「まあ、いいですけど」が口癖の令嬢。お人よしが度を越し、ついに、"あの方"を動かしてしまう。
短編を投稿します よろしくお願いします
「何、私の好きな席に座っているのよ!」
また来た。いつものミレイア男爵令嬢か。いつも元気ね。取り巻きを連れて、いつもぷりぷり怒って。私にもあんな頃があったような気がする。
「まあいいですけど」
席くらい譲ったって誰も気にしない。
本当は公爵令嬢である私の方が遙かに位は上。私に声をかけてはこう立場的にはまずいのでは?と思う。
だが、年は五つも離れているし、少し生意気な姪を見ているような気分だ。
「どうぞ、お好きなだけ座ってください」
「……っ!」
ミレイアが目を見開く。
「……何なのよ、あの女!」
まあ、怒るほどのことではない。
本当にどうでもいいことなのだから。
「お嬢様」
聞き慣れた声がして、顔を上げる。私の侍女が気づけば横にいた。
「お召し物が……」
その声にふとドレスを見つめると、袖の端が不自然に切れている。
先ほどすれ違ったときかしら。
「あら、ごめんあそばせ」
彼女は小さな縫い針を見せびらかすように出してきた。隠していたのでしょうか。
別にドレスなど縫い直してもらえばいい。ちょうど懇意にしている仕立屋にお金を落としたかったところなのだ。
「仕立屋に帰り道寄ることにしましょう」
「承知しました」
そのとき、彼女の手に青あざがあるのが見えた。
私はその手をぱっと取って、今一度よく見てみた。
ずいぶんと腫れている。
こんな怪我、先ほどまであったかしら。
「気にしないでください」
と、彼女はさっと裾を引いたが、ますます気になってしまう。
ぶつけたりするくらいではあの怪我はできないだろう。
「あなたの侍女、教育が足らないんじゃなくて?」
ミレイアがこちらを見ていた。
「すみませんでした!!」
侍女が小さく頭を下げる。
この子は最近うちで雇った侍女だ。何か気に障ることでもしたのだろうか。
「この方、先ほど通りかかったときに私に会釈で済ましたのよ!?」
なるほど、それでこの方はいつにも増してご機嫌斜めなのね。
別に格上の私の侍女なのだから、挨拶をする責任などないとは思うが。会釈もしたのなら、十分だろう。
「先ほどはミレイア様の所にいらしたのですか?」
「はい。私めに少し話があるとおっしゃったので……」
なるほど、私のいない時に、ずいぶんとやってくれたようね。
私自身にちょっかいをかける分にはかまわないと思っていた。
私は無欲。
席でも物でも本当は何もいらない。だけど、他の人に迷惑がかかるのは困る。
どうしましょうか……。
そう悩んでいたとき、一人の男が立ち上がった。
「おい、ミレイアとやら」
「お、王太子様……?」
静観していたその男は、苦々しい顔をしていた。
だがやがて、彼はやれやれといった感じで重い腰を上げた。
「侍女への教育、ご苦労であった」
「え、ええ!! そうですわ!! 王太子様も分かってくださりますか?まったく、公爵令嬢あろうものが……」
うんうん、とうなずく王太子。
彼は言葉は柔らかいものの、表情が一致しない。殺気が漂っているようにも見える。
「もうこんな時間だ。君も疲れているだろう」
だが、まだ夜会は始まって半刻しか経っていない。
「え、え?私は疲れてなど……」
「皆の者。私はミレイア嬢にねぎらいの意を込めて、帰宅するための一人用の馬車を用意してやりたいのだが、皆はどう思う?」
その言葉を放った瞬間、場が凍り付いた。
「え、ええ……良いのではないのでしょうか?」
「王太子様の馬車であれば、さぞかし彼女も休めるでしょう」
そういう各家々の貴族たちはちっとも嬉しそうではない。
自然と彼女からもかなり距離をとっているように見える。
「彼女をエスコートしたいものはいるか?居るのならさらに大きな馬車を手配しよう」
しかし、誰も賛同するものはいなかった。
「そういうわけだ。ミレイア。実家で良く羽を休めるように」
それは王太子からの最後通告。
もう二度と彼女はこの場の大理石を踏むことは出来ないだろう。
「帰れってことですか!? じ、侍女を指導したくらいでなによ!!」
「ああ、であるからして、お前の数々の行動に対して報いたい。お前も疲れたであろう。さあ、帰宅するのだ」
彼がぱっと手を上げると、衛兵が彼女の周りを取り囲んだ。
「覚えてらっしゃい!!」
覚えておくもなにも、もう会うこともないと思います。
そうして、彼女は半分取り押さえられるようにしてその場を後にしていった。
「ありがとうございました。王太子様……」
「気にするな」
これで仕返しは済んだ。
だが……。これでいいのだろうか。
私の胸の中にかすかな後味の悪さが残る。
ミレイア男爵令嬢の実家は確か、ウッドフォード家だったかしら。
林業を主な生業としていて、私の家とも多少なりとも取引があったはず。
侍女を引き寄せてから、私はこう伝えた。
「お父様に、ウッドフォード家への援助の停止をしてもらいましょう」
「え……。お嬢様、本気で言っているのですか?私はもう……」
それを聞いた王太子様がこちらを見た。少し驚いたような表情をしたような気がする。
「いいのです。一度やると決めたら徹底的にやる。それが、うちの家訓よ」
父がそれを聞けば激怒するに違いない。多少の損害を被ってでも、報いを与えようとするだろう。なにせ、少し前から軽くちょっかいをかけ続けられ、あまつさえ侍女に暴力を振るわれたのだ。
今日のことで私と彼女の家は軽くもめ事に発展するだろう。
そうなればミレイアはきっとその責任の所在を取らされるに違いない。
「王太子様。今回の件、彼女の家族にも厳しく指導してもらいましょう」
「君がそこまでやる気を出すとはな」
ここで、私は王太子様の方を見て話を切り出す。
ミレイア嬢は今回の件で社交人生を棒に振った。
社交界とはそういうもの。シャンデリアがきらめく血の流れない魔窟。一寸先は闇。だから、言葉や身振りの一つに細心の注意をはらうもの。
だが、私にはそんなこの場所が少し息苦しい。
「……お願いがあるのですが、少し後になったらでいいのですが、彼女の反省次第で、夜会の行きの馬車を出してもらえませんでしょうか」
そう聞いた王太子様は、ふ、と軽く口角を上げた。
何も言わず苦笑するばかりであったが、私の行動の真意を理解したように見える。
「だがな、無礼な行動をしたら、罰が下る。それが世の摂理であろう」
彼は困ったような顔をする。
けれどその言葉を聞いた途端、張り詰めていた会場の空気がほんの少しだけ緩んだ気がした。どこからともなく、手をたたく音すら聞こえる。パチ、パチ……というまばらな音が広がり始めると、私は割れんばかりの拍手に包まれてしまった。
自分の心に従っただけで、拍手などしてもらおうとは思っていなかったのですが。
「ミレイアを助けてあげるなんて、なんて心優しい方だ!」
「ああ、俺もそんな貴女に助けられた」
「王太子様の判断はいつも正しいが、貴女がいれば改心するものも多いでしょう」
なぜだか無駄に褒められ始める私。王太子様にはせっかく助けてもらったのですけれど……。よくないことをしてしまったかしら。
まあなんにせよ、私はやれるだけのことはやった。ミレイアの運命は天に任せよう。
王子は終始あきれた様子だったが、やがて口を開いた。
「初めから舐められないようにせよ。と言いたいが、……まあ、そんな優しいお前だからこそ、敵も少ないのであろうな」
敵が少ない、というのはそうかもしれない。
本当なら、私がもっと賢く振る舞わなければいけない。もっとうまく出来ればもっと舐められなかったかもしれない。
だが、敵が少ないというのも確かなのだ。
「なんにせよ。お前なら私の婚約者を安心して任せられる」
それだけ言って、その話は一旦の終結をした。
終
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