異世界三年目、現実世界へ帰りますか?
これは俺、マツリ・ユウヤが十八歳の時に体験した話だ。
俺は今でも、この選択をして良かったのか悩み続けている。
答えを見つけられない日々を過ごす中で、少しでも楽になりたくてここに記すことにした。
「いよいよ、聖者の塔か……予定だと、ここから三メラの距離だな」
三メラとは俺の生まれ育った世界の距離で三キロほどだろう。
そして、聖者の塔とはこの世の全てを知る人間、ラウラナが住む塔である。ラウラナはこの世の事を全て知っている全知全能の存在であり、俺の求める答えを知る唯一の人間だ。
俺が知りたい事はただ一つ、元の世界に帰る手段があるのかだ。
「やっと、私達の旅も終わるんですね。なんだか、寂しい気もします」
「俺は二年半の間、マツリと旅してきたが結構楽しかったぜ」
「ジルド……俺も、一緒に旅が出来て楽しかったよ」
ここにいるのは皆、俺と旅をしている仲間達だ。加入時期は皆、バラバラだが四人では一年半前から旅をしている。
綺麗なロングの白髪が似合う少女、サーシャ。笑った時のえくぼがとても素敵な彼女は治癒術士である。
爽やかな短髪の青髪がかっこよさを引き立てる少年、ジルド。いつも明るく、仲間を気にかけていた彼は立派な精霊騎士だ。
そして、三人目は柔らかいショートカットの赤髪が美しい少女、リニエ。いつもは強気だが、本当はとても可愛らしい子で優しい人だ。彼女は魔法使いとしてパーティーにいる。
「マツリ! 辛気臭いこと言ってる暇があるなら、さっさと歩きなさい。あなたは歩くのが遅いのよ」
「そうだな。リニエは、本当は早歩きだもんね」
やはりリニエはツンデレなのだろう。普段はツンとしているが、何か困った事があった時は一番に声を掛けてくれる。そして、相談に乗って励ましてくれるまでがセットだ。
「お! あれじゃないか? 聖者の塔」
ジルドがそう言って正面を指さしている。俺達はしばらくの間、代わり映えの無い森の中を進んできた。
しかし、遂に俺達の前に現れたのだ。一キロ以上先であるのにも関わらず、大きな塔が高々にどっしりと構えていた。
いよいよ、旅が終わってしまう。三年前に異世界転移してきたあの日から、元の世界に帰るために旅を続けてきた。
そして、旅の途中で様々な問題に直面し、そのたびに沢山の人達と協力して乗り越えてきた。
このパーティーも、元々は何の関わりもなかった人間達の集まりだ。しかし、三人とも元の世界に帰るという俺の夢に賛同して共に旅をしてくれている。
俺が別の世界から来た人間だって言った時は皆、驚いていたな。あの時の皆の表情は、今も鮮明に覚えている。
塔を目指して歩いている間、珍しく皆は喋らなかった。普段の移動中は仲良く、くだらない事を話している。
だが、俺がこの世界からいなくなるかもしれないと分かっているからか、皆は口を開かない。仕方なく、俺はこの静寂を心の中でしんみりと受け取った。
「ここが塔の入り口か。しかし、扉もでかいな」
俺達は塔に到着した。周囲は木々で囲まれおり、塔の間に置かれているランプがあっても薄暗い。
そして、目の前には十メートル近くもある扉が待ち構えている。
「いくぞ! せーの」
皆で息を合わせ、この馬鹿でかい扉を押していった。ゆっくりとだが、確実に開いていく。
少しずつ、少しずつ開いていき、気が付くと完全に開いていた。
「はぁー。疲れたー」
「さすがに、重かったですね」
これで何度目か分からない四人での共同作業をこなし、一息つくと塔を登り始めた。
「何段目よ、ここ。結構、上ってるのに終わりが見えないわ」
「もう少しさ、リニエ。疲れたなら休憩する?」
「大丈夫よ。こんくらい、今までの旅に比べたら楽勝」
終わりの見えない螺旋階段を駆け上がっていく。一段上るごとに足へ負担がかかる。
でも、もう少しで答えに辿り着くという想いが俺達を動かした。
「あ! ドアが見えましたよ。これより上が無いので、あそこがゴールですよ!」
遂に、終わりが見えた。時間にして三十分近くも上っていたと思う。
階段地獄から解放されることは、嬉しい気持ちもあるがそれと同時に決断の時が近づいていることも認識させている。
俺はこの期に及んで、元の世界に帰るのか帰らないのか決められていなかった。
もし、聖者ラウラナから帰る手段があると言われ、すぐに帰れることになったとしても俺はストレートに帰ると言うことができないだろう。
迷っているのだ。この世界で今のパーティーの皆と旅を続けていくか、元の世界で家族や友人と再会し、人生を過ごしていくか。
「道が二つに分かれていますね。真ん中に立て看板があります」
「この道は二人までしか通ることが出来ない。なので、二人一組で通ること……か」
おそらく、聖者の塔は俺達の人数を認識して自動的に塔の内部構造を変えているのだろう。つまり、この塔は生きているのだ。
なぜ、二人一組で通らせるのかは不明だが今は従うしかない。
「私はマツリと行くわ。いつもあんたがトラブルを引き起こすんだから、心配よ。私が見守ってあげるから」
「俺はリニエの子供か? まあ、いいや。二人はそれでいいか?」
「はい。私はジルドさんと行きますね」
「俺はサーシャとだな。じゃあ、道を抜けた先で待ってるからな」
二人はあっさりと承諾し、道を進んでいった。何事もなく通り抜けられるといいが……
「さあ、私達もいきましょう」
「ああ、そうだな」
薄暗い道を進んでいく。塔はガラス張りで出来ており、月明かりが差し込んでくるので、どこか神々しさがあった。
問題の道はというと、特に何かトラブルが起きるわけでもなくスムーズに進んでいけている。
「マツリ。あのさ、聞きたい事があるんだけど……」
「なんだ? 改まって」
「マツリは元の世界に帰れるってなったら、帰るの?」
前を進むリニエはこちらへ振り返らず、前を見たまま問いかけてきた。
「うーん。正直なところ、悩んでるんだ。この世界は良い所で良い人達がいて、仲間もいる。三年もいれば愛着も湧くさ」
「でも、俺はあくまでこの世界の人間じゃない。元の世界で帰りを待つ家族もいるし、友達もいる。それに、俺がこの世界に来てから色んなトラブルが発生しているだろ?」
「そうね。あんたが来た三年前から世界中で沢山の異変が起きているわ。正直言って、マツリが関係ないとは言い切れない程にね」
最近分かったのだが、俺がこの世界に転移してきてから、各地で異変が起き始めたらしい。
眠っていたドラゴンが目覚めて暴れたり、海の化身が人類を滅ぼそうとしたり、火山が噴火しかけたりと沢山のトラブルがあった。
そして、俺達はそのトラブルを幾度となく解決してきた。
だが、日が経つにつれてトラブルも大きくなっている。このまま俺がこの世界にいたら人類が滅びるようなどうしようもないトラブルが起きるのではと思っている。
それならば、俺は元の世界に帰るべきだろう。
「どうしたもんかなー。リニエは俺がこの世界に残った方が嬉しいか? なんてね」
「嬉しいに決まってるわよ。正直、帰らないで欲しいわ」
「え?」
冗談半分で聞いてみたら、意外な答えが返ってきて俺は戸惑った。
リニエは涙ぐんだような震えた声で言っている。前を歩いているため、顔は見えないがきっと泣いているんだろう。
「私はマツリの事が好きなの。本気で人の事を好きになったのは初めて。でも、この気持ちは間違いなく恋だわ」
「だからね、好きだからこそ、マツリの選択を応援したいと思う。帰らないで、なんて簡単には言えないわ」
「リニエ……」
たまに彼女が俺に好意を抱いているのではと思うときもあった。しかし、気のせいだろうと考えすぎだろうと結論付けていた。
だが、遂にリニエ本人の口から好きと言う言葉がでた。
「でもね、もしも、もしも帰らないなら私は絶対にマツリの奥さんになってみせるわ。必ず、惚れさせてみせる。それで、結婚したら絶対に幸せって思えるようにしてみせるの」
「これだけは伝えておきたかったの」
気が付けば道は終わりを迎え、出口についていた。
小さな扉があり、リニエがそっと開けるとその先には白い服を着た聖者が立っていた。
「ようこそ、リニエさん。マツリさん。よくぞ、聖者の塔を登り切りましたね」
「お! やっと来たか二人とも。遅かったな」
「無事でよかったです!」
聖者の部屋にはすでにジルドとサーシャが待っていた。
俺は二人が無事にここまで来れたことに安堵した。
「では一つ。一つだけ、質問に答えましょう。そして、願いを叶えましょう」
塔を上り、聖者に会う事で一つだけ質問をする権利と願いを叶えてもらう権利が与えられる。
それは塔に来た皆で、一つだけだ。
「この塔は人生で一度しか訪れる事が出来ません。それ以降は加護によって阻止されてしまいます。なので、慎重に選んでくださいね」
俺を悩ませる最大の原因は一度しか塔に来れないという事だ。これでは元の世界に帰れると分かった場合、帰るか帰らないかその場で決断する必要がある。
「マツリ、覚悟は出来たか?」
ジルドから問いかけられた。俺はもう、引くに引けないだろう。
「ああ。ラウラナさん、俺は三年前にこの世界に転移したんだ。だから、転移する前の元いた世界に帰る事は出来るか?」
ジルド、サーシャ、リニエの三人は無言で俺と聖者を見つめた。
きっと、彼らも色んな事を考えているのだろう。色んな事を思っているのだろう。
そして、俺も究極の選択を前に頭がごちゃごちゃになっていた。
「帰る事は出来ますよ。あなたが元居た世界の地球の日本に戻る事は出来ます。願いの権利を使う事が条件ですが」
聖者から、究極の選択を迫る言葉を告げられた。
俺はこの瞬間、思考が停止し、頭が真っ白になった。
「や、やったな! マツリ! 帰れるじゃねえか! 三年間の努力が報われたな」
ジルドが真っ先に反応を見せた。彼は涙目になっていて、涙がこぼれるのを必死に我慢し、俺を見ている。
「おめでとうございます、マツリさん。帰れるんですね」
続いて、サーシャが声を掛けた。大粒の涙をぽろぽろと流し、涙を拭いながら笑顔を取り繕っているように見えた。
ただ、時々唇を噛んで、悲しそうな表情をしている。
「俺は……俺は」
俺も涙を流した。これが、嬉しさからきた物なのか、悲しさからきた物なのかは分からない。
だが、とにかく泣くことしか出来なかった。
「マツリ……帰らないでぇー。やっぱり、寂しいよ」
しばらくの間、無言を貫いていたリニエだったが、遂に声を上げた。
無情な現実に抗うかのように、俺を引き留めている。
「さあ、どうしますか、マツリさん。苦しい選択ですが、選ぶ必要があります」
「俺がこの世界にいたら、異変は起き続けるのか?」
「ええ、起こり続けます。きっと、死人が沢山出るような災厄も待っているでしょう」
「そうか……」
俺はどうするべきなんだ? この世界に残って仲間達と生きていくか、元の世界に帰って家族や友人と再会するか。
元の世界に帰れば、この世界に災いは起きない。だが、帰れば旅をしてきた皆とは二度と会えない。
「一つ、質問をサービスしてあげたのですから、答えを出してください。まもなく、塔の意志で皆さんは追い出されてしまいますよ」
聖者は困った様子で俺に答えを出すよう迫ってきた。時間が無い……でも、答えなんて出せない。
「俺は……俺は……」
結局、この選択が正しかったのかなんてわからない。
今でも悩み続けている。
だが、一つ思う事がある。
俺はあの時、この世界の勇者では無かったと気づかされた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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今後も小説を書いていくので、よろしくお願いします。




