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絶滅戦争のそのあとで  作者: とおエイ


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3/4

2話 半年後 アラスカ ②

***


ハロルドの仕事が終わって手が空いたから、私は、入り浸ってるグエンおじいちゃんの作業場へ向かった。


風向きが変わると、鼻の奥に甘ったるい匂いが刺さる。

焚き火の煙とは違う、独特な臭い。

燃料精製をやってる、整備兵のグエンおじいちゃんの作業場。

一人で燃料生成やってくれてるんだけど、あの工程を見るのが楽しいんだよね。


作業場は、基地の中心部にある。

今使ってるのはこのあたりだけだけど、元はこの先もずっと基地が広がってた。

無事だったところだけ、私たちが使ってる。

白い毛が混じった髪が薄くなってきてるのが最近の悩みだって、よくこぼしてる。

怖そうに見えないのが、逆にここじゃ貴重。


Gấu con(ガウ・コン)――ベトナム語で『子グマ』って意味らしい――、今日も元気だなぁ」


片手にマグカップ。もう片手には、古い金属の工具。

ここのみんなが使ってるアルコール燃料の生成を、一人でやってくれてる。

この燃料が、明かりから暖房、煮炊きまで全部に使われてるっていう、ライフラインの要。

もしおじいちゃんが居なかったら、半分も生き残れてなかったと思う。

手伝おうにも、蒸留の臭いとか液の垂れ方って言われてもだれも違いが分からないから、手が出せない。

本人も他人には任せられないって言ってるから、甘えさせてもらってるんだ。


「もー、それ止めてくださいよー。私はナツメですー!」


「ナチュメ……日本語は言いにくいんだよ」


そういいながら手にしたマグの中身を含むと、顔をしかめる。

嘘つき。お年寄りってことは、戦争前からの生き残りだ。

ここに居るんだから、外国語くらいペラペラのハズだ。


「むーー……あれ、お酒ですか?」


「おうよ。アルコール燃料の副産物だ。

 俺くらいになるとこの味で燃料の出来が分かる。

 しかも、飲んでも死なねぇって保証付きだぞ」


「それ保証って言わないですから! もー、飲みすぎちゃダメですよ!」


「飲みすぎるほど飲める味じゃねぇよ。……ああ、普通の酒が飲みてぇ」


そう言いながら、結局また一口飲む。

喉を通った瞬間、顔がきゅっと歪んだ。

……まずいんだ。やっぱり。


この前みたいに寝込んでも、知らないから。


***


「お、クローディアだ、今日は大漁だな!」


外柵を補修してた人が、大きな声を上げた。

海から自分より大きな獲物を抱えたクローディアさんが帰ってきたのが見えたみたい。


この基地にいる私以外の強化兵の一人で、水中適応型。

水中用の専用スーツは前が白で後ろが青。

水中迷彩ってやつらしい。

ウエーブのかかった薄茶の髪を雑に束ねていて、濡れた毛先が凍りかけて白くなっている。

北欧系の美人さんなのに、

伸びた前髪で目が隠れていて、あんまり表情はわからない。

切らないの?って聞いたら、このほうがいいんだって。なんでだろ?


まあとにかく真冬でも安定して食料が調達できてたのは、クローディアさんのおかげだ。


私たちが海へ食料確保に行ったときに偶然出会えたんだけど、第一印象はお互い最悪だった。

だって海の様子見てたら凍った海の氷の間からぬっとびしょ濡れの女の人が出てくるんだよ?

一緒にいた歩兵のセルゲイさんは『ヤツラか!』って発砲しかけるし、クローディアさんはびっくりしてまた潜っちゃうし。

こりゃ逃げちゃったかな……と思ったら。

少し離れた氷の隙間から、目から上だけ出してこっちをじーっと見てる。

(あ、いた)

目が合った瞬間、びくっとしてそのまままた潜る。

……で、また別の場所から、今度はもうちょっと近くで、目だけ出して見てる。

(また出た)

目が合う。

潜る。


「セルゲイさん、こっち見てるけど、どうしよう?」


「……白旗でも振ってみるか」


それから、白旗を振ってる私たちを確認するみたいに少しずつ近づいてきて、話せるようになるまで丸一日かかったんだから。


クローディアさん達みたいな海中型は数も少なくて、基本的に一人で動くことが多いらしい。


所属は私たちと同じアラスカベースなんだけど――

この季節に基地まで行って、もし全滅してたら、

そこから海まで戻る間に凍死する可能性が高い。

だから、行きたいけど残ってる確証もなくて、どうするか困ってたんだって。


私とセルゲイさんがアラスカベースから来たって分かったら、

「一緒に行く」って言ってくれて、

基地に来てからは、2~3日おきに海まで行ってお魚を取ってきてくれるようになったんだ。


今回のは大物らしいから手伝おうと駆け寄ったら、担いでたのはクローディアさんより大きなイルカだった。


「お肉ー!!」


思わず叫んでしまった。

だってお肉っておいしいんだもん!

レーションとは大違いだよ!


「肉ぅぅぅ!?」


「クローディアお前最高!!」


作業してた人たちも駆け寄ってくる。

レーションばかりの生活にクローディアさんのおかげで魚が加わって、さらに今日はお肉まで!

……ほんと助かってるんだよね。

レーションだけだと多分冬は越せなかったし、健康にもよくないって言ってたから。


クローディアさんがマッチョな男たちに囲まれて、あわあわしてる。

しっかりしてるように見えて、人込みが苦手って前に言ってたのを知ってる私は、ちょっと笑ってしまう。


「手伝いますよ!」


「……あ、ありがと…… じゃ、じゃあ、イルカ運ぶ……手伝って」


「はーい!」


これ幸いとばかりにイルカを私と一緒に運んで、人込みから逃げるクローディアさんがちょっとかわいい。


おっにく♪ おっにく♪ おっにくにくー♪

さっかなもいいけどにくもいいー♪


「……ナツメは、いつも、元気だね」


「それが取り柄ですから! クローディアさんはここの人たちまだダメですか?」


クローディアさんもここに来て、もう数か月になる。

そろそろ皆の顔と名前も覚えてると思うんだけど。


「……一人ならいい、でも、いっぱい来ると、どうしていいのか……」


「三人だったじゃないですか」


「一人二人……たくさん。 海の中はいつも一人……」


寂しそうに言うクローディアさんに、どう返していいのかわからなかった……どうしよ、これ……


****


クローディアさんとイルカを運び終えたあと、スーツと体を洗いにいく彼女と別れて、さて次はと歩いていたら、歩兵隊(仮)の皆が集まっていた。


「よしお前ら! 訓練の時間だ!!」


「「「えええーーー!」」」


「やめましょうよぉ! まだ外トレは危険ですってば!」


マッチョな人たちが集まって、ブーイングを上げている。

中心にいるのは身長2メートル級のセルゲイさんだ。


セルゲイさんは本当にでかい。

厚い肩と長い腕、首の後ろの筋肉が縄みたいに盛り上がってる。

顔は彫りが深くて怖そう。

笑っても猛獣が吠えてるみたいにしか見えない。


周りの人たちも皆、原隊は別々のはず。

皆バラバラに、この基地まで生き延びてたどり着いた精鋭たちだ。

いつの間にか、一番古株のセルゲイさんがリーダーみたいになってた。


「うるさい! 俺たち歩兵は体が資本! 体の鈍りは即命に関わるんだぞ!」


「そういわれてもなあ」


「もう本隊もあるかどうかわからないし…」


「やかましい! これからの季節は狩りもできるようになる! 貴様らは魚だけで満足か!」


そのセリフでみんなの目の色が変わった。

次の瞬間、全員がビシっと直立した。


「「「サー! 肉食べたいであります!!」」」


「この辺の野生動物はなんだ!」


「「「サー! ムースとエルク、カリブーであります!!」」」


「俺たちのライバルはなんだ!!」


「「「サー! グリズリーとクズリ、グレイウルフであります!!!」」」


「ならば生存競争に勝つためには何が必要だ!!!」


「「「筋肉! 筋肉!! 筋肉!!!」」」


「よし室内トレーニングで鈍った筋肉に活を入れるぞ! 基地外周ランニング10週!!」


「「「サー! イエッサー!!」」」


……人ってほんと、強いよね。

巻き込まれないうちに逃げよ。


***


午後4時過ぎ、太陽が低くなって、影がやたら長く伸びるころ。

私はグエンのおじいちゃんのところで、燃料生成の工程を眺めていた。


アルコールの粘度の違い――何度見てもよく分からない。

こんなのを感覚で見分けられるおじいちゃん、本当にすごい人だ。


「あ、いたいた、やっぱりここだった。 ナツメー」


白い息と一緒に、見慣れた眼鏡が近づいてきた。ユイだ。


「あれ、ユイ、どうしたの?」


「4番ゲートでパパが待ってるって」


何かあったのかと身構えようとしたところに、あまりの内容に、足元がずるりと滑った。

踏ん張ろうとして、逆に体勢を崩す。


「ちょ、まずっ!?」


精製器に突っ込みそうになるのを必死で捻って避けた結果、今度は壁に顔から突っ込んだ。


「ふぎゃっ!!」


顔を押さえてうずくまる私を見て、グエンのおじいちゃんとユイが声を出して笑っている。


「ヒッヒッヒ、ほれ、さっさと行ってこい」


「いそいだほうが、ぷぷっ、いいと思うあっははははは!」


「ほんなひ笑わなふへもいひひゃないれふかー!!」


必死で機械守ったのにぃ!

痛む鼻を押さえ、涙を浮かべながらそう叫び返して、私は駆けだした。

4番ゲートって時点でだいたい内容は想像つくけど、違ってたら大変だ。


ゲートまで走ると、人だかりと、ひときわ大きな黒い影があった。

そして、その横には――転がったカリブー。


「やっぱりクマタローか」


私が小熊と呼ばれるようになった元凶。

グリズリーのクマタローが、胸を張るように座り込んでいた。


クマタローはでかい。

体長三メートル。

冬毛が少しぼさぼさで、肩に雪を乗せている。


そして。


私を見るなり、クマタローは「フゥン」と鼻を鳴らし、前足でカリブーの死体をぐいっとこちらに押し出した。

犬みたいなでっかいしっぽが振られている幻が見えた気がした。


私に向けられた顔は、


『とってきた! えらい! ほめろ!』


という顔だった。


「……」


肉だしうれしいのは確かなんだけど、どうすりゃいいのこの状態……

言葉が出ない私の代わりに、ランニングを終えたらしいセルゲイさんが、呆れた声を出した。


「おお、ミーシャ。子分が上納に来たぞ」


「だーかーらー! 私はナツメー!!」


抗議すると、近くにいたカイルさんが混乱した顔でセルゲイさんを見る。


カイルさんは最近ここに来たばかりの、孤立した補給隊の生き残りだ。

物資があったとはいえ、あれから半年近く一人で生き延びてた凄い人。

まだここに溶け込みきってなくて、一番軍人っぽく見える。

上着のボタンは揃っていて、装備も比較的新しい。


でも顔色が悪い。

頬がこけていて、目だけがやたら大きく見える。神経質そうな雰囲気が、この集落では少し浮いていた。


まあ、時間の問題だよ。きっと。


セルゲイさんは肩をすくめて、「ああ、こいつにはまだ話してなかったな」という顔で説明し始める。


「クマタローが初めてここに来たときにな。哨戒してたミーシャに喰われかけたんだ」


「わーーー!! わーーー!!

 それ濡れ衣です! 過失! 心神喪失だったので無罪なんですーー!!」


私は全力で手を振って否定した。

だって、あの頃は……初めて軍用レーションと高カロリーカプセル以外のものを食べて、味ってことを知ったばかりだったんだから、しょうがなかったんだよ!!


でもセルゲイさんはお構いなしだ。


「アレが落ちて俺たちがここに住み始めたころでな。

 まだクローディアもいなかったし、

 季節も悪くて食い物は基本毎食レーションだった。

 真冬で、ほとんど昼も来ねえ時期だ。

 そんなレーションの匂いでも、クマタローにはご馳走だったんだろうな。

 柵ぶち破って入り込みやがってよ。

 で、ちょうど見回りしてたミーシャと鉢合わせして──」


私は顔を真っ赤にして叫んだ。


「わーわーわー!!!

 違っ……違うんです!

 チャンさんが熊の手って高級食材って言ってたから!!

 ちょっとどんな味がするのかなーって思っただけ!! それだけなの!!」


言ってて、フォローになってない気がした。

セルゲイさんは愉快そうに肩を揺らす。


「傑作だったぞ。逃げようとするこいつを押さえ込みながら、

 『どんな味なのかなー』ってぶつぶつ言ってるミーシャは。

 で、俺が引っぺがしたら、すごい勢いで逃げてったんだわ」


「あの目は絶対本気だった」と言いたげに、クマタローが「グゥゥ……」と恨めしそうな声を出し、食べないよね?って顔で私の方を見る。


わるかったって、もう食べたりしないって何回も言ったのに。

セルゲイさんが肩をすくめた。


「……それからも何故だか、ちょいちょい来るようになってな。

 大体俺かミーシャが見つけてたんだが……

 今じゃ、ミーシャへの献上品なのか、あの時助けた俺へのお礼なのかよくわかんねえけど、

 こうして時々、獲物のおすそわけに来るんだよ」


クマタローは私の顔をちらっと確認すると、もう一度カリブーを前足で押した。

……はいはい、分かりましたよ。


「え、えっと……ありがと。クマタロー」


そう言って頭を撫でると、巨体を縮めて、鼻を摺り寄せてくる。


「な、懐いてる……?」


カイルさんが、信じられないものを見る目で呟いた。


「懐いてるってより、完全にボス扱いだな」


……解せぬ。


説明を聞いてもどういう顔していいかわからないって顔のカイルさんと、「そりゃわからねえよな」って笑ってるセルゲイさん。


「でも、グリズリーってそんなに頭いいんですか?」


「ふつうはそんなことはないハズなんだがなあ。

 でも昔、ロシアにも軍属の熊がいたらしいし……」


「ひょっとしたら知性化個体だったりして」


「なんだそりゃ?」


「動物連隊とかの生き残りとか」


「……なんだそりゃ?」


「……忘れてください」


なんか話し込んでるセルゲイさんとカイルさん。


それを尻目に、カリブーのお礼替わりにレーションをいくつか開けてやると、クマタローはそれを一気に平らげた。

口のまわりをぺろりと舐めると、『またくる!』という顔で振り返りながら帰っていく。

満足そうな顔してるけど、あんな不味いレーション、うれしいのかな?

……珍味ってやつ?


その後姿を見送っていると、低い太陽が地平線をなぞるみたいに沈んでいく。

空が赤くなってきて、さっきまでより一気に空気が冷たくなった。


サイレンが鳴って、アルコール燃料のガスライトが順番に点き始める。

黄色い光がふわっと広がって、赤い空と混ざる。

雪の上に長い影が伸びていく。


電気じゃない光は、やけにあたたかく見えた。


「お、夕飯か」


「あ、サーモンの匂いするぞ!」


「やべぇ、遅れると医長に怒られっから急げ!」


さっきまで笑っていたみんなが、何事もなかったみたいに一斉に走り出した。

歩兵隊の連中がカリブーの脚を掴んで解体場へ引きずっていく。

足音が雪を蹴って、息が白い線になって伸びていく。

戦闘がなくても、すっぽかすと怒られるのは変わらないらしい。


クマタローのでかい背中が、ゆっくりと森のほうへ小さくなっていく。

……ちょっとだけ、寂しい。


セルゲイさんもクマタローが帰ってくのを見届けて、私と食堂へ向かう。


「ほらミーシャ! ちびっ子はちゃんと食わないとメリハリつかねえぞ!」


「ちょ、クマタローの件は!? まだ私の誤解と尊厳があああ!!」


「そんな大したもん元々ねえだろ。はい駆け足!」


ガス灯の薄い光の下で、私の抗議だけが風にさらわれていった。


***


食堂に入ると、奥から黒髪の頭がこちらに向かってきた。

ユイだ。——兵科は通信兵だけど、今は無線機が使えない。だから在庫管理とか、だいたい全部のややこしい仕事に絡んでいる。


肩口までのセミロングの黒髪の自称日本人。

コンタクトは無くなるし割れるからって、いつも度の強い眼鏡をかけてて、笑い方も独特。

でも慣れると、これがなかなか面白い。


「あ、ユイ! さっきはよくも!?」


「あれ、パパはダメだった? 弟のほうがよかったかな?」


ニヤニヤ笑う顔はチェシャ猫そっくりだってみんな言ってる。どんな猫なんだろ。


「実際は子分だけどな」


と、余計なツッコミがセルゲイさんから入る。うるさい。


「もう、一回ちゃんと話をつける必要がありそうだよね」


精一杯の迫力を込めて、ユイに言ったつもりだった。


「そんなこと言っていいのかなー?」


ユイのニヤニヤ笑いがさらに深くなる。


「新作、できたんだけどなー」


「ごめんなさいパパでいいですなんでもいいですからお願いですユイさまぁぁぁ!」


あの続き……司令と参謀長……尊い……。

戦争中は漫画なんて読んだこともなかったから、初めてみた時の衝撃は凄かった。

これだけのためにも生きててよかったと思ったくらいだ。

ユイの話だと、私たちの母国、日本ではこんなものじゃなかったらしい。


「今どのくらい残ってるのかはわからないけど、絶対絶滅はしてないはず!」


よくわからないけど言い切るユイの目は真剣で、絶対帰ろうと心に誓った。


「おーい、ミーシャ、冷めるぞ?」


セルゲイさんに呼ばれて我に返った。


「あ、すぐ行きまーす。じゃあユイ、後で行くから!」


「おっけー。クローディアさんは呼ぶ?」


この間数ページ読んだら真っ赤になって逃げちゃったしなあ……でも。


「声だけかけてあげてほしいかな」


ここで数少ない女性仲間だし。


「りょーかい」


食堂を出ていくユイの姿を見送って、席に着く。

今日のメニューはサーモンの塩焼きとスープ、あと缶詰のパン。

おいしそうだけど、なんか忘れてるような……。

と思って、何だろうと思いだそうとしてたら、汚れた作業服が食堂を出ていくところだった。


あーー! ハロルド!!! 一品ーーー!!!!

私に気づいた瞬間、即ダッシュで逃げていった。

あんにゃろう、次にあったらなんか徴収してやる!!


でも今日のご飯に罪はナシ。

いただきまーす!


***

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