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地導の使者 覚醒編  作者: 空を飛ぶジンベエザメ
第三章 東ノ国(ルウ・ゼン)
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5, 戻れぬ道へ

「父さん…じいさん…」


シャルが他の村人とも再会を喜んだ後に数人の村人とセナと共に訪れていたのは王宮の地下室。そこには既に手遅れとなった村人と護衛兵の遺体が静かに安置されていた。チムとムイの姿は、その中にあった。


シャルは本人達であることを確かめる為に、二人の顔に掛かっている白い布を外し、そして思わず、顔を引きつらしてしまった。彼らの顔はまるでこん棒で滅多打ちにされたかのように大きくはれ上がり、異様な形に変形していたからだ。


母との再会で安堵に満ちていた心が、暗く冷たいものに侵されていくのが分かった。


もう二度と、彼らが起き上がることは無い。自分のことを叱ってくれることも、助言をくれる事も無い。心がわくわくする昔話を聞かせてくれることも無い。これから村長として生きる自分の成長を見せることも、出来ない。


与えてくれた恩に何も報いることが出来ず、それどころか、そんな不孝者を命がけで守った為に、彼らは逝ってしまった…


布を戻したシャルは、呆けた顔で、背後のセナに振り返った。


「良いのよ、泣きなさい」


母のその言葉で、シャルは、声を上げて泣き始めた。とめどなく溢れ出る涙の訳が、無念故なのか、喪失感故なのか、それすら分からぬ程に、シャルは泣き続けた。


地上に出ると磯臭さが少し混じった、海からの涼しい風が彼の鼻を突いた。時刻は既に夕暮れ時で、大広場のほうからは、患者達に振舞われているのであろう食事の良い匂いが漂って来る。シャルはそんな広場のほうには戻らず、大広場を囲う城壁の門を抜けると、先程自分が通った東側の正門の前にやって来た。門は既に固く閉じられ、沈む夕日に照らされ暗い影を落としている。その門の傍の城壁に、シャルはそっと腰かけた。


「父さんとムイさんは、貴方を追おうとした女を、最期まで放さなかったそうよ。でも、結局二人は殺されて、女は貴方を諦めた後に集会所にいたショウ君を攫って行ってしまった。あいつはどうして、貴方たちを狙ったのでしょうね…」


母が教えてくれた、二人の最期と、ショウが攫われたという事実が、頭の中で渦巻いて離れない。


どうやらムイの言っていたことは本当であったようだ。あの襲撃者の狙いは、自分達だったのだ。そして、あの場にいる中で自分達を攫おうとしたのは、間違いなく、二人が地導をその身に宿していたからだろう。


だが、今はそんな事どうでも良かった。シャルは空を見上げ、赤く染まった空にゆらゆらと星が浮かび始めるのを眺めながら、長い間、物思いにふけっていた。


そうやって乱れた心を何とか落ち着かせ、そして一つの決意を固めたシャルは、母達のいる大広場へと戻って行った。


「シャル…!起きて…!早く…!」


体を強くゆすられてシャルは目覚めた。シャルを含めた村人達は治療を受けた王宮の大広場をそのまま寝床として与えられ、決死の逃亡の末に得た安息を噛み締めながら眠りについていた。自分の近くで寝息を立てている母や他の村人や護衛兵を起こさないように慎重に体を起こすと、そこには月明かりにぼんやりと照らされたチェナの顔があった。


「チェ…ナ…?どうやってここに?」


「説明は後よ…!今は大人しく私についてきて…!」


「わ、分かった…!」


チェナの言葉に大人しく従ったシャルは、月明かりを頼りに、人々の体を踏まないように彼女の後を追った。二つの影は堀の上にそびえる外周の城壁の下にたどり着いた。見ると高い城壁には上から一本の長い縄が垂れており、どうやらチェナはこれを使って王宮に入ったらしい。随分と大胆不敵な侵入方法だ。


「凄いな…見張りや物見はいなかったの?」


「勿論居たわよ。侵入と脱出の邪魔になるから少しの間眠らせちゃったけど。都の兵士とはいえ不意を突けば造作も無いわ。それに、入って来る時に気づいたけどこの大きさの宮殿にしては随分と兵の数が少ない。きっと連れられた村人達や兵士達を見守るために内部に多く配置されているのね」


さらっとそう言うと、チェナは垂れている縄に近づいた。


「これで壁を登るの?」


「…そうよ」


そう返すチェナの声には確かな迷いの色があった。


「…シャル」


チェナは縄を掴もうとした腕を引っこめると少し寂しげな顔でシャルに向き直った。


「ねぇシャル、私はオアシスであんたが武術を教えて欲しいと言った時に、もしこのまま首を突っ込めば二度と引き返せなくなると言ったわよね?そしてあの時、あんたは言葉を濁した。あそこで言葉に詰まるということは、あんたの中にそこまでの覚悟が無かったってこと。そうでしょ?」


そう、シャルはあの時チェナの言葉にはっきりとした返事を出来ずにいた。このまま地導に関わり続ければ、戻れなくなる。警告を含んだその言葉に、まだ不安が心にあったシャルは尻込みしてしまったのだ。


「いい?今シャルは、あの時選べなかった分かれ道を選べる最後の機会に立っているの。もしこのままこの縄を掴んで私と共に来るなら、私はシャルの選択を最大限尊重する。私に教えられることなら何でも教えるし、里に行けば地導使いとして更なる高みに行ける。けどその代わり、シャルが死ぬ思いをしてまで再会した村の人達とは二度と会えなくなるかもしれないし、シャル自身にも相応の苦痛が待っている。反対にあんたがこの縄を掴まないなら、私はこのまま一人で壁を超えて、二度とあんたの前に姿を見せることはないわ。けど、それも間違った道じゃない。元々あんたは戦いや荒事とは無縁の世界で生きていたんだから、無理に私についてくる必要なんてない。私はそれを最後に確かめにきたの」


シャルがチェナを置いて走り出した時、チェナの身体能力を用いれば勿論のこと、馬を使えば直ぐに追いつくことが出来ただろう。けれど、チェナはシャルを無理やり止めることはしなかった。それに、あの場でそのまま別れようとせずにわざわざ危険を冒してまで王宮に忍び込んで来たのも、最後まで彼自身の選択を潰さないためであった。


「まぁでも、あの時に無我夢中で王宮に向かったことを考えれば、あんたの返答なんて…」


「俺は、親父を殺された」


「えっ…?」


チェナの半ば諦めたような口調は、シャルの言葉に遮られた。


「親父だけじゃない。俺のことを小さい時から見守ってくれた人も、村を守るために戦った人達も大勢殺されて、傷ついた。どの道俺は、もとの世界に戻る事なんて出来ない。もしこのまま生き残った人達と共に歩むことを選べば、俺は過去の悲劇に向き合うことをせず、どこか欠けてしまった世界に生きることになる。死んでいった人達はそれで良いとあの世で思ってくれるかもしれないけど、それは俺自身が絶対に納得出来ない」


そこでチェナははっとした表情を一瞬浮かべたが、それにシャルは気が付かなかった。


「チェナ。あの時選べなかった選択を、俺はする。お願いだ、俺を連れて行ってくれ。村の皆の無念と仇は、俺が必ず晴らしてみせる」


「…覚悟は決まっているみたいね」


最後に、チェナはそう問う。


「あぁ」


「分かったわ」


シャルの意志を受け取ったチェナは再び縄を掴むと今度はそのまま壁に両足をかけた。


「悪いけど、あんまり呑気していられない。いつ見張りが回って来るか分からないし。山育ちならこのくらいの壁一人で登れるわよね?」


「大丈夫。これくらいなら遊びの範疇だ」


「流石ね。じゃ、上で待っているから私が登り切ったら直ぐに来なさい」


そしてチェナはするすると縄を巧みに使い、あっという間に城壁の中に姿を消した。それを確認したシャルも縄に手をかける。と、その時である。


「…シャル」


背後から彼の名を呼ぶ優しい声がした。その声にシャルはすぐさま後ろを振り返ると、そこには静かに佇むセナの姿があった。


「母さん…!」


シャルは思わず縄を放す。


「ごめんね、勝手に後をつけてきちゃって。それよりもその縄…」


「い、いや違うんだ母さん!これは、えっと…」


シャルは何とかその場をやり過ごそうとした。地下室での出来事もあり、もしここでセナに王宮を出ようとしていることがばれたなら無理やりにでも止められるに決まっている。


「いいのよ。行きなさい」


「えっ?」


しかし、我が子にかけたセナの言葉は驚きのものであった。壁から垂れた縄、それが、誰がかけたものであれ、王宮から抜け出すために使われるものであることは彼女の目にも明白であっただろう。そしてその綱をたった今握っているのは他でもない、愛する己の息子であった。にもかかわらず、セナはシャルを止めようとはしなかった。立ち尽くす息子の眼をしかと見つめながら、セナはシャルに歩み寄る。


シャルに十分近づいたセナは、息子の両肩に自分の両手を静かに乗せた。


「母さんね、あなたがこのまま村長として生きていっていいのかって今までずっと悩んでいたの。たまたま村長の息子になったからって後を継がなければいけない。そしてそのことにあなたは何の疑問も持っていなかった。でもねシャル、自分では気づいていないかもしれないけど、あなたは空のように澄んだ正義感と、大木のような折れない芯の強さを持った本当に素晴らしい子よ。そんな子を、一生小さな村に留まらせることはあなたの可能性を摘み取ることに他ならない行為。勿論、村の看板を背負って生きることの使命を否定するわけじゃないけどね。それに…」


セナはそこで一呼吸を置く。


「今のシャルの目には、その美しさを宿したような、強い光が宿っている。だからきっと、私は止めるべきではないのだと思う。貴方がその縄を、握るのを」


「母さん…」


「さぁ行きなさい。皆には私が上手いこと話を付けておくわ。詮索はしないけど、あなたがこれから歩もうとする道は、とても危険な道だと思う。けどそれが、あなたが自分の心と向き合い、そして自分で決めたことなら私はそれを尊重する。そしてきっとまた、私達の前に姿を見せてちょうだい。全てを取り返してきた、ケハノ村の『新たな』長としてね」


そう言い終えると、セナは微笑みながらシャルの肩をポンポンと叩く。まるで「いってきなさい」とでも言うかのように。シャルはその手をそっと握る。


「…ありがとう母さん。俺は本当に、素晴らしい人達の間に生まれてきたみたいだ」


「ふふ。あなたは本当に正直者ね。でも、ありがとう。私もあなたを誇りに思うわ」


二人は互いに最後の言葉を交わすと、シャルは母の手を放した。


「じゃあ、いってきます。さようなら、母さん」


「いってらっしゃい、シャル」


シャルはそれっきり後ろを振り返らず、以前ショウと斜面を登った時と同じようにぐっと縄を握り直すとそれを頼りに城壁を登り、チェナの後を追った。


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