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地導の使者 覚醒編  作者: 空を飛ぶジンベエザメ
第五章 襲撃の真相
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2, 灰の風

丘を駆け登る二人のほうを一度たりとも振り返ることなく、チェナは収めた刀を抜き臨戦態勢を取る。灰色の人物もそれに呼応するかのように気色が悪い程に滑らかな動きで懐から短剣を取り出し、変わらずこちらに近づいてくる。また短剣を握るその腕には、螺旋を模した夥しい数の黒い刺青が入っていた。あと互いの間合いまで数十歩といったところで、それは足を止める。


「…やはり盗賊風情では役不足だったか。あの距離で俺の気配を感じ取るあたり只者ではないとは思っていたが…まあいい。俺も下品な奴らと共にお前らを追うのにはうんざりしていたところだ」


頭巾の影から発せられたその声は溢れ出る殺気には相応しくない、とても若いものだった。顔の上半分を覆っているおかげで顔の全容を知ることは出来ないが、頭巾から覗く下あごとその輪郭から見ても、それがシャルやチェナと同じくらいの青年であることは明確であった。


「…一つ、あんたに聞きたいことがあるわ」


刀をぴたりと男に向け、チェナはいつかのシャルに対して発した、氷柱のように冷たく鋭い声で問いを投げかける。


「何だ」


「あいつらとあんたが仲間なら、何故束になって私を襲わなかった?あの場にあんたが混じっていれば、私は無傷では済まなかったはずよ」


「言っただろう。奴らは俺にとって邪魔でしかなかった。お前のような小娘一人にまとめて斬られるようではかえって俺の足手まといになるだけだ」


「……フフッ」


その答えを聞いたチェナは、不敵な笑いをこぼした。


「…何が可笑しい」


「思った通りの返答をしてくれたのが可笑しかったのよ。それに、あんたは真の『灰の風』ではないことが分かったから嬉しくてつい、ね。彼らの技術と見てくれだけで強くなった気がしているあんたに、私を斬ることは出来ないわ」


「どういうことだ」


「本当の灰の風なら私に気取られることなく尾行を成功させ、あの盗賊達と刃を交えたその瞬間、背後から私を弓で射っていた。最小限の労力で、確実に目標を殺す、それが灰の風のやり方。でも、あんたはその機会が何度もあったのにわざわざお仲間さんを私にけしかけて返り討ちにされた挙句、堂々と歩いて私達の前に姿を現し、今は殺すべき相手と仲良くお喋りしている。そんなことをして、あんた達の『火種』はどんな顔をするのかしらね?」


「…クックック」


チェナの言葉を静かに聞いていた男はそこで、不気味に笑い出した。


「お前のような小娘の口から我らが頭領の名が出るとは驚きだ。あぁそうだ、お前の言う通りお前を卑劣な手で殺し、腑抜けの行商共から荷を奪うだけなら俺の仕事は赤子の手をひねるよりも簡単だ。だが女、冥土の土産に一ついいことを教えてやる。俺は未熟故に、のこのこお前の前に現れた訳でない。俺達の目的はあくまで、“行商の運ぶ荷”だからな。…ここまで言えばお前が俺をここで迎え撃とうとしたことがどれだけ愚かなことか、分かるだろう?」


(……!!)


それを聞いた時、チェナの顔からサッと血の気が引いた。そして思わずシャル達が登っていった丘のほうに僅かに意識を向けてしまう。


ガキーンッ!!


チェナの刀と男の短剣が火花を僅かに立てて、激しくぶつかり合う。男はチェナの意識がそれたのを見逃さず、一瞬で間合いを詰め短剣を彼女に突き立てようとした。しかしチェナも男が踏み込んだその時、瞬時に全神経を男のほうに戻し、攻撃を防いだ。刃を交えながら二人は互いを睨み合う。


「見事。お前のように若くて殺し甲斐のあるやつなどそうはいない。…さぁ、死合いといこうか」


「舐めるなっ!」


チェナは刀を素早く押し上げて男の短剣を外すと、斜めに斬り下ろす。しかし男はいとも容易くそれを躱し、突きを主体にした連撃を繰り出してきた。的確に急所を狙ってくるそれを、チェナは必死の形相で弾き、いなす。


「どうした、その程度か。守りの腕は確かなようだが、それではいつまでも俺は倒せぬぞ?」


再び鍔迫り合いになった時、男が挑発するようにチェナに語り掛けた。


「馬鹿にしないでもらえる?こちとらまだ肩慣らしにもなっていないわ」


「ふん、そうは見えぬがな」


勝気にそう答えるチェナの声には連戦の影響か、明らかに疲労の色が混じっていた。チェナは、今度は全身を回転させて短剣を弾くと、その回転の勢いを活かし、男の脇腹に向かって後ろ回し蹴りを放った。しかし男は垂直に高く飛んでこれを躱す。だが男が跳んだことを確かめたチェナは刀を肩に担ぐように構え、昨日荷車に跳び乗った際と同じような高速移動で空中の男に跳びかかった。


「なにっ!?」


男はとっさに短剣を空中で構え防御の姿勢を取る。しかし余りにも予想外かつ、人間離れしたその動きに動揺した男は反応が大幅に遅れた。そこに跳躍で勢いのついたチェナの一閃が叩き込まれる。


男はすんでのところで攻撃を受け止めたが、空中で攻撃されたことで体勢を崩され、受け身を取りつつも半ば落ちるような形で地面に着地した。一方のチェナは渾身の一撃が受け止められたにもかかわらず全く怯むことなく、着地した途端男に向かって刺突を放つ。


「ぐっ…」


男は咄嗟に全身を回転させた。その動きに伴い、刀身に対して垂直に当てる形で蹴りを放つ。刺突に足を当てられたチェナは攻撃を外し大きく体勢を崩してしまう。その隙に男は立ち上がり短剣を構える。


「今のは驚いたぞ。どうやら肩慣らしは終わったようだな」


少し上ずった声で男はチェナにそう話す。だがその声は動揺というよりは、喜びに近いものだった。まるで、強敵との戦闘を楽しんでいるかのようだ。


(不味いわ…。今の攻撃が防がれるなら、刀であいつは倒せないかもしれない…)


そんな男とは対照的に、チェナは強い焦りを感じていた。男が言っていたことが“はったり”でないとしたら、チャナは急いでシャル達のもとに戻らなければならない。その為にも目の前の男を一刻も早く片付けなければ。


(直ぐに決着をつけるなら地導を使うしかない…。それだと刀が邪魔だ。だけど今ここで刀を鞘に収めたり捨てたりしたら絶対に警戒されてしまう…)


チェナは再び刀を構える。


(さっきあいつは私の蹴りを真上に跳んで避けた。あいつが灰の風、その技術を多少でも会得しているのなら、あの時私の攻撃がなければそのまま“あれ”を使うつもりだったはず…。ならば…!)


何かを閃いたチェナはこちらから攻撃を仕掛けた。だが次々と放たれるチェナの斬撃を男は軽々と弾き、その隙を狙って正確な刺突を放ってくる。そんな攻撃の一つが、刀がずれ、無防備になったチェナの喉元に向かって飛んできた。


(これだ…!)


チェナはそれをのけぞるようにして避けると、屈むように素早く体勢を下げつつ男に向けたて足払いを放った。そして予想通り、男は再び垂直に跳ぶ。しかしチェナは、今度は追撃をせず、膝立ちの体勢で受け太刀をしようとした。それを見た男は頭巾から覗く口をにやりと僅かに歪ませると、短剣を持っていない左腕を勢いよく高く伸ばし、上半身をのけぞらせた。その瞬間、振り上げられた左手にギラリと光る何かが握られる。それを見たチェナは刀を構えつつ、体重を後ろにかけた。だが、時すでに遅し、水平になった刀身に向かって光る何かを持った男の左手が勢いよく振り下ろされた。


ガキィン!という音が辺りに響き渡る。そして、後転で男と距離を取ったチェナの手には、刀身の中ほどで真っ二つに折れた刀が握られていた。一方、全体重をかけて振り下ろされた男の左手には、黒く、重厚感のある刃が取り付けられた戦斧があった。もし後ろに下がらずまともに受け太刀をしていたら、チェナの頭はあの斧で刀ごと叩き割られていただろう。


これが、かつて西ノ国の騎馬兵と対等に渡り合った灰の風の戦闘技術であった。鍛え上げられた脚力は平地では勿論の事、馬が機動力を発揮しにくい岩山や入り組んだ地形でも抜群の瞬発性を持ち、騎馬兵をかく乱出来た。そして近接戦では短剣を用いた高速の連撃で相手に隙を作り、その隙に隠し持った斧や槌による重撃を叩き込むことで鎧越しに相手を絶命させる。高い位置にある騎馬兵に対しても、その持ち前の脚力で攻撃が届く位置まで跳び上がり、即座に致命傷を与えることが出来たのだ。


「良い勘をしているな。ここで殺してしまうには惜しい程だ」


男はゆっくりと立ち上がる。その左手には既に先程の斧は無かった。


「さて、刀を失ったお前にもう勝ち目は無い。俺はもう十分楽しませてもらった。大人しく敗北を認めれば、苦しまずに…」


そこで男は口を閉じた。すくっと立ち上がったチェナが折られた刀の柄をぽいっと捨てると、拳を握り、組み手の構えをしたからだ。その目には、力強い闘志が、猛る炎のように宿っている。


「いい甲斐性だ。ならば最後まで付き合ってやる」


短剣をぐっと握り直すと、男はチェナを見据え攻撃の機会を伺う。が、そこで男は奇妙なことに気付く。


(この女、素手になった途端に隙が減った…。どういうことだ?)


武器を用いて防御をしていたなら、それが失われれば付け入る隙は増えるのは必然のはずだ。だが素手になったチェナは刀を握っていた時よりも隙が増えるどころか、ずっと洗練され、研ぎ澄まされた気迫を放っていたのだ。


(追い詰められて自棄になった訳では無い。そのような者にこのような気は決して出せぬ…。多少の粗があったとはいえ俺の動きについてきた身のこなしといい、この女、やはり只者では無い)


男はそう確信すると右足をゆっくりと下げると共に腰をぐっと深く降ろす。


(次の一撃で喉を掻っ切る。躱されたとしても二撃目以降を防ぐ手立ては無い)


右足に力を溜めた男は短剣をチェナの首に向け、溜めた力を一気に解放して地面を蹴ると一直線に突進していった。刃が突き出され、チェナの喉元に光が飛ぶ。武器の無いチャナはそれを躱すしかない。だが相対する者の次の行動が割れている以上、追撃は容易い。勝負がつくのは時間の問題だった。


眼前の娘が只の人間であったのなら、の話だが。


チェナは男が動き始めたその瞬間に左手の握りこぶしを解き、代わりに手刀を作って自身の首の前に掲げる。そしてその手刀に地導を纏うと掌で迫り来る切っ先を受け止めた。


「な、素手で止めただとっ!?」


籠手のような防具も何も身に着けていない、生身の掌で渾身の一撃を防がれた男は、今度こそ、動揺から生まれた、上ずった声を漏らす。そしてその時点で決着はついているようなものだった。チェナは男が自身の間合いから出ようとするよりも早く手刀を前方に少し滑らすと共に硬化を解除し、短剣を握る男の手首をがっしりと掴み、強い力で引き寄せた。


「うおっ!?」


続いてチェナは防御の姿勢を取る際に左腕の下に収めていた右肘を、引き寄せた男の顔面に勢いよく叩き込む。額に肘打ちを受けた男は激痛と共に、目の前が明滅する白い光に包まれる。だがチェナはそれで終わらず、ふらふらと後ずさりする男の外套を掴み、背負い投げを見舞った。肘打ちに悶えていた男は受け身を取る暇など無く、されるがままに宙を舞い、地面に勢いよく叩きつけられる。


「がっは…!」


額に続き、背にも強烈な衝撃を受けた男は辛うじて意識を残しつつも、地面に大の字で転がる。そして、ようやく視界が回復してきた男の目には、固く握られたチェナの拳が迫っていた。


「あんたの意識を奪う前にもう一つ聞きたいことがある」


「…何だ」


焦点の合っていない虚ろな目で、男はチェナを見る。


「何故今になってあんた達が東ノ国にいるの?」


「クックックッ…」


その問いに対して、男は再度不気味な笑い声を上げる。


「我ら『灰の風』は、それを生む灯火が消えぬ限り何度でも蘇る。そして忌々しい貴様ら緑目の民からルハバを取り戻すのだ」


「…もういいわ。さようなら」


チェナは最後にそう言い放ち、拳を振り上げると、体重をかけて男の額に再び打撃を加えた。

石で強く殴られたかのような一撃を受けた男は、一瞬全身をビクンと大きく震わせたが、それきりピクリとも動かなくなった。男の意識が完全に途絶えたことを確かめたチェナはまず男の腕を取った。


彼の腕を彩る螺旋模様の刺青は、かつて西ノ国を恐怖に陥れた象徴ではあるが、それ単体で見るなら美術的な価値すら感じ取れる見事なものであった。そんな刺青を、チェナは汗で濡れた掌で強く擦る。すると本来なら消えるはずの無い刺青が、彼女が擦った部分だけ滲み、擦れた跡を残した。そう、男の腕にあったものは刺青などではなく、炭か何かで描かれたただの模様であったのだ。


次にチェナは、男の被っていた頭巾を外す。頭巾が取れ、露わになったその顔はやはりシャルと同じくらいの青年であった。男の顔の全貌を見たチェナは表情を変えず、光を失った男の目を見る。先程男は緑の瞳を持つ人間達を忌々しいと言った。しかしチェナが見た男の目はシャルやその他多くの人々と同じ、緑色であった。


「やっぱりこいつは灰の風ではない。大方、才能を見出された宿場町育ちの青年ってところかしら。でも、それならこいつを攫い、心を支配した元凶が必ずいるはず。それさえ見つければ…もしかしたら…」


そこでチェナは自分に言い聞かせるように首を横に振る。


「いいえ、あまり期待しないほうがいいわね。それよりも急いで皆のもとに帰らないと…!」


既に陽は落ちかけ、周囲には夜のとばりが降りようとしている。ゴウがチェナの指示にしっかり従っていたならば、彼女と彼らの距離はもうかなり離れているはずだ。彼女の足であったスイもゴウが連れて行ってしまっていた。


(今の戦闘で体力をかなり使ってしまった。でも、走ってでも皆に追いつかないと…)


そう思ったその時、チェナは馬具を付けた栗毛の馬が一頭、丘を越えてこちらに走ってくるのを見つけた。


「スイ!!」


駆けてくるそれがスイであることは彼女の目には直ぐに分かった。喜びと安堵のあまり、チェナは大声でスイの名を呼ぶ。その声を聞いてスイは更に速度を上げて彼女に駆け寄る。


「戻ってきてくれたんだね、ありがとうスイ!お前は本当に賢いね…!」


駆け寄ってきたスイに声をかけながらチェナは首回りを優しく撫でてやる。それが心地よいのか、スイは満足げに目を細めた。


「それじゃ、もう一仕事だよ。シャル達のところまでお願い」


チェナはスイのあぶみに足を乗せようとする。しかしスイはそれを拒否するかのようにトコトコとその場で回り、自分が駆け下りてきた丘のほうを見上げ始めた。


「どうしたのスイ…」


その行動を奇妙に思ったチェナはスイの見上げる方向を見て、そして息を飲んだ。彼女らの目線の先には丘の稜線に沿って、馬に乗った十人程の男達が隊列を組んでいたのだ。男達は皆黒い楔帷子くさりかたびらを身に着けており、各々鎧と同じように鞘が漆黒に染められた刀を両腰に差し、更に背には細長い青銅製の円柱のようなものを二本背負っている。それらの装備を見ても、彼らはチェナが斬った盗賊やその類ではない。


そんな彼らの内、一際大柄の男が一歩前に進み出る。その男は他の者が刀で武装しているのに対し、彼だけはその巨躯に合った、巨大な槍を肩に担いでいた。


「あれは…」


スイの手綱を握りながら、薄暗闇からゆっくりと近づいてくるそれらの影をチェナはじっと見つめていた。


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