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地導の使者 覚醒編  作者: 空を飛ぶジンベエザメ
第三章 東ノ国(ルウ・ゼン)
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2, 都

二人が東ノ国の都に着いたのはオアシスを出発した二日後の丁度正午になろうかという時刻であった。慣れない野宿と長距離の移動に疲れ果てていたシャルだったが生まれて初めて都に足を踏み入れ、その人の多さに驚愕した。


「凄い、なんて数の人だ…」


東ノ国は海ノ大陸の海岸線に広く伸びる形で発展してきた国だ。中心部の都以外の郊外はかつて点在していた漁村を統合する形で複数の地方都市を形成しており、中央からの出向役人が行政を担っている。地方都市ではある程度の独立性が認められているが、交易品や生活必需品といったものの相場は中央のみが決められることであり、また中央の許可なく一定の大きさの港や市場を作ることは禁じられている。西ノ国からの品やテルー帝国からの貿易品は一度都に集められそこから地方に流される、その流れを崩さず中央の権限を維持するためだ。


シャル達は運んできた水を売るために都の市場に訪れていた。人混みの中、四方から飛んでくる雑音に負けないよう大きな声でチェナはシャルに都の造りを教えてくれた。


「東ノ国の都はね、三層の構造になっているの。今私達がいるのは最も外周、『市の円』と呼ばれる、市場が大多数を占める場所よ。全ての行商はここで品を売買して、そしてここで荷を積んで山や地方に向かうの。そしてこの円を抜けると次は『住の円』。ここは文字通り、都の人々が住まう場所で、行商、下級の兵士や役人といった色んな身分の人間が沢山住んでいるわ。そしてその二つの円に囲われた都の中央部が大臣や上級役人や近衛兵、そして皇帝が住む王宮よ。この構造は敵の攻撃に備えるためのもので、いざとなればこの市の円は王や民を守るための防衛線にもなれるようになっているの」


「それって、協定が出来ても東ノ国は西ノ国を今でも警戒しているってこと?」


「どんなに絆を深めても、人間は互いに完全に腹の内までを知ることは出来ないわ。それが人間の集まりである国ならなおさらのこと。それに『東西両国交易協定』はあくまで両国の平等な交易を保障するものであって、協定があるからって両国が戦争に踏み切らない保障なんてどこにもないの。この都の造りはその象徴よ」



市の円を歩く二人はやがて大きな十字路の角の一つにある建物の前にたどり着いた。その建物は上部が豪華な瓦屋根で装飾されており、その天辺の両辺では植物の茎が巻き付いた状態で勢いよく跳ねる魚を象った黄金の像が、日の光を帯びてきらきらと輝いている。この像は東ノ国の象徴であり、魚に巻き付く茎は東ノ国の救世主である火豆のそれを象っている。そしてこの像を設置することが出来る建物は皇帝の許可を得た、国が直接管轄するもののみだ。


「ここは?」


「ここは水の換金所よ。水は相場の維持の為に国にしか売れないから、ここでお金に換えてもらうの。シャルはここで待っていて」


そう言うとチェナは二頭を連れて目の前の建物に入っていってしまった。その場で待ちぼうけをくらったシャルは換金所の入り口近くの壁に寄りかかるとへその下でおもむろに指を組み、目の前を右から左、左から右に通る様々な人々をしばらくの間眺めていた。


ケハノ村の家屋とは異なり、木造の簡素な家屋が立ち並ぶ道には牛に荷物を引かせる行商、子供を連れて市を練り歩く女、道のど真ん中を偉そうな態度で歩くガラの悪い用心棒らしき男、仕事中にもかかわらず、緊張感もへったくれもない顔をしながら飯屋の軒先で談笑している兵士達といった様々な人間がいた。


ここを行き交う人々にとっては何の変哲もない日常の風景に過ぎないのだろうが、これまで殆どの時間を山の上の小さな村で過ごしてきたシャルにとっては全てがとても新鮮なものであった。


(都ってこんなに賑わっているものなんだな。ショウがここにいたら一体どんな反応をしただろう…)


そんなことを考えながらつい一昨日まで当たり前のように共に笑い合っていたショウのことがふと頭に過り、つい一筋の涙を零してしまった。そんな彼の目の前を一つの荷車が足早に通り過ぎようとしていた。二匹の馬に引かれながらガタガタと音を立てるその荷台は白い布で覆われており、一見すれば何てことない荷車である。


しかしそれがシャルの前を通り過ぎようとした瞬間、それは起こった。シャルの全身からゆらぎが彼の意志とは関係なくあふれ出したのだ。突然の出来事に驚いたシャルは自分のへその下で組まれている手を見下ろす。シャルの組んだ手は逆三角形の形ではあったがたまたま『共に響き合う徴』と同じ形をしていたのだ。慌てて手を離すとそれと同時にゆらぎも消える。


(い、今のは…?俺の意志とは無関係に…それじゃあ今俺はここにいる誰かと共鳴していたってことか…?)

換金所の軒先を飛び出したシャルは慌てた様子で辺りを見回すが、それらしき人間は殆ど見当たらない。いや、というより地導という超常の力を使えるチェナもシャルもその外見はただの若者なのだ、仮に目の前の雑多に地導使いがいたとしてもそれを探し当てることなど不可能に近かった。


(じゃああの荷車が…?)


しかしシャルの目の前を通った荷車は都の中心部に向かって、土埃を立てながら既に遠くに行ってしまった。釈然としない気持ちを抱えながら荷車が向かった方向を見ていると換金所からチェナが出てきた。


「おまたせ。案の定大した金額にはならなかったけど、まぁこれで二人合わせて二食分くらいの食糧は買えるわ…ってどうしたの?」


都の中心部に至る道の先をじっと見つめているシャルに対してチェナは不思議そうに尋ねる。


「…さっき、誰かと共鳴したんだ」


「何ですって?」


「チェナを待っている間、そこに寄りかかって道行く人達を眺めていたんだ。その時俺はたまたま徴の形を作って指を組んでいた。そしたら目の前で白い布を被せた荷車が通りかかった瞬間に…」


「じゃあその荷車に乗っている人が?」


「…分からない。それに荷車はもう遠くに行ってしまったから確かめようがない…」


「…あんた、泣いているの?」


チェナは眉をひそめ、シャルの顔を覗き込む。急に地導が出てきたことに気を取られ、先程流していた涙を拭うことを忘れていた。


「…え?あ、あぁこれ?ごめん、ちょっとさっきまで村のこと考えていたらつい。でも、もう大丈夫。それに多分共鳴したっていうのも多分気のせいだ。きっと村のことを考えちゃったせいで変に力んじゃっただけだと思う。だからチェナは気にしないで。それよりも、次はどこに行くの?俺、都に来るの初めてだからさ、色々見てみたいんだよね」


目頭に溜まった涙をごしごしと擦るとシャルは空元気で無理やり作り笑いをした。そのぎくしゃくとした態度を、チェナは心配そうに見つめていた。




「ね、ねぇ。確かに俺は色々見てみたいって言ったし、何よりチェナが『元気に出る場所に連れて行ってあげる』って言ってくれたのは凄くうれしいけどさ、ここがその場所とはとても思えないんだけど…」


そう言った瞬間、二人の背後で、「何だとてめぇ…!」「上等だおらぁ!」という怒号とともに殴り合いの喧嘩が始まった。


彼らが訪れたのは「市の円」と「住の円」を貫き、都の中心である王宮に入るための大門に直接繋がる「四方大街道」の一つ、「東街道」に面する都の大港であった。王宮を中心に東西南北に長く伸びるこの四つの大通りは三つの地区を円滑に結び、人と品と金を円滑に動かすための道としてその役割を果たしている。中でもシャル達が訪れた東街道は港に直接繋がっていることもあり、近年の貿易の活性化も相まって四つの街道の中でも最も活気のある道となっている。しかし…


「ここは都の大港からは勿論、地方の都市からも火豆や魚が沢山入ってくるこの国で最も活気のある場所よ。此処に集まる行商は皆東ノ国の品を、山を越えて西ノ国に売りに行く大規模な行商ばかり。そしてそういう行商が集まるところにはより良い報酬を期待して、彼らに雇ってもらうために用心棒も沢山集まるの。けど、今見たように用心棒っていうのは総じて短気で荒っぽい。ああいう喧嘩もここではしょっちゅうよ。だからここは最も活気があると同時に最も血の気が多い場所でもあるの」


そう言うチェナの声は不安そうなシャルの声とは真逆で期待に満ちていた。彼女は用心棒で食べている人間のため、仕事を得るためならここに期待の目を向けるのは当然のことであった。


「それにほら、ずっと山で暮らしていたなら海をこうやって見るのも初めてでしょう?海を見ればあんたの心も晴れるかなって」


「そりゃあ最初ここに来た時はそうだったけどさ…」


シャル自身も山の上から見ていた遥か遠くの海を、生臭い潮風と共にこうして間近に見られることに始めはとても喜んでいた。しかしそれ以上に、いままで村でぬくぬく生きてきた彼にとって、野蛮な雰囲気が漂うここは少々刺激が強かったようだ。


「だったらいつまでもそうやってびくびくしてないでよ。ほら、背筋立てて、しゃんとしなさい。いい?用心棒ってのは最初の印象が肝心なの。あんたがそんな態度だったらいつまでも仕事取れないわ」


「で、でもさ。山越えするのにわざわざ用心棒として行商にくっついていく必要はないんじゃない?俺達二人のほうが足もずっと速いだろうし…」


「そうもいかないわ。さっきも言ったけど、私達は水を売らなきゃいけないくらいお金がないの。だから山越え出来るだけの食糧を調達出来ない。その点行商についていけば最低限の食が約束される。山越えするような行商は用心棒の報酬に目的地に着くまでの食糧を含める場合が多いからね…だからほら、シャキッとする!」


チェナは唐突にシャルの尻をひっぱたき、発破をかけた。尻を叩かれたシャルは思わずビクッと跳ね上がるが、


「そんなこと言ったって…こんなところ来るのも初めてなら見るのも初めてで…」


と、その態度を変えるまでには至らなかった。


「はぁ…まぁ、しょうがないわね。それじゃあシャルはソラとスイをお願い。私はちょっとあの行商と話してくる」


シャルを奮い立たせることを諦めたチェナは、二頭の手綱をシャルに押し付けると、既に目星をつけていたらしい一人の行商の元に駆けて行ってしまった。シャルはそんな彼女の背を見ながら、彼女を静かにじっと見つめるスイと、そんなスイとは対照的に再びシャルに甘え、彼の肩を唇で咀嚼し出したソラの手綱を握っていた。


チェナが交渉しに向かった行商は見事に禿げ上がった体格の良い男で、数人の仲間と共に既に買い付けたらしい品をあくせくと荷車に積んでいた。彼とその仲間が荷を乗せている荷車の数は三台。規模としてはそこまでだが、彼らが手に持つ荷からは時折ジャラジャラというくぐもった音が聞こえてくる。どうやら金目のものが入っているようで、こういう品を運ぶ行商は用心棒を雇うことが多い。


だが、男は荷車の上から怪訝そうな顔でチェナを見下ろしながら、時折やれやれといった様子で頭の後ろをかいて彼女の話を聞いている。案の定というか当然というか、あまり交渉は上手くいっていないようだった。


それもそうだ。その仕事の特性上、用心棒という仕事は男が大半を占めている。おまけにチェナは二十歳の若年だ。先程チェナは、用心棒は最初の見た目が肝心と言っていたが、彼女はその肝心となる見た目とは程遠い人間であった。これではシャルがいようがいまいがとても仕事など取れないだろう。しばらく交渉の様子を見ていたシャルだったが、ついに痺れを切らし、二頭を連れて二人の元に向かった。


「だからさっきから何度も言ってるだろ嬢ちゃん。俺達はもう一人用心棒を雇っちまってるんだ。悪いが他を当たってくれ」


「なら、そいつが戻ってくるまで待つわ。それからどっちを雇うか決めるべきよ。私達のやり方は知っているでしょう?」


「んなこと言われてもなぁ。嬢ちゃん、とてもじゃないが戦えるようには見えねえぞ…っとその後ろの坊ちゃんは嬢ちゃんの連れかい?」


そう言われてチェナはくるりとシャルのほうを振り返る。


「ちょっと、あそこで待っていろって言ったでしょ?もう少しで上手くいくんだから…」


「上手くいきそうな気配が微塵もしないんだけど…。ほら、もう他を当たろうよ、これ以上はこの人達に迷惑…」


「あぁ?なんだぁ、てめえらぁ?」


チェナを説得しようとしたシャルの言葉は、突然背後から聞こえた荒らしい口調に遮られた。シャルが恐る恐る声をした方向を向くと、そこには長刀を腰にぶら下げ、二人よりもずっと背の高い、でっぷりとした腹と濃い髭をたくわえた、“いかにも”な男が仁王立ちをして二人を睨んでいた。酒臭い息を吐きながら男は二人を威嚇する。


「なにが目的か知れねぇがその行商は俺の雇い主だ。痛い目みたくなけりゃさっさと失せな」


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