Luxuria
泣き声が聞こえた…
薄暗い路地を覗くと少女が泣いていた…
五歳くらいの女の子…
「ねぇ、どうしたの?」
話しかけるが少女は泣いたまま何も答えない…
「どこ行った!」
男達の声が聞こえた。一人や二人ではなく、何人もの声、誰かを探しているようだ。
「おい女!」
突然現れた男の声に驚いたが、男の方を向く
「その子を渡してもらおう」
よく見れば手には棒切れを持っていた。
「ここはルーンベルク家の領地、私を領主の娘アレクシア・ルーンベルクと知っての物言いか」
「な…、し、失礼いたしました。しかしながらその子供は魔女の子です。」
男は動揺しているようで、手が震えていた。
「子供まで殺すつもりですか」
「殺すだなんて、魔女でないと分かれば殺したりしません」
「貴方はこの子が魔女に見えますか、こんなに怯えて泣いているではありませんか…、この件に関しては、私がこの子を預かります。」
その一件から、少女はアレクシアの屋敷に預けられた。両親はそれを快く受け入れた。
ある日、アレクシアに妹が出来た。妹の名はリシェと名付けられた。
アレクシアは幼いリシェを抱きしめて眠っていた。
そして、少女は十六の誕生日を迎えた時、屋敷を出た。
一年経って、アレクシアの前に現れた少女は、恩返しがしたいと申し出た。彼女がいない間に何があったかは分からないが、彼女は帰ってきた。
「リシェに幸せになってもらえれば私には何も要りません、それに貴女も私の愛する妹です。」
「私には愛など分かりません」
「こうすれば分かる?」
アレクシアは少女を抱きしめる
「分からない…でも、温かい」
アレクシアは彼女の髪を優しく撫でる、勝手に屋敷を出た事を咎めるつもりはない、何も言わず抱きしめていた。
「もうどこにも行かないで…」
「私は貴女を幸せにできますか」
その言葉には何か彼女の思いが秘められているような気がした。
「貴女がいてくれれば幸せだよ」
「にゃあ」
アレクシアはクスッと笑った。少女も何か嬉しかった。
「アレクシアの願い、いつでも聞くから」
「そうね、考えておくわ」
アレクシアは彼女に口付けをした。突然の事だったが彼女はそれを受け入れていた。
唇が離れた時、少女の瞳にはアレクシアの潤んだ瞳が映った。
不意に押し倒された少女は、ただアレクシアを見つめるだけだった。
アレクシアは無抵抗な彼女を抱きしめて唇を重ね、舌を絡めあう…
ある日、アレクシアは少女の様子がおかしいと思い、よく見ると手や足に怪我をしているようで、服を脱がすと身体中に痣が残っていた。どう見ても転んだだけとは思えない、アレクシアは彼女を思わず抱きしめていた。
また、領民が何かしたのだろう、忌まわしき魔女の娘と言われた少女に…
「私が貴女を守るから」
アレクシアは少女にそう告げると屋敷を出る、慌てて少女も後を追った。
そして、彼女は私を守る為にその命を絶つ結果となったのだ。
「お願い、リシェを守って…」
「はい…」
「たとえ貴女が悪魔でも…愛している…」
アレクシアの最後の願いだった。腕の中で冷たくなっていく彼女を、ただ抱きしめながら、気がつくと涙が溢れていた。
「珍しく寝過ごしましたね」
その声で目が覚めた。リシェの声だった。
「申し訳ございません」
慌てて身体を起こしてベッドから出ようとすると、リシェはそれを制した。
「休んでいてもいいですよ、調子悪そうですし」
「そんなことは…」
「たまには羽を伸ばすのもいいと思いますよ」
「はい…」
ディルはリシェの言葉に素直に従った。
「少し出掛けますので、留守を頼みます」
「はい、あの、どちらへ行かれるんですか?」
「そうね、ちょっと街まで」
「そうですか…」
リシェが一人で外に出るのは何日ぶりだろう、ディルが来てからというもの、外出にはいつもディルが付き添っていた。彼女は今いない、そのせいか、少し寂しく感じる。
「リシェ」
名前を呼ばれて振り向くと、そこにいたのはセルジュだ、幼馴染とまではいかないが、子供の頃に遊んだことがある。
「お嬢様、一人で出歩くのは危険でございますよ」
彼はからかうように言ってみせるが、あながち間違いというわけでもない、最近は治安が悪いという噂がある。今日はただ、服を新調しようと思っただけで、用事が済んだらすぐに帰るつもりだ。
『ご主人様…』
悪魔は三階建ての建物の屋根上に立ち、二人の姿を眺めていた。漆黒の羽根を風に靡かせて…
『私の力ではお姉様を助けることが出来なかった…。お姉様の願いは、貴女に幸せでいてもらう事…。貴女に傷一つ付けることなく…、ただ純粋に…、貴女を守ること…』
リシェ達は公園につくと、木陰で休んだ。木々に囲まれてとても穏やかな時間が過ぎていく…
「リシェ、困ったことがあったら言えよ?」
「うん」
適当に返すリシェは別のことを考えていた。
『アレクシアは私が悪魔だと知っていた…』
一陣の風が吹き抜ける、リシェは乱れた髪を直す。視線を上げたとき、天使が舞い降りてきたのかと思ったが、それはディルだった。
「申し訳ございません、やはり心配で…」
リシェは驚いた様子もない、いつ来るかは分からなかったが予想はしていた。そしてディルが来て少し安心していた。
「お前、邪魔をするな」
セルジュがそう言うとディルは彼を見た。だが少し怯えているような気がする。
ディルはナイフを出す。
「やめて!」
ディルを止めようとしたが、彼女は止まらなかった。セルジュは後退りするが背後の木に当たってしまう、そこにディルの持つナイフが放たれ、ナイフはセルジュの頬を掠めて木の幹に刺さっていた。
「行きましょう」
ディルはリシェを抱き上げると近くの屋根の上まで飛翔し、屋根伝いに屋敷へと向かった。
屋敷に着いたディルは窓から部屋に入ると、リシェを降ろした。
「ちょっと、どうしたのよ」
リシェはわけも分からずディルをジッと見た。彼女は何も言わず、視線をわずかに逸らしていた。
ふと目が合ったかと思うと、何か言いたげに、何を言いたいのかは分からない、ただ長い沈黙が続く、その沈黙は屋敷に着いてからも続いていた。
「申し訳ありません、私は貴女を誰にも奪われたくない…」
彼女は囁いた。この悪魔はもう契約などとは無関係に私を縛るのだろう、何か分からないが不安が過った。
その不安はセルジュの死をもって現実のものになった。誰が手にかけたかは分からないが、彼の亡骸はベッドの上に横たわり、その表情は苦悶の表情ではなく、とても幸せそうな寝顔だったと云う…
一部修正しています。
最後は少し曖昧な終わりで申し訳ありません。