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地導の使者 覚醒編  作者: 空を飛ぶジンベエザメ
第四章 里へ向かう旅路
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2, 行商達

「おう嬢ちゃん。坊ちゃんを連れて戻ったみたいだな。全く、急に血相変えて走り出すもんだからびっくりしたぜ。坊ちゃんよ、村の友人は無事だったか?」


チェナと共に戻って来たシャルを、行商達は特に不審がる様子もなく迎えてくれた。どうやらシャルが王宮に走り去っていった際にチェナが「ケハノ村に友人がいるから心配で居ても立っても居られなくなった」と話してくれていたらしい。


「はい、友人は無事でした。それよりも、先程は急に居なくなったりして申し訳ありませんでした」


気前よく話しかけてくれたはげの行商に、シャルは頭を下げる。いくら無我夢中になっていたとはいえ、彼の行いは戦えない彼を雑用としてでも雇ってくれた行商達の信頼を損ねかねない行為だ。


「まぁ顔を上げな坊ちゃん、別に俺達は気にしちゃいねぇさ。これからの旅路で仕事をしてくれりゃ何も問題ねぇよ。それに、ヤイノの言葉を聞いた途端に動き出しちまったその気概、俺は嫌いじゃねぇぜ」


行商はしかし、シャルの行動を咎めることは無く、荷車から降りると、彼の前に立ちその腕を差し出した。顔を上げたシャルの目に入ってきた行商のごつごつとした右腕は、かつて自分の頭を良く撫でてくれた父親の面影を感じさせるものであった。


「俺の名前はゴウだ。改めてよろしく頼むぜ、坊ちゃん」


シャルは差し出された手を握り、ゴウと握手を交わす。


「ありがとうございます!僕はシャルと言います。こちらこそよろしくお願いします!」


「おうよ。それじゃあこれからは坊ちゃんじゃなくて名前で呼ばせてもらうぜ」


ゴウは昼間に見せた笑顔を浮かべると


「ほれ、お前らも自己紹介だ」


と背後の仲間達に話しかけた。その声に応じて、先程から小さく動いていた三つの人影がゴウと同じように荷車の上から降りて来る。


「よう坊主、待ってたぜ。俺はムツイだ、よろしくな。お前の姉ちゃんと違ってお前は雑用担当だからな、しっかり使い倒してやるから覚悟しておけよ」


ムツイと名乗った背の高い若い男は、髪を短く刈上げ、生真面目そうな顔をしていた。シャルに舐められたくないのか、はたまたただ眠いだけなのか、優しそうな垂れ目を不自然なまでに吊り上げている。


「私はシイよ、これからよろしくね!いやー、それにしてもあなたのお姉さんには感謝しかないわ。チェナちゃんが倒したあいつ、がたいと腕っぷしだけでお頭のほうはからっきしって感じだったもん!おまけに口も悪いし酒臭いしでうんざり!全く、相変わらずうちの親分は用心棒を見る目が無いこと無いこと。そうそう、この間なんてね…」


「おいこらシイ、それ以上余計なこと喋るな。それにこの間のことは予期せぬことだったって何度も言っているじゃねぇか」


ゴウに釘を刺され、罰が悪そうに苦笑いを浮かべるシイはムツイと同じくらいの年でチェナと同じくらいに髪を短く揃えたお喋りな女だった。


「自分はヤイノって言います。まだ見習いの行商ですが、シャルさんはお姉さんの仕事を見るために初めて東ノ国に来たって聞きました。分からないことがあれば自分にも遠慮なく聞いて下さいね!」


最後に名乗ったヤイノは、昼間にゴウに王宮で起きている事を伝えた青年で、四人の中で最も若く、年齢もシャルよりも二、三つ程若かった。屈託のない笑顔でシャルと握手をするヤイノは昼間に会った時とは違い頭に布を巻いており、先程まで荷を引く牛達の世話でもしていたのか、体からは微かに獣の臭いが漂っている。自己紹介を終えた三人に対し、シャルは改めて名乗り、これからもよろしくお願いしますと頭を下げる。その様子を既に荷車の上に登っていたゴウが満足げに眺めていた。


「はっはっ!随分と礼儀の良い新人が入ってきたな。用心棒ってのは金さえ貰えりゃ後は最低限の礼儀すら弁えない連中も多いからな、シャルみたいな若くてしっかり頭を下げられる奴は新鮮だ。それにお前の姉ちゃんもとんでもねぇ強さだしな。うん、これは中々面白い仕事になりそうだ」


「あの膝蹴りは凄かったよね!そうだ!ねぇチェナちゃん、旅の途中で時間があればさ、私にも武術を教えてもらえないかな?女でもあれだけ強くなれるなら私もチェナちゃんみたいになれるかも!そしたら親分がもう用心棒の目利きの無さで悩むこともなくなるだろうし?」


「しつこいぞシイ!!若い連中が来たからって調子に乗るんじゃねぇ!次また変なことを二人に吹き込もうとしたら今度こそ馬糞の山にぶち込んでやるからな!!」


懲りずにゴウの事を茶化すシイを、ゴウは大きな声で怒鳴るが彼女は


「ひぃ~怖い怖い」


と軽くいなして全く反省する素振りを見せない。そんな二人を、ムツイはやれやれと言った感じで眺め、ヤイノはけたけたと笑いながら見ていた。どうやらこの連中にとってこのやり取りは日常茶飯事らしい。その様子をシャルとチェナの二人は先程のシイが浮かべていたような苦笑いをして見ていた。


「…さて、早速だがシャル、チェナ。お前たちに仕事を与える。と、その前にシャル。お前さんにはこれを渡しておこう」


しばらくシイをどやしていたゴウだったが、それが済むとゴウはシャルに向けて一つの包みを投げた。荷車の上から放り投げられたそれを受け取り、包みを開くと中にはさらさらした手触りの、白い襟巻きが入っていた。


「旅人用の襟巻きだ。戦わないとはいえシャルにとってはこれが初めての仕事だろう?そんなお前さんに、俺達からの贈り物だ」


「わぁ!ありがとうございます!!」


ゴウから貰った襟巻きをシャルは早速首に纏ってみる。羊毛で出来たそれは少しシャルの体には大きかったが、それが返って不思議な安心感を彼に与えてくれた。


「おー、それっぽくなったじゃん!似合ってるよ!」

襟巻きを纏ったシャルをシイが変わらぬ口調で囃す。


「旦那がこんなに気前がいいのも珍しいな。大事に使えよ」


ムツイもシイに続いて、その吊り上げた目を少し緩めてシャルを見る。


「自分が巻いているこの布も旦那のところに初めて弟子入りした時に貰ったんです!へへっ、何だか自分、後輩が出来たみたいです!」


ヤイノが自分の頭に巻いている、少しごわごわした布を指さして嬉しそうに笑う。その様を見てシャルも一緒に微笑んでいると隣にいたチェナもおもむろに彼の肩に手を置き静かに


「良かったじゃない。似合っているわよ」


と微笑を浮かべる。


「よし、新人への贈り物も済んだところで…」


ゴウはそう言いながら荷車の上に立つ。


「改めて二人に仕事を与える。お前たちの最初の仕事…それはしっかり寝る事だ」


「…へ?寝る、こと?」

ゴウのもったいぶった話し方に身構えていたシャルは、思いもよらない仕事内容に拍子抜けした。


「いくら都の兵の巡回があるとはいえ、無理に夜に動けば盗賊に襲われる危険があるからな。それに今回は御触書のせいで新道を使えない。ケハノ村にも入れない以上山に入るまでに十分体力を残しておかなくちゃな。だから俺達の出立も明日になってからだ。まぁ、既に関所は閉じているから直ぐに出ようにも出られないが」


拍子抜けしたシャルに、ムツイが与えられた仕事の理由を説明する。


「だけど本当にケハノ村が襲われたなんて今でも信じられないな。皇帝の御触れで立ち入りが禁じられるくらいだから本当のことなんだろうけど、これからどうなるんだろう」


「そうだな…。あの御触れのせいで今都にいる行商の殆どは山越えを諦めるそうだ。これほど交易に支障が出るのは二十三年前の『灰の風』の時以来だ。まぁ、そのおかげで商売敵が減るのはありがたい話ではあるが…」


複雑な表情を浮かべたゴウのそんな言葉に、チェナが唐突に反応した。


「あの、ゴウさん。それじゃ、あなたは『灰の風』の動乱の生き残り、ということですか?」

急に問いを投げかけられたゴウは少し困惑した様子を見せたが、


「おうそうだ」


と答える。


「あれは本当に酷かった。俺の行商仲間も大勢奴らやその配下の盗賊共に殺されてな、おまけに例え生き残っても無理やり奴らの略奪に加担させられたりしてとても手が付けられねぇ状態だった…もしかしてチェナ達もあれのせいで人生をおかしくされちまったクチか?」


「いえ、そういう訳ではないんですが…」


そんなやり取りをするチェナとゴウの間にヤイノが無邪気な声で割って入る。


「旦那、『灰の風』って何ですか?」


「んあ?あぁそうか、ヤイノは丁度西ノ国の大陸統一の年の生まれか。なら知らなくても無理はないか」


ゴウの言葉に、ヤイノは申し訳なさそうに肩を竦めると申し訳なさそうに


「はい、恥ずかしながら。何か、俺達の仕事に関わることなんでしょうか?」


と答える。


「まぁ一切関わりが無い、と言っちゃあ嘘になる。それにこれは不吉として行商達の間ではあまり話さないようになってはいるが…。だが折角の機会だ、これを機にお前が行商の見習いとしてここに立てているのは先人達の貴い犠牲があってこそということを教えてやろう」


そう言うとゴウは荷車の上に座るとヤイノに向かって「灰の風」について話し出した。


「灰の風ってのは、西ノ国が最後に征服した草ノ大陸の西端にあるルハバっていう国が抱えていた戦士達の名前だ。西ノ国が最後までこの国を攻めあぐねていたのもこいつらが各地で暗躍して情報を色々とかき乱していたおかげだった。まぁ結局、ルハバは西ノ国の物量に押し負けて征服されちまうわけなんだが、ここでもこの灰の風が立ちはだかってな、西ノ国の騎馬兵団を真正面から相手して獅子奮迅の戦いをしたそうだ。そして挙句にはルハバの都が陥落したと知った途端、灰の風達は直ぐに武器を捨て、まさに風のように戦場から姿を消したという。そのせいで西ノ国は草ノ大陸の全ての国を支配することが出来たものの、最後の国の最高戦力の殆どを討ち取ることが出来ずに終わるという後味の悪い戦果になったんだ」


「へぇ、あの西ノ国でも苦戦するような戦いがあったんですね。でも、そしたら逃げた『灰の風』は一体?」


「あぁ、そこからが問題だったんだ。奴らは国を抜け出した後に西ノ国の目が届かぬ場所で集結し、祖国を征服したことへの報復と、その祖国の再興を目指し再び西ノ国へ牙を剥くことになる。灰の風は人を殺める能力もさることながら、薬学にも長けていてな、特別な毒薬を用いて人の心を操り、他国の敗残兵や襲った行商を仲間に引き入れ、更には西ノ国の支配下にある小国を襲撃し、そこに住む若者を攫ってはその心を支配し、自分達と同じルハバの為に命を賭す戦士として錯覚させたんだ。こうやって力をつけた奴らは自ら大規模な盗賊団を名乗り、道行く行商達を片端から襲い、奪い、殺し、そして見込みのある者を戦力として引き込んでいった。奴らが盗賊として跋扈したことで行商達は恐れおののき、多くの者が荷を運ぶことを控えるようになってしまってな、これは当時草ノ大陸に道路や宿場町を作り交易を活発化しようとしていた西ノ国だけでなく、東西両国交易協定の下、積極的に交易を行っていた東ノ国にも大きな脅威となった。だから両国は互いに戦力を出し合って討伐隊を結成して『風狩り』の名の下、二年という歳月をかけて『灰の風』を狩り尽くしたって訳だ」


ゴウの話に夢中で耳を傾けていたヤイノは、彼が話し終えると


「それじゃあ旦那の言う通り、今こうして行商として自分達がいられる前に多くの命が犠牲になっていたんですね…。くぅ~、そんなことも知らずに今まで仕事をしていたなんて…!旦那、教えて下さりありがとうございます!自分もこれからもっと成長して、先人達に誇れる行商になります!」


と元気よく声を上げた。


「頑張れよヤイノ。だが、灰の風に関しては今まで知らなかったことを恥じる事は無いぞ。さっき旦那が言ったように、俺達行商の間では基本的にこんな暗い話をわざわざ若い見習い達に話すことは避けてようにしているからな」


「それにね、灰の風は何も悪いことばかりもたらした訳じゃないの。風狩りには帝の腕を始めとした東ノ国の多くの戦力が投入されたんだけど、そこで西ノ国と一緒に二年間戦い抜いたことで建国以降戦争をしてこなかった東ノ国の兵力は格段に向上したのよ。今の軍部重臣のトルクさんだって帝の腕として風狩りに参加して、そこで凄い戦果をあげたことで重臣にまでなれたんだから!」


意気込むヤイノに対し、ムツイとシイの二人も励ましの言葉を投げる。


「…さて、昔話をしていたら時間を食っちまったな。これ以上起きていても仕方ねぇ、さっさと寝るとしよう。二人は一番後ろにある荷車を使ってくれ。それじゃあ、一同おやすみ!」


そう言うとゴウは自分が腰かける荷車の荷の隅に器用に体を収めると、早くもそこで寝息を立て始めた。


「おやすみ。二人とも明日からよろしくな」


「いい夢をね!」


「おやすみなさい!」


それに続いて残りの三人も前の二台の荷車によじ登り、思い思いの場所と体勢で目を瞑った。


「…私達も寝ましょう」


「…そうだね」


ゴウたちが「灰の風」の話をし始めてから、どこか元気が無いチェナを不思議に思いながらもシャルは彼女に続いて荷車に登り、先程ゴウから貰った襟巻きを布団代わりに体にかけ、荷の一つにもたれかかった。


すぐ横を見るとチェナも同じように荷に寄りかかっていたが、彼女は何故か眠ろうとせずに掌の中で何かを転がすような仕草をしていた。それを不思議に思ったシャルは彼女に話しかけようと体を起こす。しかしチェナはそれを察したのか


「ほら、早く寝なさい。明日から忙しいのよ。私の事は気にしなくていいから」


と、まるで話しかけられることを見透かしたかのような発言をした。それに怯んだシャルは

「う、うん。ごめん」


と申し訳なさそうに小さく返事をすると再び荷に体を預け、やがて眠りについた。


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