女でよかった
私には好きな人がいる。今目の前に座っている彼のことが心の底から好きだ。三年ぶりに会っても変わらない。我ながら一途過ぎやしないかと思ってしまう程だ......それもそうか。彼とは同窓会のような場でしか会えないのだから。連絡先も聞いていない。どこに住んでいるのかも知らない。知っていることは、友人から教えてもらったことだけ。彼について分かることは唯一つだけ。
それでも私は好きだ。好きで好きで堪らない。
彼と初めて出会ったのは小学生のとき。
入学式で写真を撮っていたときだ。私の次に撮ろうとしていたのが彼の家族。
そこで私は彼と初めて出会った。
家に帰る道も途中まで同じだった。たくさん話して追いかけっこして、それから同じクラスだから明日も帰る約束もした。私は明日が楽しみすぎて眠れなかった。
電気を消されたらすぐに眠ってしまったけど、夢で彼との出会いから別れまでを見てしまう程には楽しみだった。
彼の家は私の家より少し先にあり、帰ろうとする彼の背中が少し寂しかった。
そんな寂しさは翌朝には吹き飛んだ。なぜなら彼が向かえに来てくれたからだ。
小学校に行く道とは言え、態々来てくれたのだ。私は嬉しくて泣いてしまい遅刻寸前になった。心配する母親、泣きじゃくる私。そんな私を慌てながらも優しい言葉をかけてくれる彼。
「どしたん、何かおもろいモンでもあった? もしかして、イヤやった?」
「ちがうよ。嬉しい」
「んじゃあ良かった。ほら、行こ?」
今でも覚えてる。彼のことで覚えてないことなんてない。
「遅刻しちゃうよ。先に行って」
「ん〜ヤダ。一緒に行こ」
微笑みながら言ってくれたその言葉で更に泣いた。
「メッチャ泣くやん! 大丈夫。走ればなんとかなる!」
そう言って私の手を繋いで一緒に走ってくれた。
私はあのとき、彼のことが好きになった。
遅刻寸前で教室に飛び込んだ私と彼は自然と笑い合っていた。
それからも毎日彼は向かえに来てくれた。
小学四年生になるまで向かえに来てくれた。さすがに四年生にもなると私には仲のよい友達もできていたし、彼にもできていた。それにクラス替えで初めて別々になってしまったから。私も彼も、来なくてよい何て言ってないけど、言わなくてもそうなった。それでも、遊びには誘ってくれたし、彼の家にも行った。プールは行けなかったけど、一緒にアイスは食べた。
それから、彼の家で待ち合わせて一緒に電車に乗りお祭りだって行った。一緒に駅から帰って初めて彼に私からお別れをしたんだ。別々になっても彼と関われた。
それだけで嬉しかった。
小学四年生以降一緒のクラスになることはなかった。
それでも良いと思っていたんだ。
だけど、小学五年生だったか六年生だったかは忘れたけど、クラスの子たちと誰が好きかと言う話をした。修学旅行のときだったような気もするし、卒業旅行だった気もする。兎にも角にも、気分が浮かれてしまいがちな時だった。
普段はしないような話をしていたのだ。誰が言ったか忘れたけど、同じグループの子が彼のことを好きと言った。私以外の子が理由を聞く。彼を好きになるなんてあり得ないと言っていた子も居た。それまでは何やかんやで分かると言った反応だったのに、彼の時だけは違った。私もその流れに飲まれ聞いた。彼女は知らない彼を教えてくれた。私が知らない彼を彼女は知っていた。彼を好きになるのは当然のことだと思い嬉しかった。同時に知らない彼を知って寂しくなった。私だけが彼を知っていると思っていた。なんだ、知らないとこあるじゃんと少し落ち込んだ。彼との距離が遠くなった気がして世界が少し暗くなった。
その後に私が聞かれたけど、私は━━━
「━━━私はいないかな?」
恥ずかしくなって現実から逃げた。
覚えてる。集合写真で彼の隣になってしまい恥ずかしくなったことを。
彼を無視してしまったことを。
それから私は彼と関わらなくなった。
中学生になっても関わらなかった。だからだろう、私の知っている彼がどんどん知らない彼になっていく。知っていたはずの彼は変わりに変わっていく。
明るくクラスの中心とは言えなかったけど、輪を作っていた彼ではなくなっていく。あの子が言っていた彼になっていく。私は全然視れていなかったのだ。
それでも私は彼が好きだ。中学生にも関わらず付き合っただの付き合ってないだのが聞こえてくる。まだ中学生だぞと思っていたら本当に付き合いだした人も出てくる。彼も付き合うのだろうか。知らない彼は付き合うのだろうか。そう思って中学二年生のとき思い切って彼のクラスを覗いてみた。お昼休みという絶好の時間、何かするならここじゃないかと思った。勿論帰り道の可能性もあるけれど、その時の私は彼が帰るのを確認してから帰っていた。まだ会う勇気がなかったから。なので学校と言う自然と会える空間、尚且ついざとなれば言い訳もできる。実際彼のクラスの担任は数学の先生だったから聞きたいところもあったし。嘘じゃないから。そのついでに視ようと思ったのだ。
驚いた。正直予想していなかった。
友達・・・勿論男の子だ。男の子の友達に彼は担がれ振り回されていた。振り回されていたし投げ飛ばされていた。女の子に話しかけられたら普段から曲げていた背中を更に曲げ、引きつった笑顔で首を振って応答する。それが終われば今度は男の子にハグされたあと、投げ飛ばされていた。
女の気配しない。私は安心と安堵に包まれた。コレなら大丈夫。彼を好きだと言っていた子は転校したし、中学校で彼を全く知らない人達が増えたとは言え、私以上に彼を知っている人は居ないだろう。だから大丈夫。そう自分に言い聞かせ振り回される彼を眺めていた。
「何か用? それとも好きな子でも居るん?」
驚いた。喉から出かかった絶叫を、舌を噛むことで口で殺した。背後に先生が居た。
「......先生に聞きたいことがあって」
舌を噛んだ時の痛みを必死に抑えながらついでの用を済ませようとしていた。
「スゲェ顔してるぞ。さっきまでふにゃ〜とした顔してたのに、今は何だ? 机の足にブツけたみたいになってるぞ。左足の小指をさ」
どうやら私は自分でも気付かない内にふにゃり顔をしていたようだ。それもそうだ、納得できる。なぜなら本命が入れ替わっているのだから。
「・・・ブツけたんですか? 小指」
「よく理解ったな。天才だ〜こりゃ」
絶対思ってないだろ。と心で言った。
「・・・でも本当にそれだけか? いつもなら授業後に来るだろ」
「本当にそれだけです」
先生は偶に鋭いときがある。心の奥を見られている感じ。怖さすらある......そう言えば先生、同窓会には一度も来ないな。と言うか卒業後一度も会っていないな。まぁ安易に生徒に対して恋愛事情を深掘ろうとする人だったしな。やらかしたのだろう。
だからだろうか。私に対して恋愛に関する話をしたのは中学校の間では先生だけだ。よっぽど顔に出ていたんだろうな。
そりゃ嬉しいさ。彼を知っているのが自分だけになったと思えたのだから。
・・・それでも彼とは話せなかった。この想いを伝えることはできなかった。
でも良かった。世界が明るくなったから。
結局彼とはこれっきりだった。同じ高校に行きたかったが、彼がギリギリまで進路を決めていなかったから行けなかった。別々の高校。同じ空間には居れない。家は近くなのに、会おうとすれば会えるのに会えない。私にはまだ無理だった。
高校生になっても私の気持ちは変わらない。何度か告白と言うものを受けたが、全て断ってきた。私には好きな人がいるから。
告白を受ける度に嫌でも考えた。彼も告白されているだろうか。彼にも好きな人ができたのだろうか。彼はまた私の知らない人になったのだろうか。付き合ったりしているのだろうか。
告白を受けた日は寝れなくなる。きっと大丈夫だと自分に言い聞かせ布団を顎まで掛ける。息が苦しくなり余計に眠れなくなる。それの繰り返し。少なくとも高校三年生の一学期最終日まではそうだった。
明日から夏休み。高校生最後の夏休みだが、受験生である私には休んでいる暇なんて無かった。次彼に会ったときに恥じないよう。少しでも彼の隣に居れるように。彼に褒めて貰えるように。彼に視て貰えるように。どんなに難しい問題でどんなに高い壁だったとしても、彼の為なら諦めることはなかった。それでも、中学校を卒業してから一度も視ることすら無かったからだろうか。私の心がブレかけていた。揺れていたのだ。毎日毎日彼への想いが強くなる。会えないことへの寂しさ。彼の隣に誰かいることへの恐怖。私の知っている彼が消えることへの焦り。彼が居なくなればどうやって生きていけばよいのか分からなくなる。
私にとっての彼は光だ。生きる理由なのだ。だから頑張れる。だから頑張れるはずなのに、寂しさと恐怖、そして焦りが私の心を塗り潰す。
高校からの帰り道。不意に来る不安に呼吸が荒くなる。明日からも頑張らないと。諦める訳にはいかないから。
年々暑くなる夏。小学生のときは夏休みに入ってから暑かったのに。入る前から暑くなるなんて。そうか、そうじゃんか。ずっと言い聞かせてきた。ずっと言い訳してきた。ずっと言い繕ってきた。
この世界すら変わるんだ━━━
━━━彼だってもう変わっているんじゃ
「大丈夫か?」
「・・・え?」
思わず声が出た。抑えることなんてできない。会いたくて逢いたくて仕方がなかったから。ずっと話したかったから。
「何で、居るの?」
「何でって。忘れたん? 俺も同じ帰り道やねんけど?」
忘れるわけないよ。お祭り一緒に行ったから。一緒に帰ったから。駅からの帰り道が一緒なことを忘れるわけない。それでも、会えると思ってなかったから。
「どしたん、何かおもろいモンでもあった? もしかして、熱中症?」
思わず彼の口を視てしまった。熱中症と心配してくれたのだ。いきなりそんなこと言われるわけないのに・・・
・・・ああ、そうか。私は私が思っている以上に限界だったのか。
「大丈夫だよ」
「ん〜そう。ならよかった」
そう言って彼が歩き出す。久し振りに会えた。会えたのに、これで終わり? 不安が私の足を掴んで離さない。知らなくていいこともある。知らない方が幸せなこともある。それでも、それでも私は彼に会えたことが嬉しいのだ。
「あっあのさ。久し振りに......一緒に帰んない?」
もし断われたらどうしよう。もし、もし・・・色んな “もし” を想像する。だけど後悔はない。だって、それすらも彼と会えたことが上回るから。
「いいよ。一緒に帰ろ」
私は今どんな顔をしているだろうか。あのときと一緒でふにゃり顔をしているだろうか。それとも気づかぬ内に泣いているだろうか。分からない。分からないけど、私ができる精一杯の笑顔を彼に捧げよう。
それから━━━
「━━━ありがと」
そう言って彼の隣に立つ。
久し振りの彼の隣。何年ぶりだろうか、こうして並ぶのは。相変わらず猫背だな。相変わらずクルりと毛先が立ってるな。相変わらず眼が綺麗だな。相変わらず・・・ん? 今のところだが一つ変わっているところがある。猫背とは言えだ。猫背とは言え。
「身長、越しちゃたね」
昔は彼の方が大きかったのだが、今は違う。私の方が大きいのだ。余裕で見下ろせるのだ。勿論、彼も大きくなった。確かに背は伸びた。だけど、それ以上に私が伸びたのだ。
「それな。メッチャ思った。前は俺のほうが大きかったのにな〜負けるとは。なぁ縮んでくんね? 俺止まったんよ」
相変わらず無理難題を言ってくる。どうやって縮めばいいんだ。
「私まだまだ伸びると思うな〜今年になってお父さん越したし」
「んまぁじか」
あり得ないと言わんばかりの顔でこちらを視る。かわいいな。今までは見上げていたけど見下ろすのも中々......初めてだからだろう、気分が高揚している。
何を話そう。話したいことはたくさんあるのに、足だけが動く。一歩づつ家へと向かっている。聞きたいこともたくさんあるのに・・・どうしてだろう?
「いや、気まずいて。最近どう? 調子は?」
静寂の空気を切り裂き彼が話しかけてくれる。
「最近は受験勉強で忙しいかな。調子はよくなったかな」
事実、受験勉強で忙しい。それに先ほどまで調子は悪かったが、彼に会えて調子は良くなっている。
「ふぅ〜ん。なら儲かってますか?」
「ぼちぼち」
定番の受け答えにもしっかり合わせることができている。これぞ彼パワーである。
「受験ね〜昔っから頭いいしな。満点ばっか取ってたやろ? 今もですかい?」
“昔から” から私のことを視ていてくれたんだ。私は歓喜の舞を心の中にしまい込んだ。
「全部じゃないけど大体満点かな」
「凄いじゃん。よ〜頑張ってますね〜」
少しニヤつきながら彼が褒めてくれる。心の中にしまい込むのが難しいほど、今すぐ舞ってしまいたいほどの歓喜を無理矢理押し込む。
そんなことをしていたら彼の家の前に着いてしまった。もっと話したかった。だけど彼に強制することはできない。大丈夫。また会える。今日だって会えたから。会えぬと思っていたのに会えたから。だから、だから━━━
━━━だから大丈夫。
これでいい。これでいいんだ。
「またな」
玄関へと向かった彼が振り向いてそう言ってくれる。不意の言葉に思わず目を見開いてしまう。言いたくても言えなかった言葉を彼は言ってくれる。咄嗟に返そうしとして唾が喉に引っかかる。粘膜が喉に張り付いて一言目がおかしくなる。恥ずかしい気持ちで一杯だ。耳も赤いだろう。顔だって赤い。今が夏でよかった。暑さのせいにできる。返さなきゃ返さなきゃ二度と会えない。そんな気がしたんだ。
「またね」
その言葉を聞くと彼は手を振りながら玄関の向こうへと行った。
また会えるかな。次会えたら何を話そう。話したいことがたくさんありすぎて迷っちゃうな。
ああ、よかった。言えてよかった。
嬉しさに身を任せるスキップをしながら私は帰った。途中、彼が見てやしないかと思いやめた。
今思えば私はチョロいのかもしれない。
三年振りに行われた同窓会に主席した私はそう思う。
「猫ちゃんと住み始めてさ〜朝起きたら横で寝てて可愛いんだよね〜」
「最近入ってきた子が健康診断の途中で帰ってさ、マジで驚いた」
「全然飲んでないじゃん」
「俺最近気付いたんだけど、鎖骨って結構クルよな」
「ねぇねぇ聞いた? 今探偵の助手やってるんだって先生」
「ラーメン喰いに行って腹壊した俺ん話する?」
「彼女ってどうやったら作れるんですか?」
「コレ視て、メロい」
周りから聞こえる話にも耳を傾けつつ、目の前に座る彼を見る。相変わらず彼は友達との話で盛り上がっている。彼の周りは男だけ。酔っているのかハグしたりされたり。けれど決して女の子とはしない。女の子に話しかけられたら友達に守ってもらう。女の子が居なくなれば、また友達と笑い合う。
三年前の同窓会と同じである。何も変わらない。あのときから何も変わらない。彼との関係は何も変わっちゃいない。私は彼を見ながら酒を飲むが、自制する。三年前も同じように彼をつまみに飲んでいたら飲まれたからだ。酒を飲んでも飲まれるなである。翌日の夜は眠れなかった。恥ずかし過ぎて眠れなかった。何度も友人に確認した。彼に余計なことをしていなかったか。もし、彼に何かしていたらお酒を辞めようと思うほどであったが、何もしていなかったらしいのでと言うより見られていなかったようなので、それならと思い酒は辞めなかった。だがそれでも、やったことに変わりはしないので自制はする。しなくちゃならんのだ。
酒のいきよいに任せて連絡先を聞いてしまおうか。
......それができているなら今ごろ彼と話しながら飲んでいるか。
できないのだ。私には勇気がないから。
話したいことも
言いたいことも
伝えたいことも
聞きたいことも
たくさんある。あるのにできない。私はその一歩を踏み出すことができないのだ。
今の関係が変わるのが怖い。進化を恐れ退化を拒み停滞だけを、望む。今が一番だと思っている。変われば嫌にでも知らない彼で埋め尽くされる。それなら、少しだけ知らない今がよい。
今の関係でよいのだ。
それでも私は好きだから。時々考えてしまう。
もし私が男なら━━━彼の友達になれただろうか。
もし私が男なら━━━彼と笑い合えただろうか。
もし私が男なら━━━彼を守れただろうか。
もし私が男なら━━━彼に触れることができただろうか。
・・・どれだけ考えても意味はない。それでも考えてしまう。考えては意味が無いことに気付き虚しくなる。彼にとって私とは何だろうか。彼の世界に私は居るだろうか。彼からすれば私には何の価値も無いのだろうか。
私はずっと・・・一人なのだろうか。
「どしたん、何かおもろいモンでもあった? もしかして、おしゃけ飲みすぎた?」
彼が優しい目をこちらに向けながら言ってくれる。
私は目を見開き少し口の中で出かかった言葉を飲み込み、返そうとする。
「 大丈夫 」
それを聞くと彼はまた友達との話に戻った。
私は彼のことが好きだ。
理由は分からない。
気付いたら好きになっていた。それが私にとっては当たり前ことだ。
だけど、好きだと思っていたとしても、疑うときがある。私は本当に彼のことが好きなのか。本当にこの気持ちは合っているのか。分からない。分からないけど、彼の言葉には何か力がある。それでいいのだ。
大丈夫。それでいい。いいんだ、これで。
“もし” を考えてしまうほど、私は彼のことが好き。
いいんだよ、これで。大丈夫。大丈夫だから。
━━━男なら、なんて考えなくてもいい。
なぜなら、きっと今の言葉は男の子には言わないから。
女の子にしか言わないから。
私が知っている彼はそうだから。
だから、私は私のままでいい。
私じゃなかったら、この言葉は聞けなかったから。
よかった、私で━━━
━━━ああ 女でよかった。
先生のシーン辺りで探偵モノを書きたくなった。
先生の話し方がキタ。
助手でこのタイプはいじめれるぞと思った。
けどタイトル変えんのメンドイからや〜めた。
中学校卒業後先生は元教え子の女の子探偵が関わっている事件に巻き込まれ流れるまま助手となる。
全国の学校で起きる怪談やら怪異譚やら何やらを解決しに飛び回る。
先生はヒョロガリのくせに煽るのですぐ負ける。
ので、探偵がいつもお姫様抱っこで逃げる。
年の差!探偵!ラブコメ!
にしたかった。




