Superbia
リシェの後ろを歩くディルの隣に、リシェは並んで歩こうと立ち止まってみせる、ディルは一歩遅れて立ち止まる。
「あの…」
ディルが声をかけてくる、振り向いたリシェの瞳には、どこか困ったようなディルの姿が映った。
「たまには並んで歩きましょう」
「ご主人様と並んで歩くなど…」
ディルにしては珍しく歯切れの悪い返事が返ってくる、明らかに様子がおかしかった。
王宮に召喚された理由もそうだが、それが起因となりユリアン王子の花嫁として名が上がったのだ。リシェが王子と結婚することになれば必然的にディルも王宮に仕えることになるのだ。気づけば二人は目的の場所に着いていた。
「着きました。」
「宮殿ですね…」
「はい、今回のお相手はユリアン王子です。」
「そうなんだ…冗談でしょ?」
「私が嘘を言ったことがありますか?」
「国王陛下は私のリシェ様への揺るぎない忠誠心が甚く気に入られたようで…、私が王宮仕官を拒否したものですから、貴女様が王子と結婚されれば、私が王宮に仕えることになると思ったのでしょうか…。」
「ならない…?」
「私はリシェ様のものですよ」
リシェは悪魔の優しい笑みを見た。
王宮の使用人に案内されてユリアンの待つ部屋へと通される。
「お招きいただき光栄にございます、ユリアン様」
「お待ちいたしておりました。」
軽く挨拶を交わすと、ディルは二人を残して部屋の外で待つ。中から話し声が時々聞こえはするが、何を話しているかまでは聞き取れない。
「戯言と思って聞いてください、王子はこの縁談には消極的でございます。ですが、この結婚が決まれば王位はユリアン様のものとなりますでしょう。」
使用人はディルにそう漏らした。国王の決めた事だ、ユリアンとしても断るわけにいかなかったのだろう。リシェもそうだ、この縁談には乗り気ではない。
「それから、妙な噂を耳にしたのですが、リシェ様には悪魔が憑いているとか」
「私のことでしょうか」
「貴女も冗談がお好きですね」
使用人は笑いながら言う。
「貴方は人として素晴らしい方だと思います。ですからどうか何も言わず、私の事はお忘れ下さい、、」
「これは王の決めた事、既に日取りまで決めてあるのだ、私にはどうする事も出来ません。ですが、私なら貴女を十分に幸せに出来る、欲しいものがあれば何でも手に入る、貴女は不自由なく暮らせる、悪い話ではないでしょう」
リシェが内心ディルに助けを求めた時、扉がノックされ、ディルが入ってきた。手には銀のトレイにカップと小さなポットが乗っていた。
「お茶のご用意ができました。」
「弁えよ」
ユリアンの言葉など聞いていないかのようにリシェに紅茶を淹れると、ディルはユリアンにも紅茶を淹れた。
「私の仕事ですから、ですよね、ご主人様」
「はい」
王宮の使用人がケーキをトレイにのせて運んできて、二人の前に差し出した。
「そろそろティータイムですし、よろしいかと」
使用人はユリアンの脇に立って言う。
「そうですよ、せっかくですかえら頂きましょう」
リシェがそう言うとユリアンも渋々と従った。二人がお茶を愉しんでいる横でディルはその様子を見ていた。
「リシェ様、せっかくですので、式にだけでも出てはいかがでしょう」
「貴女、何を言っているの」
ディルに反論するが、リシェは彼女の目を見ると何も言わなかった。何か考えがあっての事なのだろう、そうでなければそんな事を言うはずがない。
「分かりました。お受けいたします」
「ありがとう」
渋々と承諾したリシェは、席を立つと丁寧に挨拶だけして部屋を後にした。
屋敷に戻るまでリシェはディルと一言も話さなかったが、特に怒っているというわけでもなく、ただこの後どうするつもりなのか、それを気にかけていた。
数日してその日が訪れる…
「お嬢様、美しゅうございます」
「貴女の服はまるで喪服ね、血腥いのは嫌よ」
黒いドレスを着たディルに言う、いつもとは違う服装ではあるが、結婚式で着るようなものではなかった。
「そうならないように願っていて下さい。」
教会の鐘が鳴り響くと、リシェとディルは教会の扉の前に立つ、だがそこにユリアンの姿はなかった。使用人はユリアンが皆を驚かせる為に何かしていると言ってここにいない理由を話す、その何かとは使用人も教えてもらっていないようで、お楽しみらしい。
扉が開かれ白いウェディングアイルが続く、神父の前に立つと、そこでユリアンの登場となるはずだった。皆が顔を合わせていると、ディルはリシェのもとを離れ、パイプオルガンの前に立つと、椅子に座らず、立ったままオルガンを弾き始めた。
まるで賛美歌のような美しい音色だった。そして音色が変わったと思った時、正面のステンドグラスが割れて何かが落ちてきた。そしてそれを見た人たちは悲鳴と共に逃げ出す。それは変わり果てたユリアンの姿だった。
リシェは後ずさりして、避けるようにディルの方に走り、そして飛びついた。ディルはリシェはしっかりと抱きしめていた。
「リシェ様、これで約束は果たしました。」
ディルのその言葉は契約が終わった事を告げていた。それはディルとの別れを意味する、そう思うと急に寂しくなった。遅かれ早かれ、彼女は私の前から姿を消すのだろう。
ただ、今はその悪魔に抱かれて泣いていた。