一夜花火
今年もやってきた。花火の季節が。
そして同時に思い出す夢。切なく甘い夢。
「今日も、あの人は夢に出てくるんやろか?」
今日も仕事の疲れに引き摺り込まれるように眠りにつく。
気付くと、夏美は浴衣を着て、見知らぬ神社の鳥居の前にいた。
「夏美」
声のする方へ振り向く。そこには、狐の面を付けた青年がいた。
毎年八月になると一度だけ見る夢。
年に一度しか見ないのに、毎年ほんの少しずつ違うのに、なぜかはっきり覚えている夢。
「花臣。今年も会えたね」
「そうやね。今年も無事に会えたなぁ」
夏美と花臣は、笑顔を見せ合う。
花臣は、代々夏美の家系を守る妖狐である。しかし、夏美は、そのことを知らない。
「今年も、花火が見られるんやね」
「そやで。今年も、花火師たちが腕を振るっとったわ」
花臣が、にかっと笑う。
花臣の綺麗な笑顔が、夏美の心を乱す。
夏美は、毎年この時間を楽しみにしていた。現実では出会うことのない人物。でも、心惹かれる人。
彼女にとって、遠距離恋愛に近いようなものだった。
花臣は、夏美の感情には気付いている。しかし、何も言わない。ただただ、自分の為すべきことを為す。
「仕事はどうや? しんどないか?」
夏美の感情に気付かないフリをして、夏美の近況を聞く。
彼女は、酷く疲れた顔をしていた。
彼女の働く会社には、毎年個人で目標を設定するシステムがある。彼女は、上司からの期待もあり、難易度の高い目標を設定していた。
まだあと半期残っているが、なかなかスケジュール通りに進まず、彼女の目標の進捗は暗礁に乗り上げかけていた。
「ちょっと……、しんどいかな。でも、自分で決めた目標だし、今が頑張り時だから」
「そうか? 無理したら、あかんで?」
「ありがとう。気を付けるよ」
夏美は、儚げな笑顔を花臣に向けた。
「さて、そろそろ行こか」
花臣が、夏美に手を差し出す。
夏美は、その手をそっと掴んだ。
「足下気を付けるんやで」
花臣に手を引かれながら、夏美は階段を降りる。花臣は、今日も優しい。
古い神社を出ると、そこは河原だった。川の対岸では、兎や猿、蛙など、動物たちが花火を打ち上げる準備をしていた。
彼らは、夏美と花臣の存在に気づくと、人間が手を振るように、大きく前足を夏美たちに向けて振った。
夏美は、そんな彼らに大きく手を振り返した。花臣は、小さく自身の胸元で手を振った。
「そろそろ、準備できたかー?」
花臣は、動物たちに声をかける。兎が、花臣の言葉に返事をした。
「準備万端ですー! 今から打ち上げますー!」
その声と同時に、ひゅるひゅるひゅると花火の上がる音がし、大きく火の花が咲いた。
夏美の顔に、花火の光が当たる。夏美の顔が、ほんのり赤く染まった。
どんっという音が、花火にほんの少し遅れて聞こえてきた。
「綺麗……」
夏美は、花火に向かって呟いた。
「ほんまやなぁ。夏美にぴったりの、優しい色してるわ」
花臣はそう言って、微笑んだ。
花火はどんどん打ち上がる。どん、どん、どんと音が響く。音が鳴る直前に、綺麗な花が空に咲く。
「今年は、どうですか?」
一匹の兎が、夏美の隣に後ろ足二本で人間のように立った。
夏美が、にこりと笑って、兎に言葉を返した。
「今年も綺麗やね。いつも綺麗な花火を見せてくれて、ありがとう」
「こちらこそ、見ていただき、ありがとうございます。夏美様と花臣様しか見せられる方がおりません故、喜んでいただけると、とても嬉しいです」
夏美と兎の会話に、花臣も入った。
「なんや楽しそうやなぁ。今回も見事な花火やわ。毎年ありがとうなぁ」
花臣の言葉に、兎は嬉しそうに右前足で、後頭部をさすった。
「そんな。もったいないお言葉です。我々は、花臣様のお役に立てて嬉しいです。こちらこそ、夏美様の笑顔を見る機会をいただき、ありがとうございます」
花臣は、兎を慈しむように、笑顔を向けて質問した。
「今年は、どんな花火にしようと思ったん?」
「今年は、百日草のような花火にしようと話し合いました。百日草に見えますでしょうか?」
兎の言葉に、夏美が笑顔を浮かべて、返事をした。
「綺麗な百日草に見えてるよ。ほんまに綺麗でかわいい」
夏美の言葉に、兎はほっとした表情を浮かべた。
「良かった! 百日草には、『絆』や『日々の幸福』などの花言葉があるそうです。夏美様が、日々の幸福を感じられるよう願いを込めて、準備いたしました」
兎は、嬉しそうに夏美に話した。そんな兎に対して、夏美は笑顔で言葉を返す。
「ありがとう。皆のおかげで、幸福を感じられるよ。ほんまにありがとう」
「いえ、へへへ……」
兎は、照れたように笑う。
花臣は、一人と一匹の会話を遮るように、言葉をかけた。
「さ、せっかく皆が一生懸命準備してくれた花火や。しっかり見よか」
花臣の言葉に、夏美と兎は大きく頷いた。
空中に百日草の花が開いていく。一瞬だけ咲く百日草は、夏美の顔に一瞬ずつ化粧を施していく。
たくさん打ち上げられた花火の時間は、あっという間に終わりを告げた。
最後の花火は、黄色の花火だった。
「これで終わり?」
夏美が、兎に問う。その表情は寂しげだった。
兎は、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「申し訳ございません。今年準備できたのは、これだけなんです……」
そんな兎に、花臣は優しく言葉をかけた。続けて、夏美も声をかけた。
「十分や。こんなたくさん綺麗な花火を見せてくれて、ありがとうなぁ」
「ほんまに! めちゃくちゃ綺麗やった! 綺麗な花火をたくさん見せてくれて、ほんまにありがとうね」
二人の言葉に、兎は花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「また来年は、今日以上にたくさんの花火を準備しますね!」
「楽しみにしてるね」
「俺も楽しみにしとるで」
二人と一匹は、にこりと笑顔を向け合った。
「さて、そろそろお開きやな」
別れの時間が近付いてきた。名残惜しそうにする夏美に、兎が前足を差し出した。前足には、小さな巾着が乗っていた。
「これは、夏美様がいつでも元気になれるよう、皆で願いを込めたお守りです。辛くなった時は、いつでも私たちを思い出してください。私たちは夢でしか会えませんが、いつでも私たちはそばにおります。この袋なら、現実の世界でも持っていられるはずです」
夏美は、そっとその巾着を手に取った。ほのかに鈴蘭の香りがした。
「ありがとう。大事にするね」
「夏美様にたくさんの幸せが訪れますように」
「ほな、そろそろ行こか」
花臣の言葉が、ほんのり寂しさを連れてくる。
「兎さん、またね」
「夏美様、また来年も楽しみにしていてください。また来年お会いできるのを、楽しみに待っています」
「わかった。約束。私も、来年会えるの楽しみにしてる」
小さく前足を振る兎に見送られながら、二人は鳥居をくぐる。
途端に、あたりはスッと静かになった。川のせせらぎも、何も聞こえない。
「どうや? 花火は楽しめたか?」
不意に、花臣が夏美に問う。
「うん。めっちゃ楽しかった。兎さんと今年もお話できたのも嬉しかった」
夏美は、ぱあっと輝くような笑顔を見せた。
そんな夏美を見て、花臣は目尻を下げた。
「さて、俺はここまでや」
階段を上りきり、境内の前にたどり着く二人。
「今年もありがとう」
夏美が、ほんのり頬を赤く染める。
花臣は、そんな表情に気付いていないかのように、夏美の頭を撫でた。
「夏美は、頑張り屋さんやからな。体に気を付けるんやで? よく食べて、よく寝ること。それと……」
「わかったわかった。ちゃんと気を付けます」
花臣の言葉に、夏美は半分嬉しそうに苦笑した。
「兎からもろたお守りはちゃんと持ったか? 無くしたらあかんで?」
「ちゃんと持ってるよ。大丈夫、大事にするよ」
「無理し過ぎたらあかんで? あとは……、もうえぇか。夏美が笑顔でおるんが一番大事やからな。それは、絶対忘れたらあかんで」
「わかった。ありがとう」
夏美は、寂しげに笑った。
「ほんならな。また来年」
「うん、またね」
名残惜しい気持ちを抱えながら、夏美は瞬きをした。目を開けると、見慣れた家の天井が視界に入ってきた。
夏美は、ふと右手に何か握っていることに気付く。そっと、右手を広げると、先ほど兎に貰ったお守りがあった。ふわりと鈴蘭の香りが漂った。
「いい匂い」
夏美は、香りを吸い込むように大きく深呼吸をした。
そのままゆっくり起き上がると、お守りをそっとテーブルに置いて、洗面所へ向かった。
時間は、午前六時。そろそろ仕事へ行く準備を始めなければならない。
カーテンを開けると、温かな日差しが部屋へ差し込む。
完全に目覚め切らない頭を働かせながら、朝食を準備する。
前日に作って冷蔵庫に入れておいたおにぎりを電子レンジで軽く温め、インスタントの味噌汁を作る。
一人での生活にも慣れた。だけれど、仕事以外で誰とも会話をすることがない日々は、ほんのり寂しい。
そんな生活をほんのり潤す優しい夢だった。
「早く来年にならんかな……」
ぽつりと言葉を零す。言葉は、空気に飲み込まれていった。
ささっと食事を終え、歯を磨き、準備を進める。
七時になった。そろそろ家を出る時間だ。ようやく履き慣れたパンプスを履こうとする。
そして、慌てて部屋に戻る。お守りを鞄に入れると、今度はパンプスを履いて玄関を出た。
新しい一日の始まり。夏美を守るかのように、鈴蘭の香りが夏美を包んだ。
読んでいただき、ありがとうございました。
少し季節外れになりましたが、急遽思いつき、思いつくままに綴りました。
誰かが自分の幸せを願ってくれるって、それだけで幸せを感じられますよね。
夏美も幸せを感じているといいなと思います。
そして、この小説を読んでくださった貴方も、ほんのり心が温かくなっているといいなと思います。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
評価・リアクション・ご感想を頂けますと幸いです。




