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地導の使者 覚醒編  作者: 空を飛ぶジンベエザメ
第三章 東ノ国(ルウ・ゼン)
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4, 再会

「こ、これは…」


王宮の長い階段を足早に降りてきたセシムは、目の前に広がる光景に絶句した。次々と大広場に担ぎ込まれる兵士達と商隊は皆疲労困憊といった様子で、多くの者がその身に着けている鎧や衣に、自分の体から噴き出たであろう血をべったりと付けている。関節が異様な方向に折れ曲がっている者も一部見られ、そういう者は一人で歩くこともままならないようで、近衛兵達の肩を借りながら苦しそうに一歩、また一歩と広場に向かってきていた。


そんな彼らに助け出された村人達も皆同じような状況で特に男達の多くは皆兵士達と同じような大怪我を負っている。外傷のない女子供も混乱が抜けきらぬ状態で夜も眠らずに連れてこられたせいで、皆疲労と睡眠不足の色が隠せず、子供達ももはや泣く気力さえ残っていないようで、虚ろな顔で親や兄弟の手を握っている。


階段を降り切ったセシムは丁度目の前で兵士の一人をその場に寝かせた近衛兵に対して声をかけた。


「帰還した者はこれだけか!?」


「いえ、まだ後続が控えているようです。とても我々だけで対処できる人数ではありません…」


「先程トルク殿の判断で都の兵士達に対して緊急招集の狼煙を上げた。民達の混乱が予想されるがなりふり構ってはいられない。今は兵と村人達を安静にしてやることが先決だ。私もすぐに手伝おう」


「ありがとうございます」


「ところで、シユウはどこだ?まさかあいつが賊ごときに殺されるなどとは…」


その時、「西街道」に繋がる正門、つまり、負傷した兵士と村人が次々と王宮に入って来る門のほうから近衛兵の一人が叫ぶ声が聞こえた。


「シユウ護衛兵隊長殿、及びヒヤク商隊長殿、共に帰還されました!」


その言葉が聞こえた数分後、黄土色の髪をした大男が、村人達に介抱されていた商隊長を抱えながら千鳥足で歩いてきた。シユウ、と呼ばれたその大男は広場に到着すると腕に抱えていた商隊長をゆっくりとその場に寝かし、自分は力尽きたようにその場で膝を着いてしまった。そんな彼にセシムが駆け寄る。


「一体何があった!?」


「…一生の不覚だ。下郎どもの奇襲を予期出来ず、商隊を壊滅させただけでなく、よもやケハノの村にまで襲撃を許すとは…もはや俺に『帝の腕』を名乗る資格など…」


「御託はいい!それより何があったかを話せ!」


「わ、分かった。だがその前に兵と村人の治療が先だ…俺は後回しでいい。ヒヤク殿を頼む。肘の骨を砕かれ酷い有様だ…」


そこまで言うとシユウは限界を迎えたのか、苦しそうに呻きながら倒れこみその場で気を失ってしまった。シユウに言われたようにセシムは商隊長の容態を診る。そして折れ曲がって赤黒くなった彼の右肘を見て、セシムは思わず顔をしかめてしまった。今まで多くの賊を屠ってきたセシムもここまで酷い傷は中々見たことがない。そうこうしていると先程の近衛兵が彼の元に駆けよって来た。


「セシム殿。帰還した者はこれで全てのようです」


「招集をかけた兵達はどうなっている」


「は。狼煙を見て続々と王宮に集まって来ております」


「では兵達にはありったけの水と薬と布を持ってくるように伝えろ。それから近衛兵を何人か私の元に寄越せ。彼らには私と共に都中から医者を連れてくる役を与える」


「は。仰せの通りに」


きびきびとした態度で返事をすると、その近衛兵は足早に去っていった。




招集の狼煙が上がってから数十分後。大広場は多くの人間でごった返していた。広場に大量に敷き詰められた布の上で治療や診察を受ける村人と兵士。患者達の為に薬や新鮮な水をせかせかと運ぶ近衛兵や都の巡回兵達。そして患者を診る医者達。セシムはそんな中で兵士達と一緒に物資をあっちへこっちへと運んでいた。


その最中、縫合が必要な兵がいると聞き、その兵の元に糸と針の入った小箱を王宮の医薬室から運んでいる時、セシムは丁度角から出てきた女性とぶつかってしまった。その拍子に女性が抱えていた赤く染まった包帯の束がばらばらと地面に散らばる。


「これは失敬しました。お怪我は…」


転んでしまった女性に手を伸ばした時、セシムはその女性に違和感を抱いた。セシムが王宮の侍女かなにかだと思った女性の衣服は、ちょうど助け出されたケハノ村の者達が身に着けているものだったのだ。


「あの。失礼ですが、あなたはケハノ村から逃れてきた者では?」


「はい、そうです」


セシムの手を取りながらセナは立ち上がると、そのまま落ちた包帯を拾い始める。


「これは驚いた。休まなくてよいのですか?村からここまでまともな睡眠を取らずに来たのですからお身体にも大変な疲れが溜まっているはずです…」


彼女の体を心配するセシムだったが、セナは儚げな笑顔で答えた。


「いえ、良いのです。私は幸いなことに怪我の一つも受けていませんし、それよりも傷だらけになりながら私達を助けて下さった兵士さん達に少しでも恩返しをしたいのです。それに…」


血で汚れたセナの細い指が、震え始める。


「それに体を動かしていないと、不安と悲しみで心が潰されそうになるのです。私の主人は無謀にも村を襲った者と対峙して殺されてしまいました。おまけに村から唯一逃げ出せた私の息子も今は行方知れず…」


「それは…」


「あぁ!何故私だけが生き残ったのでしょう!シャル、あなたは今どこにいるの!?せめて生きているかどうかだけでも知れたら…」


泣き崩れてしまったセナの背にセシムはそっと手を置く。


「無理に動いていても悲劇は決して忘れることは出来ません。それよりもあなたは休むべきです。この包帯は私が運びましょう。あなたは村の仲間たちの元に行って下さい。そのほうが気も休まるでしょう」


「ありがとうございます。そうしますわ…」


包帯を預け、とぼとぼと広場のほうに歩いてゆくセナの背を、セシムは下唇を噛みながら静かに見守っていた。


(くそ、これでは何のために『帝の腕』にまで上り詰めたのか分からん…!俺は己の力では目の前の哀れな女人一人の悲しみ一つ晴らしてやることも出来ない…)


「…セシム殿」


気づくと先程からセシムに言伝をしていた近衛兵が再び彼の背後に待機していた。


「あ、あぁお前か。すまん気が付かなかった。何か用か?」


「はい。『東街道』に面する『帝の円』の正門に自分はケハノ村の生き残りだから円の中に入れろとごねている青年がいるようで…」


「…!その者は何と名乗っている!?」


「そこまでは分かりませぬが、齢は十八程の青年だと聞いています」


「今すぐ案内しろ!私は先程の村人を連れてくる!」




「すぐに帝の腕が来る!だから落ち着け!」


「そんなの関係無い!離せ!今すぐ入れろ!皆に…父さんや母さんに会わせてくれっ!!」


シャルは王宮の周囲の堀に架けられた橋の上で兵士達に取り押さえられていた。その様子を橋の向こうで王宮の様子を伺いに来た者達が物珍しそうに見ている。


ケハノ村の村人が避難してきている。それを聞いた途端、居ても立っても居られなくなったシャルは行商やチェナを置き去りにし、一目散に「東街道」を駆けて王宮の入り口までたどり着いた。


走り出した時、シャルはチェナが「ダメ、村の人達と会ってはいけないわ!」と叫ぶのが聞こえた気がしたが、そんなことを気にしている場合では無かった。息も絶え絶えになりながら何とか正門までたどり着いたシャルだったが、勿論王宮に入ることなど出来ず、門を護衛する兵士に押さえつけられてしまっていた。


(くそ、あともう少しなのに…!)


目の前の門をくぐれば皆に会える。なのに後一歩のところでその門の先に進めないことにシャルはもどかしい思いを噛み締めていた。と、その時である。


ぎいぃという音と共に門が開く。そしてその中から黄土色の髪の、狼のような鋭い目つきをした武人と、シャルが良く知る顔が現れた。


「…シャル?」


母の顔を見たシャルは、一瞬にして体の力が抜ける。


「…間違いないですか?」


「はい、間違いありません。私の、息子です…」


セシムの声に応えるセナの声は既に、喜びのあまり震えていた。


「その青年を離してやれ」


「は、はい!」


シャルを拘束していた二人の兵士は、セシムの声にすぐさま反応し、ぱっとシャルを離した。二人から逃れたシャルは目の前の光景が信じられないと言った顔で少しの間その場に立ち尽くしていたが、すぐに大量の涙を浮かべると母親のもとに駆けていった。そんな彼をセナは強くしっかりと抱き締める。


「母さん…俺、夢を見てるんじゃないよね…?」


「えぇそうよ…あなたの母さんよ…。あぁ、まさか生きているなんて…でも良かった。本当に良かった…」


互いに歓喜と安堵の涙を流しながら抱き合う二人の姿を、セシムはその鋭い目つきを少し緩めてしばしの間見つめていたが、しばらくすると再び武人の目に戻り、シャルを押さえつけていた二名の前に立った。


「お前達は王宮に戻って皆の手伝いをしろ。見張りは俺が担おう」


『は。勿論であります!』


セシムの声に二人は威勢よく返事する。


「ただしお前。お前は戻ったらまずその青あざに湿布でもしておけ。中々ひどい顔になっているぞ」


「お気遣い感謝いたします!あの青年を抑える際にやられまして…」


「そうか…」


三人を置いて王宮に戻る兵士達を見届けるとセシムは後ろでまだ抱き合っている二人に近づいた。


「お二人とも。申し訳ないですが、一度王宮のほうにお戻り下さい。積もる話もあるでしょうし」


「そういたします。さぁ、シャル…」


「ありがとうございます。先程は兵隊さんを殴ってしまいました。申し訳ありません」


「気にするな青年。こちらこそ手荒な真似をして申し訳ない。私は交代の見張りが来るまでここにいる。君は母さんと一緒に王宮に戻れ」


「はい」


そしてシャルとセナも王宮に戻り、橋の上で一人になったセシムは静かに正門を見つめていた。


(あの青年…私の見間違いでなければ母親を見る直前まで全身が陽炎に包まれているかのように見えたが…いや、まさかな…)


そう思案しながら市街のほうに向き直ったセシムの右腕には、シャルが知るあのゆらぎが確かに纏わりついていた…


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