V.S.鈍感男
私のうしろの席の男は朝に起きた出来事を唐突に語り始めた。いつもそうだ。この男は常に自己中心的で全く考えが読めない。誰はばかることなく超マイペースだ。幼なじみの私でもそうなのだから、他の人からすれば得体の知れない宇宙人か何かに見えるだろう。それは短所であり長所であり、やはり短所であった。
朝に可愛い女の子に出会った。この説明に華美な修飾語・気障な例え・自身のフィーリングを重ね合わせて熱く語っている。朝の騒がしい時間帯だからいいものの、とても迷惑な行為だった。この男は人の気持ちを理解できないのだろうか。鈍感にもほどがある。幼なじみをやれている私はいったい何なのか。周りに変に思われていない分ましだと思うことにした。
私は男の演説をひややかな目で聞き流し眺め続ける。よくこんなにも舌が回るものだ。いちいち妙な言い回しと機敏な動作で語ってくるので意外と飽きない。ただし内容に問題ありだった。
「高校一年生の春の日の事だった。つまりは先日の事。俺は慣れない桜道をふらふらとさ迷って歩いていると、ふと目の前に桜の花びらが。避けようと体をひねった所で何かにぶつかってしまった。何事かと右を見ればそこには桜よりも美しいーーいや、この世の全ての何よりも美しいの代名詞として相応しい一人の女の子の姿があった。俺とぶつかった際によろけた足は流れるような脚線美。ふわりとスカートが翻るも女の子の陶磁器のように白い肌を持つ手が控え目にそれを阻む。肩胛骨あたりまで伸びているだろう髪はさながら黒真珠の様だ。毛先が目元をくすぐったようで瞼を閉じて口を結び色白の頬を軽く朱に染め眉尻を下げた。その女の子が再び瞼を開ける際には言わずもがな。俺はその美しさに一目惚れをしていたのだった」
「長ったらしくて、うざったい説明つーか妄想をありがと。お腹いっぱいで何も食べなくても一週間は生きていけそうだわ」
いかに可憐な女の子だったかを男が語り終えると、前の席に座る私はぶっきらぼうに言い返した。
「駄目じゃないか、しっかり食べて立派に成長しなければ。俺は灯の幼なじみだからな。きっちりと面倒を見てやるぞ」
「何、兄面してんのよこの馬鹿! 私達ただの同級生でしょうが!」
私の名前は灯。名字は男と同じ橘。特に親族というわけではないが幼なじみに加え同じ名字のせいかこの男はやたら私に絡んでくる。昔から私を妹のように扱ってくるのは一体なんなのだろうか。この男の趣味なのだろうか。まあ長い付き合いなので不本意ながら親しい間柄であるのは確かだ。
「フフ、元気だなあ灯は」
どうやら不治の病らしい。幼少の頃から斜め四十五度で頭に手刀を叩き込んできたが一向に治る気配はなく、むしろ悪化の一途を辿っている。私のせいかとほんの一ナノメートルぐらいの心配をしてしまう。表情にも行動にも言動にも出してはいないはずなのに、男からの温かな眼差しが注がれている事実が判明し、私は短髪を振り乱して顔の赤らみを誤魔化すように錯乱した。
「だから兄面するなってのがわかんないかな!? そんな優しい目であたしを見るなぁああっ!!」
腕を引いて狙いを見定め、私は容赦ない目突きを放つ。
男はとっさに机から何かを取り出し、向かってくる私の人差し指に深くめり込ませた。みかんだ。みかんの柔らかい下部分の開き口で受け止めてきた。男が不敵にみかんを手離すと、それは宙に浮いたままだった。
「いいかい灯、これがみかん浮遊だ。差し込んだ指は相手に見えないように注意する所がポイントだ。だからそうやって小刻みに手を震わすとだな」
私は人差し指に刺さったみかんを振りかぶると、慣性の法則を利用して男の顔面に叩きつける。男はやれやれと無駄な動作を入れたにもかかわらず、そのみかんをキャッチして皮を剥いて食べ始めた。
「全く食べ物で遊ぶとは行儀の悪い幼なじみだ。付き合い甲斐がある」
「そもそも平然とみかんを盾として使用したり朝っぱらから教室で食べ始めたりするのは行儀の悪い範疇なんじゃないかと思うけどまあいいわ」
私は噛まずにそうすらすらと発言すると、男の変わらぬ兄面対応を世界の終わりを悟ったかのように諦め、大いに脱線し続けた元の話題を尋ねる事にした。
「要するに、その女の子について教えて欲しいってわけね。確かにこの学校は中高一貫だから、その子と同じクラスになった事はあるわ」
「理解が早くて助かるな。見た目もいいし頭もいい、性格も元気いっぱいで強気な所が素敵だ。将来いいお嫁さんになるぞ」
私はこめかみを震わせながら机の上のみかんの皮を小さく千切り、親指、中指の腹に端と端をあてがい男の眼前で折り曲げた。男は目前に迫ってきた油脂を手をかざして防ぐ。みかんの皮がしおれたのを確認し、手に付着した油脂をハンカチで拭きとろうと油断した所を第二波の目突きで襲った。
「ぐっ!?」
指先にみかんの油脂が付着していたことも相まって、私の右手は惨劇を生み出した。男はハンカチで目を押さえて丸くうずくまる。背中が小刻みに揺れていて、被害状況を如実にあらわしていた。私のせいだと言わんばかりに訴えかけてきたので、断固反論した。
「あんたが馬鹿げた台詞を吐くから悪いんでしょ。これを機に反省しなさいよね。だから今後は不必要な発言はーー」
いつまで経っても苦しむ男の姿を見て、私は悲痛な叫びをあげた。
「ちょ、ちょっと大丈夫!? ごめん少しやりすぎ」
「素直に自分の過失を認める隠れた健気さも魅力の一つだ」
私は感動のあまり、言葉を失ってしまったようだ。
相変わらず純朴な女の子だな灯は。からかうと面白い。
「というわけだ。例の女の子の詳細を教えてはもらえないだろうか」
「今までの行為を省みて、私があんたに教える気があると思う?」
「やはり賢いな灯は、交換条件というわけか。ならばどうだろう、まずは灯の好きな男を教えてくれ。その情報を提供しようではないか。さらに上乗せして俺は灯とその男を結ぶキューピット役として買って出よう」
「もういい、もう勘弁して。何でも答えてあげるから聞いて」
灯は頭を抑えて疲れた様子を伺わせている。きっと最近、何か苦労している事があるに違いない。しかし若いうちの苦労は買ってでもしろと言うしな。助けを求められるまでは余計な詮索はしないと決めている。お互い頑張って成長を重ねようではないか。
「では遠慮なく。自己紹介の時に一通り聞いて覚えている限りだと氏名は道近千佳、あだ名はチカチカ。部活は天文部で趣味は夜景鑑賞だったかな」
「パーフェクトよそれで。鞄から干からびたみかんが出てきて通り名がカチカチだったあんたよりは数兆倍はいい趣味の子ね」
「そう褒めるな灯よ。褒めてもみかんしか出ないぞ。確かに名が似すぎるほどに似ている。ふふ、運命など信じるたちではなかったが、この巡り合わせは神の思し召しだと思わざるをえまい」
「あんたの脳みそはきっとみかんで出来ているのね。柔らかすぎて潰れているんでしょうね」
灯は机に身を乗り出して両手で俺の頭をがっしりと掴んでくる。どうやら自慢の握力を披露してくれているようだ。また握力が上がっている。灯の成長が実感できて嬉しい限りだな。
「ちょっとした冗談だ。だからめり込み続けている両の手を離してはくれないか?」
「この鈍感男が……」
渋々といった感じで手を引っ込めてくれた灯は元のように向かいの席につく。正直後少しでみかんの効力の及ばない領域に入ってしまう所だった。頭がふらつくな。
「おっと、そろそろ朝のHRの時間だ。この話の続きはお昼休みでどうだろうか」
本題から離れ過ぎてしまい何一つとして展開は進展しなかった。灯は前に振り返り様に一つの情報を残していった。
「チカチカ好きな人居るから」
がたんっ。俺としたことがくらりと目眩がしてしまったようだ。脳の機能に障害が発生し画面が暗転するように。うっかり額を机表面にぶつけてしまった。俺は顔を上げて姿勢を正した。
灯は前を向き頭の後ろに腕を組み、背もたれにしなるようによりかかって逆さになる。蠱惑的な眼差しを俺に向け、口の端を釣り上げて情報を付け加えた。
「その男は幼なじみ。小さい頃からずっと恋してる。でもその男は恋心に気づかない。女の子の純真すぎる一方的な片思いが続いてる」
灯は心底可笑しそうに笑った。
「わかる? あんたのライバルは超がつく程の鈍感男ってわけ」
思わず頭がくらりとし、みかんの効力が切れる間際に額と額がぶつかり合い、きゃあという灯の叫び声が聞こえた。
やがて授業時間はあっという間に過ぎて昼休みに。灯はすまなそうに友達の誘いを断ると俺の机に弁当の包みを広げた。自分も弁当の包みを広げる。
「うわ……」
灯が俺の弁当の中身を覗いて顔をしかめた。
「まあいいや。で? あんたなんか考えたの」
「ん? 何をだ」
「チカチカ攻略法よ。まだ諦めてないんでしょ」
面倒そうに言って俺の弁当内の缶詰めフレッシュみかんをかっさらう。
「俺と灯でダブルデートをしよう」
「ぶっ!?」
灯の咀嚼していたみかんの果汁が顔に降りかかった。嬉しいが食べ物を粗末にされるのは困るな。
「……今私出て来なかった?」
「道近千佳が好きな鈍感男の不知火栄介は、灯に好意的な感情を向けている。四人でデートをするというのは安易な発想だとは思うのだが、灯は思いつかなかったのか?」
「そこじゃなくて。あいつ私のこと好きなの?」
「大抵の男子たちは灯の事を好きだろうな」
「私のどこが好きなのよ」
「自然体で振る舞うその姿に、力強さと可愛いらしさを兼ね備えた、理想の女の子だという所だな」
「ふうん。あんたあいつと知り合いなの?」
「もちろんだ。初対面でみかんを受け取ってくれた数少ない友人の一人だからな」
「何にせよその案は却下ね。私の気持ちも考えなさい」
「そう邪険にしないでくれ。灯が居なければ言った意味が無くなるのだが」
「あーもう。わかったわよ。ただし徹底的にあんたにおごってもらうからね!」
「お安い御用だ」
時を経てデート当日。場所は無難な遊園地にすることにした。灯を餌に栄介を釣りあげ栄介を餌に道近千佳を釣り上げる事により、なんなくダブルデートが成立することになった。
「なぁ刹磨。本当に千佳でいいのか?」
不知火栄介。長年、道近千佳の恋心に気づかない道近千佳の幼なじみであり鈍感男だ。目的の一部である親密度を上げるという事項を伝えてある。
「何故気がつかないのだ、あの溢れんばかりの魅力に。神秘に満ちたベールを纏い、ただそこに佇むだけで己の使命に目覚めさせてくれる。そうーーあの方の為に僕は持てる限りの全てとみかんを捧げるつもりだ」
「みかん男。もうみかんネタ飽きたから出すな」
大袈裟に言い終えると同時に灯がつっかかってくる。刺すような言葉と視線で俺の精神を穴だらけにしてきた。
「俺からみかんを取ったら何も残らないぞ!」
「そんなわけないでしょ」
「では何が残ると」
「え、えーっとそれは」
「ぐあああああああ」
非情な現実に打ちのめされ目の前が真っ暗になり、再び灯に頭突きをかましてしまいそうなところで、女神の美声が飛び込んだ。
「わ、みんなもう、そろってるね。ごめんね、お待たせしましたっ」
パタパタ、という小さな足音はまるで天使がやってきたようだ。
「やあチカチカ元気かい? 俺は120%さ。奇遇だね俺も今来た所なんだ」
「何からツッこめばいいんだよ馬鹿セツマ」
「あかりちゃん、汚い言葉を使っちゃだめだよ」
「ったく千佳はわかってねえな、この照れ隠しの暴言がいいんじゃねえか。いいか? あかりんは」
「照れてねーし誰があかりんじゃボケェ!」
灯は鋭い足捌きのローキックで栄介を黙らせた。
現在の時刻は午前八時五十分。待ち合わせ場所は学校近くの駅前。
集合時間は午前九時で道近千佳はその十分前にここに到着した。ただ俺と灯は三十分前に到着していたが、それを言うのは無粋というものだろう。今来た所なんだと言うのがナイスガイの役目だ。
ちなみに栄介は待ちきれなくて一時間前に来ていたと灯に言った。無粋な男だった。
「んじゃみんな揃ったことだし早速遊園地へと向かいますか!」
栄介が促すと残りの三人も駅に向かって歩き始める。
「ねえあんた、今から行く遊園地ってどんな所?」
「今更だな灯よ、興味がなかったのがバレバレだぞ。その遊園地は広大な敷地に多種多様のアトラクション、名物の食べ物もあることで多くの人が集まる有名な場所だ。本来なら人混みがあるから行くのを避ける場所だが、今日は新入早々にしてうちの学校の創立記念日だからな。人混みがいつもより少ないぶん思う存分遊べるだろう」
「わぁ、楽しみだねせつまくん」
「そうだねチカチカ」
「初対面のくせに馴れ馴れしいな」
「あかりんは俺と馴れ馴れしようゼ」
「そんなに殴られたいのかドM野郎」
実に楽しみだ。ダブルデートとはいえ好きな女の子とデートが出来るのだから。ただ俺のこのデートにおける目的が達成出来るかどうかがその楽しみを左右させるだろう。
橘 刹磨が何を考えているのかがわからない。
今は昼食として遊園地内のレストランで過ごしている所だ。件の男は私たち三人に分け隔てなく均等に話しかけている。千佳が好きなことを気づかれないようにしているわけではないはずだ。刹磨は堂々と千佳が好きだと公言している。私は栄介のことが嫌いなので勘弁して欲しいが、せっかくこうしてダブルデートを成立させているのだから、存分に好きな女の子と話せばいいのに。乗り物だってこの男は、千佳のご機嫌とりのためなのか栄介と一緒に乗せている。昔から頭のおかしい男だとは思っていたが何がしたいんだこいつは。
私達を遊園地に誘ったのは刹磨だから、幹事としてみんなを楽しませようとしているのか。そうだとしたらまあ、許してやらないこともない。実際、私も楽しいし。対面の刹磨を見やる。
「ふはははは! この俺に挑戦しようとはいい度胸だな!」
「がんばってせつまくん!」
「俺達に出来ないことを平然とやってのけるッ! さすがはみかん男だぜ!」
……名物のジャンボみかんパフェを食べに来ただけなのかもしれない。
夕焼け空が二人の影法師を映し出す。長く伸びた影は仲むつまじく寄り添い合っている。楽しげな二人の声が辺りに響いていた。
あの男との初めて出会いはいつの頃だったか。どうでもいい記憶なのでよく覚えていない。とにかく、初対面のくせに馴れ馴れしかったことだけは覚えている。よく私のことをからかってきては、私がツッコミという名の制裁を加えていた。何度叩いて嫌っても、やたら私に構って来ては底知れぬ笑みを浮かべながら、常に私の心をかき乱していた。私はあんな男のこと、なんとも思っていない。初めて会ったときから今までずっと、好きになったことなんて一度もない。ありえない。ろくでもない男だ。私の一番嫌いな性格だ。
千佳は誰にでも優しく世話好きで、いやみがない。相手と心地よい距離感を保てる女の子だ。他人が自分のことを好きにならないように、好きの気持ちはただ一人の男の子に向けていた。天然で控えめでおっとりしていて、鈍間な部分があるものの。絵画のように美しい容姿を持ち、振り向いてくれない男の子のことを、ずっと一途に想い続けられる女の子だ。
この二人が合うわけがない。そう思いたいのだけれど、何故か自然なことのように思えた。言葉が見つからず、眺める事しか出来なかった。千佳は嬉しそうに笑っている。その幸せそうな顔を見て、私はこれで良かったのだと思った。二人は気恥ずかしそうに向かい合う。
「これからも、よろしくねっ」
「ああ、よろしくな」
お似合いだな、と私は唇を噛みしめた。
「あの二人、幸せそうだなあかりん」
「そうね。なんだか妬ましいわ」
夜景鑑賞のために遊園地に残る二人のカップルを見送り、私たち二人は退場するため遊園地の門へと並んで歩く。私はしばらくうつむいて黄昏ていた。夕焼けに照らされた私の影法師は頼りなさげに揺らめいている。右隣の影法師はそんな事はおかまいなしと自分勝手に動き回り語り続けている。いい加減にあかりんと呼ばれるのに嫌気が差してきたので振り向いて忠告した。
「私のことをあかりんって呼ぶのやめてくれる? 馬鹿セツマ」
私の隣を歩く男。――刹磨はやれやれと首を振って肩をすくめた。
「そうか。気に入っていたのだがな。灯がそう言うのなら仕方ない、昔ながらの古き良き呼び方にしておこう」
「私の名前は古いのか。確かに古風だけど」
軽口を叩き合いながら私たちは帰路へと歩みを進める。
「まさかあんたの目的が、千佳と栄介をくっつけることだったとはね」
好きな人を想い人と結ばせる、ただそれだけのお話。これで今日の刹磨の行動のつじつまがあった。二人一緒に乗せるのは栄介に千佳の良さを気づかせるため。分け隔てなく話すのは栄介に狙いを悟られないため。このデートは二人のためだけに企画されていたのだ。
好きな人を諦めるなんて理解出来ないけど。好きだからこそ、なのか。何かが心にじわりと浸透する。心を取り巻く外殻は氷解し、自分の想いに素直になることが出来た。
「好きになった人を諦めて、しかも告白の手助けまでするなんて、あんたってほんとバカ。でも、そんな刹磨だからこそ私は」
好きなの。と勇気を振り絞って告白する直前、刹磨は私の唇に人差し指を当てて止めた。
「ふっ、何を勘違いしている。いつから錯覚していた」
「は?」
私からのドラマチックな告白を遮った上に、汚い指で私のファーストキスまで奪ってきた刹磨に殺意が湧いたので、とりあえずぶち殺しておく。軽々と私の魔の手をかわしながら朗々と刹磨は説明をした。
「不知火栄介と道近千佳をくっつけたのは目的の一部だ。俺と灯のデートを成立させてくれたお礼としてな」
私の手が止まる。刹磨は説明を続ける。
「俺のこのデートにおける目的は灯に告白することだ」
刹磨は今まで見たことのないような真剣な眼差しを向けて私を見つめた。
「今日のデートが楽しかったと思ってくれたなら。俺と付き合ってくれないだろうか」
「……え?」
思考停止に陥りそうな私は今日のデートを回想してみた。ダブルデートに誘ってきた日も回想していく。とんでもない答えが隠されていた。
乗り物の組み合わせ栄介と千佳の二人、刹磨と私の二人になる。分け隔てなく話す、私が好きだとバレないように。私をほめちぎる、好きな男を聞いてくる、デートに誘ってくる、私への告白を成功させるため。いやいやそんなわけないと刹磨に問いただす。
「まさかとは思うけど。私のことが好きだったりするの?」
刹磨は目を見開いて人差し指を私に向け、体をのけぞらせながら言った。
「ククク、ようやく気がついたのかこの鈍感女め!」
嘆息して両手を広げながら刹磨は私を嘲笑する。
「全く灯は鈍感だな。大多数の男子の好意に気づかない、俺のセリフに隠された告白にも気づかない。全くもって鈍感女だ! ふははは」
無防備にも腹を晒していたので拳を叩き込んでおく。刹磨はうずくまった。
「気がつくわけないでしょう」
刹磨が私のことを好きではないと思った理由。それは私を妹のように扱っていたこと。そして千佳を美しいと言っていたこと。
「兄面してたのは一体何だったのよ」
「趣味だ」
趣味かー。
今までの苦悩は何だったのか、と涙ぐんで目を細めて黄昏れる私に刹磨は問う。
「ちなみに灯よ。俺のどこが好きなんだ」
そんなの、決まっている。
「あんたと付き合えるのが私ぐらいのように、私と付き合えるのもあんたぐらいなのよ」
「その心は?」
額に手刀を打ち込む。刹磨はたたらを踏んでふらついた。
「ほら、私ってすぐ手が出るでしょ。力も強いから相手の男が逃げちゃうのよ。逃げないのはとんでもないドM野郎か刹磨ぐらい。だから、私と対等に付き合えるのは刹磨だけなのよ」
決まっている。どんなに嫌っても、私を好きでいてくれる鈍感な所だ。
「で、千佳のことをやたら褒めてたのはなんなのよ。あんた千佳のことが好きなんでしょ」
「美しいイコール好きではない。道近千佳はみかんの花言葉の清純、純潔、花嫁の喜びに当てはまる女の子だから絵画的な意味で褒めていたのだ。灯をデートに誘う口実が出来たのだから出会えたことに感謝している。初対面でみかんを受け取ってくれた数少ない友人の一人でもある。あくまで友人だ。俺は力強さと可愛いらしさを兼ね備えた女の子が好きだからな」
もうすぐ遊園地の出入り口に辿り着くからか、刹磨は淡々と述べていく。このまま別れるのは癪なので私も言いたいことを言っておく。園内の往来で私は叫んだ。
「鈍感男の相手(VS)は鈍感女ってわかりにくすぎよ! そんなオチ認めないわ!」
そう絶叫すると。
「ならば未完ということで」
いつものノリで返してきた。
「成る程ね、みかんと未完をかけてて、いや上手くないから。そういう問題じゃないから! ていうかもっとストレートに告白しなさいよ!」
本心を右ストレートに乗せて放つと。
「中学の時に『みかんより灯が好きだ』と言ったら鼻で笑われたぞ」
やれやれと肩をすくめて避けた。
「あれは、冗談だと思って……みかんより好きなんて、あんたが言ったら結婚指輪を渡すレベルじゃないの」
顔を赤らめて声をひそめると。
「ふむ、なるほど。言い換えよう、みかんと同じくらい灯が好きだ」
温かい眼差しで手を差し伸べてきた。
「それはそれで腑に落ちないけどまあいいわ。付き合ってあげる」
納得いかないからそっぽを向いて答えた。
「ふふ、よろしくな灯」
不敵に優しく刹磨が私に語りかけると。
「早速、彼氏面すんな。バカ刹磨」
私は刹磨に微笑んで言い返してやった。左手で刹磨の差し出した右手を強く握りしめると、電灯が輝き始めた観覧車に向かって駆けだした。