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友人とバカ騒ぎした帰り道。明日は土曜なので本来ならば徹夜で飲み明かしたいところだが、俺は生憎仕事が入っていた。やりたいのにそうもいかないジレンマを抱えながら飲んでいたバチが当たったのだろうか。終電に乗る為の一つ前の電車が何かのトラブルでやって来なくて、待っている内に気付けばどうしようもない時間になってしまい、俺は放心状態になった。
哀しいことに最寄り駅まで続いているのはその路線のみで、他の電車を手繰って家を目指そうにも、終電の時間には到底間に合いそうにもない。終電がなくなってしまうような時刻に、バスなどは走っていよう筈がなかった。
仕方がないので自分の最寄り駅付近まで行く電車に乗り込み、とにもかくにも近づくことを目指した。普段行く機会もある駅で降りようとも思ったが、そこは最寄り駅を通過してしまうし、その分のタイムロスも結構なものだと思うので、あまり知らないが少し前の駅で降りることにした。自分自身降りたことがなかったし、昼や朝方には実際利用客も少ないその駅は、意外にも同じような境遇の人間が結構多く存在した。
スーツに身を包んだ者、いかにも遊んでいるといった風体の大学生、または理由を勘繰りたくなる若い女性。
人種は様々で、向かう方向も皆まちまちだった。来た道を戻る者、街を探索しようと試みる者、諦めてその場で夜を明かそうとする者、コンビニをうろつきながらどうすべきかを考えている者。
俺はとにかく近くまでは来ているということで、そのまま一心不乱に家を目指すことにした。
降りたことがなかったし、暗いので不安はあった。それでも線路沿いを歩いて行けば到着出来るだろうと簡単に考えていたが、どうやらそれは甘い考えだったようだ。やはり電車で通り過ぎるのと、歩いて行くのとでは大きな違いがあり、実際の距離の長さに閉口せざるを得なかった。
仕事帰りの上、飲酒によって疲れの蓄積した体に鞭打って歩を進めるが、足に鉛の様な重さを感じて旅は良好とは言い難かった。
そんな中ふと左に目を遣ると、うら若き少女が同じように重暗い夜道を闊歩していた。
少女に特に乱れた様子はない。格別汚い格好ではないし、訳ありといった風でもない。まあ、この時間に少女一人で街を歩いていて、訳ありではないということもないかもしれないが。
ともあれアクセサリーのせいだろうか、ジャラジャラという音を響かせて少女は歩いていた。音や存在は確かに気にしていたが、それ以外には特に何も思うことなく歩いていたら、気付けば少女を抜いてしまっていた。自らの逸る気持に驚きながらも、とにもかくにも家を目指して歩く。
特にペースに囚われることなく歩いていて、何処かで格別落とした積もりもなかったが、ふと横を見ると先程後方においやった筈の少女がぴたりと横についてきていた。多少の違和感を覚えながらも気にすることなく歩いていたが、その後しばらく歩いても今度は距離が殆ど開かなかった。
さすがに気になってきてしまい横目でちらちら表情を窺ってみたが、少女は視線を前方から外すことなく歩を進めている。
ここでこうして互いに歩いているのも何かの縁かもしれないと思い、思い切って話しかけてみることにした。
「こんばんは」
とりあえずの挨拶。格別声を張り上げたつもりはないが、車も通っていなかったので充分耳には届いた筈だ。
しかし、反応はない。
やはり失敗だったかと思って俺が軽く天を仰ぐと、途端に少女の歩く速度が上がった。少し前だったら別に気にすることなくそのままにしていたかもしれないが、声をかけてしまったせいか妙な使命感を覚えて彼女を追いかける。すると、更に少女の歩く速度が上がった。
「なんなんだよ」
思わず声が出た。声をかけて、逃げられて、追いかける。矛盾しているのかもしれないが、自分の足も止まらない。
遂には少女は走り出してしまい、自分も駆け出そうとしたら、前にいた少女が突然足を止めて振り向いた。
「け、警察呼ぶよ! 」
緊張しているせいか少しどもり気味だが、透き通った良い声だった。キッと睨みつける視線に、というより彼女の硬化した態度に動揺してしまった。
「あ、怪しい者じゃないんだ」
全く説得力のない言葉だというのは自分でもわかったが、他に言葉も見つからない。
案の定彼女の顔に浮かぶ不安の色が濃くなる。純粋な興味から声をかけてみただけだが、それをどう伝えればいいかわからなかった。彼女の右手にはケータイ電話がしっかりと握られていて、いつでも呼ぶ準備はオッケーといった具合だ。
慌てて思索を巡らすが、良い考えはあまり浮かばない。こんなことで警察なんか呼ばれてしまってはいい笑い者だ。俺は何も出来ないままで立っているが、少女もケータイを握ったままでなかなか行動に移そうとはしない。俺が何もアクションを起こしていないというのも要因の一つかもしれないが、彼女自身もあまり面倒なことにはなりたくないと思っているのだろう。
それに万一警察を呼ばれたとしても具体的には何もしていないので潔白だし、多少の注意を受けるかもしれないが、それを我慢すればパトカーで家まで送ってもらえるかもしれないという、楽天的な考えが頭に浮かぶ。一人暮らしなので遅くに帰っても気兼ねはないし、気にする程近所との付き合いも深くない。
そう思うと気持ちが楽になり、落ち着いて話し始めることができた。
「ごめん。こんな時間に独りの女の子がいて、その子が自分の近くをずっと歩いてるから、気になって声をかけてみただけなんだ」
すると少女は、一瞬反応してから目を伏せた。
「だって、怖かったから・・・」
暗がりでよくはわからないが、多分恥ずかしがっているのだろう。俺は俄然興味が沸いてきた。