、でもチーム戦なんでしょう、私が参謀で後六人集めなきゃさ、だめじゃん、人脈とか人望とか無いべ私ほらこの通り」
「何が参謀だ、お前を入れて六人で充分だ」
「泣きたいんですけど。泣いて良いよね」
「でも、新しく人を探す必要もない。うちにはあいつらが居るじゃないか。特に《チャグリン・ロドダンドロン》は特筆物だ。あれに頼ればいい」
「あのロリババ……いや、やっぱり私が出る必要無さそうなんだけど……ていうかあいつ私の言う事なんて聞かないだろ絶対。もうこれわかんねえな」
「ファナティック家がまだまだ健在って所を、お前には見せ付けてもらいたいんだ。さっきからすごく失礼だけど、お前だって私の言う事には逆らえないだろ、謀反でも起こすかしないとさ、だろう」
剣呑な事をサラっと言うものである。楽天的と言えばそうなのかもしれないが。
「解ってますよ、私が出ます。いざとなったら棄権しますよ」
「今回は【場外アウト】があるらしいから、いざとなったら飛び込めば良い。――でも、そんな事をして生きて帰って来ても、お前に待っているのはキツいお仕置きだぞ」
「……もうやだこんなの」
――こうして、ローエン・ファナティックと愉快な仲間たちの戦いが始まる。
《了》