1-4 暖衣飽食のコンファインメント
おばあちゃんの家は常寂光土……という程でもなく、なにせ昼間はこの家におばあちゃんしかいないので、エアコンが28℃に設定されていて暑い。でも、炎天下を歩いて汗もどっさりかいているので、温度を下げ過ぎるとそれはそれで寒い。私は30年もののエアコンに鞭打つように、しきりにリモコンのボタンを押した。
莉央奈は異国情緒漂う情報番組に何となく視線が吸い寄せられてしまう事もなく、座卓に片腕を伸ばしそれを枕にして突っ伏していた。相変わらず疲れているのとも眠いのとも違う瞳をして。
「どうかした」
「暑かったり寒かったりしない?」
「今ぐらいでちょうどいい」
「分かった」
莉央奈の横に置かれている、ほとんど口を付けられていない麦茶に入った氷が音を立てる。テレビのスピーカーから流れているはずの空騒ぎが、この居間には届いていないようだった。
「本当に正直に言うなんてさ」
「でも、事実でしょ。おばあちゃんは絶対わかってくれるから。下手にぼかすより、きちんと話した方がお互いにとってメリットがあると思って」
「んんー、玉樹ちゃんのおばあちゃんへの全面的な信頼は何」
「何って、家族愛という言葉が一番正確かな」
「まあ、それ以外の何物でも賜物でもないか……」
そう呟きながら、莉央奈の頭は腕から滑り落ちた。
家出少女二人が平日の真昼間から畳の上で安逸を貪っていると、居間と廊下を隔てる扉が開いて、香ばしいにおいが流れ込んでくる。
「二人とも、昼ご飯は炒飯でいいかー?もっとも、もう作っちゃったから、食べてくれんと困るんだけど」
「おばあちゃん、相変わらず量が多いよ……」
「孫にはひーぴんぐ食べてほしいのさ。残してもいいから、好きなだけ食べな」
そう言いながら、おばあちゃんは私と莉央奈の前に、少しレトロな青と赤の花柄の皿に盛り付けられた山盛りの炒飯を置いた。ハムにレタスにカニカマ、ピーマンに海老にコーンと、冷蔵庫にあった食材をとりあえず全部入れたみたいな感じの炒飯である。シンプルさには背を向けていてパラパラ感もないけれど、食べ応えがあって味もこれはこれで美味しい。まあ、食べ切れる気はしない。
「お客さんが来るなんて、全くさぽーずしてなかったから。また米炊かないといけんねぇー」
「莉央奈さんどうしたの、食欲ないの?」
「あら、お口に合わなかった?」
「メンタルやられてるから、そりゃ食欲湧かなくてもおかしくないか」
「めんぶれ中なわけ。大丈夫?」
「あっ、いや、んー、大丈夫、です。元より小食なので……」
莉央奈は私以上に、ほとんど食べ進めていなかった。小さじ一杯ほどの少量の炒飯をレンゲにすくって口に運んで、それをいつまでも噛み締めている。
「食べたくないのに無理して食べなくていいのよー。もっとつるつるしてる素麺とかの方が良かった?」
「お気遣いはありがたいのですが、だっ大丈夫ですからっ」
おばあちゃんは莉央奈を一瞥してから私に視線を送ってきて、それから居間を後にした。
結局、炒飯は半分も食べる前に満腹になった。莉央奈は9割残したので、これでも善戦した方である。まあ、冷凍しておいて後日食べられるようにしたらしいので、フードロスの心配はない。
それで、何だかんだ言って逃避行の終点に着いてしまったので、緊張が解けたというか、普通に暇になった。こんな非行に走ってなければ、今頃は当然のように授業を受けていたはずなのである。それを考え出すと、やっぱり背中がむず痒くなってくる。
座卓の下に足を延ばして、壁にかかっているガス会社の無粋なカレンダーでも見上げる。その下には、余喘を全て吐き出してしまおうとする莉央奈がいた。死ぬことと逃げること、莉央奈にとってその違いは何なのか。どうしてそこまでして前者を望むのか。
死に方にもよるが大抵の死に方では、発見者や目撃者は不快な気持ちになるし大事になるし。そもそも正常に判断できなくなっているだけで、輝かしい未来がすぐそこにあるのかもしれない。というか、自殺を肯定すると社会が壊れる。だから、死ぬべきではないのは論理的に明らかなのに、どうしてそこまで死に囚われているのだろう。
それを知る必要はないとは言え、気になるっちゃ気になる。まあ、そんな軽い気持ちで触れていいことでは無いだろう。喉の奥に力を込めて声帯を閉鎖して、未知への探求心を抑え込む。
「朝食もあんまり食べてなかったけど、お腹空かないの?」
「そんなに」
「まさかとは思うけど、もうじき死ぬからどうでもいいとか……」
「はぁ。玉樹ちゃんは本当に私に死んでほしくないんだね」
「当たり前だよ」
延ばしていた足を戻して、少し身を乗り出してそう答える。
「それが当たり前とは限らないよ」
莉央奈は目を逸らしながら呆れるようにそう言った。その言説は他人への介入を恐れて、自由をうたっているだけに過ぎない。私はそのハードルを越えて、ここまで莉央奈を連れてくることができた。正しい理屈だとは分かっていても、他の人が感情的に逡巡することを、私はすることができた。これで良かったんだ。
「どうしてそこまで他人の生き死にに本気になれるの?私たちはただ、昨日の夜に偶然出会っただけで、どんな関係でもないよね。それとも、覚えてないだけで、どっかで知り合ってた……?」
「さすがに初対面だよ。でも、面識があるかどうかは関係ない。面識がない人は、莉央奈さんの自殺で迷惑を被らないなんてことは無いから」
「迷惑かけずに死ぬって言ってるのに……」
「初めて聞いたよ。というか、誰にも迷惑をかけずに死ぬ方法なんてないと思うけど」
「んんー……、困ったなー……」
そんな何の役にも立たない会話を交わしていると、突如として居間の扉が開いた。おばあちゃんが固定電話の子機を耳元に押し付けてくる。やけにひんやりとした感触が顔の半分に広がった。
「玉樹ちゃん!お母さんから電話だよー!」
「えっあっ、……もしもし!お母さん……?」
「あんた何考えてんの!?なんでそういう事するわけ?馬鹿じゃないの」
とにかく感情的で感情を爆発させて感情任せに話すお母さんの声が、側頭骨を震わせる。まるで真横に本人がいるかのようだった。私は丁寧に家出の理由を説明した。一人の同い年の女子の自殺を止めて、それ程までに彼女を追い詰める現実から逃亡させたんだと。
「おばあちゃんの家なら一旦は安心できると思って……」
「理由なんか聞いてない。だいたい、連絡を全部無視するってどういうこと?」
「無視はしてないよ。既読を付けた。それで生存確認はできるよね、普通に考えて」
「何が普通だよこの異常者が。昔から変なとこがある子だと思ってたけど、ここまでだとは……手に負えないよ」
「でも、莉央奈さんが1日長く生きられた。電車は止まらなかった。私は正しいことをしたんだよ」
「いいから早く帰って来いよ!飛行機代は自分で出すんだからね。足りなかったらバイトでもしろっ」
「え、でも、莉央奈さんがまだ心配だから、しばらくここに居……」
「どんだけ頭悪いの!?明日も学校あるのに!」
「数日学校に行かなくたって、何か問題ある?どうせ家で改めて勉強するんだから、授業に出なくたって平気……」
「そういう問題じゃない!あぁーっ、もういいよ、どうでもいい!勝手に好き放題やって、大学にも行けず仕事にも就けず苦労すればいいじゃない!もう知らん!」
ぶつっと電話を切られた。どれだけ説明してもどうしても両親は理解してくれない。別にいつもの事だけど、私はそんなに分かりにくいことを言っているだろうか。確かに論理的な破綻はいくつもあるけど、向こうはそれ以上に破綻しているわけで。思わず首を軽く傾げて他責してしまいながら、子機をおばあちゃんに返した。
「お母さんはあんなこと言ってたけど、好きなだけここに居たらいいよー。子供にあんな物言いは良くないよねぇ」
おばあちゃんは頭を優しく撫でながらそう言ってくれた。暖かくて少しごつごつしているけど安心感があって、何だか昔を思い出す。いや、それは在りし日の思い出なんかじゃなくて、現在進行形の温もりなんだ。いつか旅立たなくてはならないけど、今はもう少しだけ甘えていたい。
「ありがとう、おばあちゃん。しばらく、お世話になります」
「そうそう、玉樹ちゃんだけじゃなくて莉央奈ちゃんも、もちろん泊まってっていいからね。ご飯とお布団ぐらいしか用意してあげられんけど、ゆっくりりふれくしょんするといいさ」
「あぁー……、えぇーっと……」
「莉央奈さんもこれで安心して家出できるね」
私は莉央奈に笑ってみせた。みせたというか、心の底から安心して、その結果が表情に発露した。さすがに現実から一生逃げ続けるのは、私たちのような小市民には至難というか、最悪現実の毒牙にかかる可能性があるわけで。だったらマシな現実を選んで掴まった方がいい。
なのだけど、莉央奈の表情というか、纏っている雰囲気は何一つとして変わらなかった。依然として自分が生きていることに疑問を覚えている。何なら、さっきよりも顔が強張っているような感じがする。
「じゃあ、ばあちゃんは二階の和室片付けてくるから。布団も敷いとくから、そこで寝たらいいよ」
そう言いながら、おばあちゃんは座卓に手を突いて立ち上がって、居間から出て行った。おばあちゃんのハートフルな温もりが消えて、どこか重苦しい空気が漂う。私は虚ろな目の莉央奈が怖くて、名前を慎重に呼んでいた。
「莉央奈……さん?」
「な、なんでしょう……?」
強張った仮面が割れて、出会った時から変わらない希死念慮に満ちた莉央奈が戻ってきた。あんまり慣れたくない態様だなぁ。
「少し引き攣った顔をしてたので。何か嫌なことでも思い出したのかなーと」
「嫌なこと、という程ではないけど。玉樹ちゃんは、普段あんなことを親から言われてるの?結構、……厳しいんだね」
「普段は違うんだけど、話が通じない時がままある」
「まあ……そうだよね。親子って、そういうものだよね、普通だよね」
莉央奈は彼女にしては溌溂とした声でそう言った。共感を誘えたのだろうか。だとしたら、私はまた、ほんの僅かだけ莉央奈を救えたのかもしれない。……なんて言うのは、ただの思い上がりに過ぎないということを、この先もずっと思い知らされるなんて知らずに、私は応酬として自然体な笑顔を浮かべた。
こうして祖父母の厚意と両親の放任で、しばらくこの家に滞在することが決まった。お風呂から上がると、美味しそうな匂いが鼻腔を優しく包み込む。ほかほかな身体が自然と台所に導かれていた。
今日の夕飯は何のチャンプルーなのだろう、そうおばあちゃんに尋ねようと台所に入ろうとすると、おばあちゃんに莉央奈が神妙な面持ちで話しかけているのが見えた。壁に隠れて覗き込むように様子をうかがった。
「あの」
「どうした、莉央奈ちゃん」
「お気持ちはありがたいのですが、帰らせてくださいっ」
「あらそう。どうしたの?玉樹ちゃんと喧嘩でもした?」
「これ以上、両親や友人に心配をかけるわけにはいかないので。今の時間なら、ぎりぎり東京までの最終便に間に合います。玉樹ちゃんに連れてこられただけですが、突然押しかけてすみませんでした」
まただ、また莉央奈が自分の命を絶とうとしている。私は彼女の自殺を止めるためにここにいる、社会のために、莉央奈に関わる皆のために。誰もやろうとしないのなら、私がやるしかない。
成長した私は咄嗟ではなくワンテンポ置いてから、それによって得られるメリットを考慮してから身体を動かせた。そんな私が二人の横に辿り着く頃には、おばあちゃんが莉央奈に「ちょっと待ちな」と呼び止めていた。
「こんな夜に子供を一人で出歩かせるわけにはいかないねぇ。匿った大人が明日にでも、責任をもってご両親の元まで送ってってあげるよ。もちろん、莉央奈ちゃんの両親に事情もえくすぷれいんする。それでいいね」
「えっ、いえ、その必要は……」
「必要ないっつったって、それがばあちゃんの、大人の義務だからねぇ」
昼間の両親との電話を聞いて顔を引き攣らせていたのは、莉央奈が両親に対して何かトラウマを抱えているからに他ならなくて、ここでおばあちゃんの言う通りにしたら、私は莉央奈の感情と期待を乱高下させただけになって、だから、必ず莉央奈をこの場所に引き留めなきゃならないんだ。
「おばあちゃんっ。それじゃ余計に莉央奈さんを苦しめちゃうよ。死にたいって思うほど追い詰められてる原因に、家庭の問題もあるって考えるのが自然で、それなのに莉央奈さんを両親に引き合わせたら、碌なことにならないのは目に見えてる。だから、待っておばあちゃん」
「玉樹ちゃんはそう言ってるけど、どうする?」
「それでも、構わないです、帰してくださ……」
「莉央奈さんっ。本当に危ない目に遭わないって言い切れるの!?莉央奈さんは自らを死ぬほど迫害してくる東京に、何の対策もせずに戻るべきじゃない。一人の人間が追う責任なんて些細なものだし、友情なんて流動的で形が変わっても、三日もすれば忘れる。戻っても何も得られない。もちろん、何も変える気はない、は無しだから。自殺しちゃいけない理由は散々説明した通りで」
莉央奈の双眸にまっすぐ向き合って、実にたくさんの言葉を捲し立てて高速で費やしていた。莉央奈は左の二の腕を右手で掴んで、時々目を逸らしながら、居心地の悪さを感じていそうな表情で、私の話を聞いていた。そして、私が息を吸ったタイミングで。
「お願いだから、一人に、させてほしい……」
瞼を少しだけ落とし目を細めて、ぼろ雑巾を絞ったかのような声で、そんなことを言ってきた。だけど不思議なことに、誰でも分かる全てに絶望したようなレイヤーの下に、薄っすらと不気味に微笑を浮かべているようにも思えてしまった。
私が何か言い返す前に、莉央奈は台所を飛び出して、廊下を玄関とは逆の左に曲がっていった。それならこんなに慌てる必要はないのかもしれない。だけど、まあ、私は莉央奈を全力で追いかけていた。おばあちゃんの家を駆け回るなんていつぶりだろうか。これは、微かに童心が混ざった故の行動なのかもしれなかった。
莉央奈は屋上を目指していた。無論、柵はないので簡単に飛び降りることはできる。まあ、莉央奈がそれをしないとは確信している。この家は二階建て、そんな高さから飛び降りても、よほど打ち所が悪くない限り死ねない。そもそも目撃者がいるわけで、即座に救急車を呼ばれてしまう。だから、意外と安らかな気持ちではあった。いやまあ、こんな有様の莉央奈を眼前にして、平静を保てるわけがない。今の気持ちを例えるなら、目の前に虎がいる恐怖ではなく、虎のいる草原を歩かされていて、どこから襲われるか分からないという恐怖である。
「……これで満足?」
莉央奈は淡々とそう尋ねてきた。目の前に背中があるはずなのに、物凄く遠くにいるような気がした。分かり合えていないことを分かっていながら、分かり合わずにここまで来たんだから、当然の錯覚だった。
「概ね満足してるよ。莉央奈さんを安全地帯に連れてこられて。ここなら莉央奈さんを脅かすものは何もない。傷ついた心を癒すのに十分な環境だと思う」
「そう、だよね。玉樹ちゃんはそう言うよね」
「莉央奈さんには、私のおばあちゃんが信用できないのかな?それとも私自身が?えっと、おばあちゃんは元々中学校で英語の先生をやってて、生徒にすごい慕われてて、退職してからも……」
「おばあちゃんのこと、あと玉樹ちゃんのことも、信用できないわけじゃない。むしろ、今まで会った人の中で、一二を争うぐらい親切だよ。それでも私は、ここに居たくない。そう思ってしまう」
莉央奈は自分で言った言葉を訂正するように、俯いたまま首を振った。
「いや、どこにも居たくない」
「その気持ちは尊重したいけど、尊重したら莉央奈さんがいなくなってしまうから、その気持ちを認めるわけにはいかない」
「いいじゃん、それで」
「だから、どれだけの人に迷惑が……」
「死んで妥当な人間なんだから」
「この国で死ぬのが妥当と決められるのは裁判所だけ」
「私は生きるのに向いてない」
「私だって、生きるのに向いてるから生きてるわけじゃない」
「……なんか、ごめんね。普通だったら玉樹ちゃんのこと、鬱陶しいとか思ったりするのかもしれないけど。そんな気も湧いてこない。何かもう、色々おかしいからさ……」
莉央奈は髪にかき上げるように手を入れながら、そんなことを言った。彼女の言葉には抑揚も気力もなく、声を発すること自体が億劫そうだった。悲哀とか嘆きとかいうものはそこには無かった。悲嘆は現状が打破された未来への期待がいびつな形で現れたもので、莉央奈の中には存在しないのである。その空虚を埋めることが、すなわち自殺を止めることで、場所と時間と安全地帯を用意するだけでは足りない。もっと、もっと踏み込まないと。
でも、これ以上私が莉央奈にできることって何なのだろう。何をしたら莉央奈は満たされるのだろう。失敗したくない。違う。失敗したら、莉央奈も世界も不幸になる。締め付けられる胸に自分の拳を強く押し当てて、苦しみを紛らわせた。
「二人とも、屋上に行っちゃったんー?ご飯できたよぉー」
何か言い返さないとって少し深く息を吸ったタイミングで、外階段の下からおばあちゃんの声が聞こえてきた。
「莉央奈さん」
「先に戻っていいよ。一人にしてほしい……」
「でも、ご飯冷めちゃうよ」
「そんなに長くいるつもりは無いから」
昨晩、橋の上でしたように、莉央奈の手をまた掴んで、家の中に連れ戻そうか迷う。でも、冷めたご飯は電子レンジで温め直せばいいし、確かに莉央奈から目を離すのは怖いけど、ここから飛び降りても致命傷にはならないし、屋上にはBBQ用のグリルと机と椅子ぐらいしかなくて、自殺に使えそうな物は見当たらないし、莉央奈の腕を掴むことまでする理由は特になかった。だから、一人で先に居間に戻ることにした。
階段を下りる前に、もう一度後ろを振り返る。莉央奈はその場でしゃがみ込んで、頭を腕の輪の中に入れていた。三等星の髄に、逃避と安息のその先が、揺らめいては消えかける。私たちの翼はとっくに草臥れていて、それでも苦労して飛び立たないといけないのだとしたら、どれだけ美しい鳥瞰があれば、その苦労を忘れられるのだろうか。
「かもん玉樹ちゃん」
「何?おばあちゃん」
莉央奈は信じていた通り、30分ぐらいしたら家の中に戻ってきて、レンジで温め直したお麩のチャンプルーを、夜を持ってきたみたいな暗い顔をしながら、もちゃもちゃ食べていた。そうすることを何者かに強いられるように。莉央奈は何も変わっていなかった。変わらず、命の灯火を消してしまうことに躊躇いがなさそうだった。
で、食事後にダイニングの前を通りかかると、そこでテレビを見てのんびりしているおばあちゃんに手招きされた。
「これ、あげる」
「水族館のペアチケット?」
「玉樹ちゃん、水族館昔から好きだったやさー」
「まあ、好きだけど。気を利かせて取ってくれたの?そこまではしなくていいのに」
「別に買ったわけじゃないよぉ。前にスーパーに買い物しに行った時に、何か当たっちゃってねぇ。じいちゃんなんかと行ってもぼありんぐでしょ」
「魚に関して、じいちゃんは釣り専だもんね……」
「じいちゃんが車出してくれるから、明日にでも莉央奈ちゃんと行っておいで」
「分かった。ありがとう、おばあちゃん」
私はたぶん、多分に笑顔を含んだ表情で、おばあちゃんが手にしているチケットを掴む。これで莉央奈も少しは気が変わるといいんだけど。
「ばあちゃんには、こういう事ぐらいしかしてあげられないから」
「全然、十分すぎるよっ。おばあちゃんがいなかったら、私たちは今頃、路頭に迷ってたわけだし」
「そうじゃなくてだな?いいかい、莉央奈ちゃんを引き留められるのは、玉樹ちゃんだけってことだ。ばあちゃんも大人としてできる限りのことはしてやるけど、一番近くにいられるのは玉樹ちゃんだから。何も、でぃふぃかるとに考える必要はないがね。一緒に楽しんできてなー」
「うん。一緒に楽しんでくる」
私がそう繰り返すと、おばあちゃんはにっこり笑ってチケットから手を離した。ただ安心できるだけじゃ死んでいるのと変わらない。楽しくて早く明日へ進みたいと思えて初めて、生きることのメリットが死ぬことを上回れる。そういうこと……が別におばあちゃんの伝えたいことではないのだろうけど、私にはそれが一抹の望みに見えた。




