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地導の使者 覚醒編  作者: 空を飛ぶジンベエザメ
第二章 地導への覚醒
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6, 禁忌の人物

唐突に火が強く弾けた。遮るものの無い草原の夜空は満点の星とその中で一際光を放つ月で彩られており、先程夕日を美しく映し出していたオアシスの水面は波一つ立たないおかげで今度はまるで空をそこにだけすっぽりと降ろしてきたようにその星空をはっきりと映し出していた。


「俺と同じように、里にも泉に落ちた人がいたんですか?」


そんな景色の中、シャルはチェナにぽつりと問いかける。


「その通りよ。その人が何故泉に全身を晒したのかは分からないわ。ただ単に足を滑らせただけかもしれないし、自分は選ばれる人間であると確信してわざと飛び込んだのかもしれない。ただ、いずれにせよその人は見事に女神に選ばれ、全身に火傷を負うことは無かったわ。けどね、その人が凄かったのは泉から出た後なの」


少し弱くなってきた火に新たな薪をくべながらチェナは続ける。


「さっき私はあんたがまだ泉に触れて一日しか経っていないのに共鳴が出来ることに驚いていたでしょう?」


「はい。初めて地導を身に着けた者が出来るようなことじゃないって」


「そう。でもそれ以上にね、長い里の歴史の中で、少なくとも一日という短時間で地導の力を顕現させた人間は誰一人としていないの。どんなに早くても五日、長い子は儀式から半年後に力に目覚めたりするの。唯一泉に落ちたその人を除いてね」



予想だにしなかった事実に今度はシャルが目を丸くした。てっきり泉に触れたその瞬間から地導使いになれるものだと思っていたからだ。


「泉から這い出てきたその人の全身は既に、周囲の景色が歪んで見えるほどの凄まじい量の地導に包まれていたらしいの。おまけにその人は儀式の翌日から『共に響き合う徴』で他の地導使いを容易く共鳴させることが出来たと言われているわ。ちょうど、やり方もなにも教わっていないのに見よう見まねで私を共鳴させたあんたと同じようにね」


「それは…」


チェナは語りを続ける。ただ、その様子はまるでシャルではなく、自分自身に語り掛けているようだった。


「…泉に落ちた話が本当なら、あんたは彼と同じように計り知れない力を持った地導使いなのかもしれない。それにあんたを落としたっていう…えっと、なんだっけ?」


「…群青の軽業師です」


「そうそれ」


チェナはぴんと人差し指を立てる。

「そいつはあんたとあんたのいとこを泉に落とした時に確かに『地導』と口にしたのよね?」


「はい。それに軽業師に腕を掴まれた時にその掴まれた箇所が温かくなったんです。その時は何が何だか分かりませんでしたけど、今ならはっきりと分かります。あの火照りは地導を出す時に伴う火照りと同じです」


「…それも一緒だわ。その人は相手に触ることで地導の才能があるかどうか見分けることが出来たというの。触れられた人はその部分だけ不自然に温かくなって、そしてその温もりが現れた人だけが女神様に選ばれた。反対にその人に触られてもなにも感じなかった人は例外なく泉の熱で手を焼かれたらしいわ…」


チェナの肩が少し震えている。だがそれは寒さから来る震えではなく、これ以上言葉を紡ぐことに恐怖しているためであった。


「あんた、一体何者なの…?地導は里の人間だけが知る神の力。それを授ける儀式がいかに残酷であるとしても、私達はその力を畏敬の象徴として泉と共に代々守り、受け継いできた。なのに、あんたときたら訳も分からないまま泉を見つけてその力を身に着けた。それだけでも十分おかしいことなのに、あんたと、あんたを泉に落とした群青の軽業師とかいうやつはかつての『地導の使者』と共通点を持っている…」


「『地導の使者』?」


「その泉に落ちた人の二つ名よ。地導の力を得た人間を私達はそのまま地導使いと呼ぶ。けどその人はその凄まじい地導の力と才ある者を見極める力、そして全身で泉に入っても無事であったことからいつしか女神がこの世界に寄越した使いとして、地導の使い手という意味もかけて『地導の使者』と呼ばれるようになったの」


そこまで言うと、チェナは尻に敷いていた外套をぎゅっと羽織るとじっと火を見つめながらそれ以上はなにも言わなくなってしまった。先程の勝気な態度から一変、急にしおらしくなってしまったチェナに対して、シャルはおずおずと声をかける。


「えっと、どうしたんですか?」


「…悪いけど、これ以上は何も話せないわ」


「えぇ!?俺、小さい頃からこういう伝説とかおとぎ話みたいな話、凄い好きなんです。もう少し聞かせて下さいよ!」


「そんなかわいいものじゃないのよ。本当はね、『地導の使者』は里では禁忌の人物とされているの。あんたの話があまりにも出来過ぎているからつい長く話しちゃったけど、お年寄りの中にはその話をするだけで怒り出す人もいるくらいなんだから」


「え…」


“禁忌“、そう聞いて少々不躾に催促をしていたシャルもたじろぐ。


「そ、それは何故…」


「言ったでしょう、これ以上何も話せないって。それに、もうあんなに月が高いところにある。もう寝ましょう。シャルはソラと一緒に寝て。馬に寄り添っていれば温かいから」


チェナは頑なにそれ以上「地導の使者」について話そうとはせず、くるりと後ろを向いて立ち上がると背後にあった荷物をごそごそと漁りだした。その様子からこれ以上何か話してくれることはないと悟ったシャルは大人しく彼女の指示に従うことにした。先程チェナに起こされた二頭であったが、二人が話している間に特に異常は無いことが分かったのか既に再び寝息を立てている。


そんな二頭の内、シャルはスイよりも一回り小さいソラに歩み寄った。ただ、今まで野宿は勿論、馬と一緒に寝たことなんてなかったシャルはどうすれば分からなかった。そうこうしていると彼の背後から、荷物の中から引っ張り出してきた毛布を持ちながらチェナが声をかける。


「どうしたの、さっさと寝なさい。ほら、これ使って」


「えっと、すいません。俺、馬と一緒に寝るなんて初めてで…」


「あぁそういえば、あんた村の外に殆ど出たこと無いんだっけ。別に難しいことなんて何もないわ。ほら、こんな風にお腹を枕にするの」


チェナはそう言いながら先程から使っていた外套をそのまま掛布団代わりにして、スイの腹に寄りかかる形で横になった。それを見たシャルも少し戸惑いながらもチェナから貰った毛布をかけ、そっとソラの腹に体を預ける。チェナの言う通り、ソラの腹はぽかぽかと温かく、耳を澄ませると微かに聞こえてくるソラのとくん、とくんという心音が存外にシャルの心を穏やかにさせた。


(意外と悪くないな…)


そんなことを思いながらも、正直まだ自分が置かれた状況が整理出来ていないシャルは眠る気分にはとてもなれず、しばらくの間ぼんやりと頭上の星空を眺めていた。すると、すぐ横でスイと共に寝ているチェナがシャルの方に顔を向け再び語り掛けてきた。


「…シャル。あんた、まだ起きてる?」


「えっ、はい。疲れているのに中々眠くならなくて…」


「…まぁ、当然よね。いきなり故郷を襲われて、家族の行方も分からない。おまけに生き残った自分には訳の分からない力が宿っている。同じ状況なら私でも混乱するわ」


そう呟くチェナに、シャルは昼に思ったことを恐る恐る訊ねた。


「あの…」


「何?」


「こんなこと言ったらまた怒ると思いますけど、村を襲った女は、理由は分からないですけど明らかに徴を使って俺を地導使いだと特定した。でもチェナさんがさっき言ったように地導の力は里の人間しか知らない。だとしたら、村を襲った女は里の人間だったりとか、しないですか?」


そこまで言ってシャルはぎゅっと目をつむった。彼はがその襲撃者であるという疑念がどうしても晴らせなかったのだ。もしそうだとしたら、簡単に寝首をかけるようなこの状況でそれを尋ねるのは、お世辞にも賢明な判断とは言えないがそれでも聞かずにはいられなかった。


それに仮にチェナが襲撃者でなかったとしても、彼女の里を貶すようなことを言えば彼女の機嫌を損ねてしまうことは自明のことであった。しかし、これを聞いたチェナの応答は思いがけないものであった。


「まぁ、そう思われても仕方ないわよね。襲ってきたのは女。その上助けてくれた女にも同じ力が宿っているとなれば、疑うのも無理はないわ。けど、里の人間が地導を使って人を傷つけることは決してないわ」


「でも、なんで…そう言い切れるんですか!これだけ凄い力なんですよ、いくらでも良くない方向に使うことは出来る。それこそ村の一つ潰すことなんて…!」


「止めて。ソラとスイがまた起きちゃうじゃない」


つい声を荒げたシャルをチェナは静かに、しかしはっきりとした声でたしなめた。そんな彼女の声にシャルは


「あ、ごめんなさい」


とあっさり態度を改める。


「里にはそういう教えがしっかりあるのよ。地導は女神様に貰った力だから決して邪なことに使っていけないって…まぁそんなこと言っても今のあんたを安心させることを出来ないだろうけど。でも仮に私があんたを狙って村を襲ったその女だとしたら、その目的がどうであれ、こんな風にあんたを野放しにするような間抜けなことはしない。それだけは確かよ。それに」


チェナは少しばつが悪そうに起き上がる。


「わざわざ話しかけたのもそんなこと話すためじゃないわ。私、これまで突然故郷を追われて混乱しているあんたに『くたばればよかった』とか随分とひどいことを言ったし、状況が状況とはいえ暴力もいっぱい振るった。それをしっかり謝っておきたかったの。きっと他の地導使いなら同じ状況でも、もっとあんたを丁寧に扱っていたと思うわ。本当にごめんなさい」


その声は決して冗談などではなく、確かな反省の色があった。急に謝罪を受けたシャルは少しおたおたしていたが、寝転がりながらそれを聞くのは失礼かと思い、ぴょんと勢いよく起き上がった。


「そ、そんな急に改まらないで下さい!チェナさんがいなければきっと俺は既に野垂れ死んでいたか、村を襲った女に捕まって殺されていました!だから謝る必要なんてないですよ!それに…」


しかしそこまで言った時、これを聞いていたチェナがシャルの言葉を遮るように不意にくすりと笑った。


「ありがとう。でもそんなこと言うってことは、あんたはもう私のことを、村を襲った女とは思っていないのね?」


「あ…」


「ふふっ。急にしおらしい態度になったからって相手を許すなんて、あんた、お人好しなのね。けど、そんなんじゃその内痛い目見るわよ?」


シャルは何も言えなくなってしまう。


「さ、もう寝ましょう。明日一杯歩くんだから、シャルもしっかり寝ておきなさい」


チェナはその時初めてシャルに対して笑顔を見せると、再びスイに体を預けすぐに寝息を立て始めた。そんなチェナにシャルはなにが言いたげな様子であったが、既に眠ってしまった彼女を起こすことはせず、またしばらく星空を眺めていた。


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