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地導の使者 覚醒編  作者: 空を飛ぶジンベエザメ
第二章 地導への覚醒
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3, 出会い

耳元で火が弾ける心地よい音がする。


(う…う~ん…)


重い瞼をシャルはゆっくりと開ける。しかし意識を取り戻した瞬間、額に鋭い痛みが走ったシャルは思わず額を抱えて飛び起きた。


(い…痛い…!)


痛みに顔をしかめながら恐る恐る額をさすると掌に布が擦れる感覚が伝わって来た。おまけにシャルは羊の腸を加工した水袋を枕に平らな岩の上に寝かされていた。誰かが気絶した彼を見つけ治療してくれたのだ。と、傍ではぜる焚火の反対側から突然声がした。


「…やっと起きたわね」


びっくりして声の方向を見ると、そこには一人の女が静かに座っていた。女は西ノ国の民がよく身に着ける女性用の朱色の薄手の布服を纏い、大きな羊毛製の外套を座布団代わりにしていた。これはシャルが朝使ったものよりもかさばる分防寒性がより高いだけでなく、そのまま寝袋代わりにもなるため長距離を移動する行商や遊牧民を中心に広く使われている。


その恰好と装備からシャルは始め、この女は旅人か、流浪人か何かだろうと考えたが、焚火に照らされたその顔を見た時、それはあり得ないとすぐに考えを改めた。怪訝そうに少し眉をひそめながらシャルを見つめるその女は柔らかな卵型の顔にすらりと伸びる細い鼻をしており、ひそめた細長い眉の下にある大きな瞳はほんの少し青みがかった深い緑色をしていた。髪こそ邪魔にならないよう短く切り揃え、前髪も髪留めで留めているせいで額が大きく剥き出しになっていたが、それが返って彼女のきれいな顔の輪郭をくっきりさせていた。はっきり言ってかなりの美人だ。


そして何より、女はとても一人で旅をしているとは思えないほどに若かった。どう見てもシャルと同じか、一つ二つ年上である。それに野盗や盗賊、そして狼を始めとした野生動物に襲われるかもしれない野宿は危険な行為だ。にもかかわらず女は平然とした態度でシャルを見つめていた。そんな女にシャルはおずおずと尋ねる。


「お、俺は一体…」


「あんた、丁度旧道とケハノ村に続く新道の分かれ道に倒れていたの。額から血を流していたから急いで布を巻いて、平らな場所を何とか見つけて火を焚いて様子を見ていたら丁度あんたが起きたってわけ。…全く、おかげで交易路を大きく逸れちゃった。これじゃ朝になるまで動けないじゃない。ま、あと一時間くらいで日が出てくるだろうからあんま問題ないけど」


女はそう言って立ち上がると気だるそうに東の空を見た。それに合わせて彼女が身に着けている帯革の尾錠や登山用の器材がカチャカチャと音を立てる。影に隠れていたせいで気づかなかったが腰の帯革には細めの刀もぶら下がっている。これまで山越えに挑む者や山を越えてきた者を多く見てきたシャルだったが、女で帯刀していた者はまれに村を訪れる女の武人や用心棒以外で見たことが無かった。


「え、えっとそれじゃ俺は交易路の真ん中で倒れていたって訳ですか…」


「そうよ。あんた、私に感謝しなさいよ。私がたまたまここを通らなければあんた山の風に晒されて凍えていたわ。夜に山を動くやつなんてそうそういないんだからね」


つっけんどんな態度で、こちらに顔も向けずに女は続ける。


「それによりもあんた、何であんなところで倒れていたわけ?その恰好からしてケハノの人っぽいけど」


ケハノ村。その言葉を聞いた途端、これまで忘れていた出来事が激流のようにシャルの頭に流れてきた。シャルは目を大きく見開くとバッと立ち上がった。その気配を感じ取ったのか女もくるりと彼の方向を向く。


「ちょ、急にどうしたのよ!?」


「今すぐ村に戻らなきゃ!!父さんや母さんが…!!」


「だから急にどうしたって…」


「ここはどこだ!?村に戻るんだ!!戻らなきゃ!!」


しかしシャルには女の声が届いてなかった。村はどうなったのか、皆の安否は、村に戻らなくては、シャルの頭はそれだけに支配されていた。


シャルは錯乱したように辺りをキョロキョロと見回すが、焚火が照らす範囲を除いては未だに深い闇に包まれており、まともに歩けるような状態ではない。そのことを悟ったシャルは、今度は焚火から一本薪をひっつかむとその明かりを頼りになんとまだ暗い影を落とす背後の岩山を登り始めた。


その様子を見た女が慌てて駆け寄りシャルの肩をむんずと掴む。


「落ち着きなさい!そんな状態で山なんか登れるわけないでしょ!?」


「あんたには関係ないだろ!離せ!離してくれ!」


シャルは女の腕を振り払うために大きく肩を動かそうとした。が、その瞬間右腕を後ろ手に捻りあげられた。痛みのあまりシャルは怯み、その隙に左手に持つ明かりを背後から女に奪われてしまう。


「ぐっ…」


「何があったか知らないけど、馬鹿なまねはよしなさい。次暴れたらこのまま首を絞め落とすわよ。こんなところで暴れられたら私だって危ないんだから」


シャルの右腕を捻りつつ女が冷たい声で伝える。二人がいる場所は比較的平坦であるとはいえ傾斜のある山腹だ。そんな足場の悪い中でも女は素早くシャルに技をかけ彼を拘束していた。若いながらかなり腕も立つようだ。首を絞め落とすというのもはったりではないだろう。


それでもシャルは女の警告を聞かずそのままもぞもぞと抵抗を続ける。だがどれだけ動こうと見事に固められたシャルの身体は女の拘束を一向に解くことが出来なかった。村の事で頭が一杯になっていたシャルは次第にそのことに対し強い苛立ちを覚え始めた。


(くそ、相手は女だぞ…。何で…)


「大人しくしなさい。それに力で私に敵うと思わないことね」


それを聞いた途端、シャルは堪忍袋の緒が切れ、思わず


「離せって言ってるだろ…!女のくせに生意気なんだよ…!」


と口走ってしまった。その声を聞いた途端、女の目から光が完全に消える。


「あっそ。それじゃ、死んでも知らないから」


女はシャルの膝裏に勢いよく蹴りを入れた。立つ力を失ったシャルはその場で勢いよく崩れる。しかし地面に膝を着くよりも早く、肩を掴んでいた左手が素早くシャルの首に回され、そのまま首を強く圧迫される。


「カッ…!カッ……!」


女とは思えない凄まじい強さで首を絞められ、シャルは数秒ほど声にならない声を上げていたが、やがて再び気を失った。


「……ぐはっ!!」


背中に強い衝撃と痛みを受けてシャルは目を覚ました。重たい頭をゆっくりと上げながら、失意に満ちた顔で辺りを見渡すとそこはすでに山の上では無かった。意識を失ってからかなり時間が経ったのだろう、日はすっかり昇りきり、あたたかいな日の光に照らされた短い草が時折吹く風に煽られさらさらと揺れていた。意識を取り戻した場所は草原であったのだ。しばらくその光景をぼんやりと眺めていると、前方から聞き覚えのある声がした。


「全く、馬から落ちて意識を取り戻すなんて、無駄に骨太ね。そのままくたばってくれていればこっちもお荷物が減って助かったんだけど?」


そんな悪態とともにシャルを絞め落とした女がやって来た。ただ女は山で出会った時とは違い、今度は二匹の栗毛の馬を連れ、肩には狩猟用の短弓をかけている。どうやら気絶したまま馬に乗せられ、運ばれている最中に落馬しその衝撃で目を覚ましたらしい。


「ここは…?」


「ハイラ山脈と東ノ国の間、『海原へ至る草原』よ」


ぶっきらぼうにそう言うと女はするりと馬から降り、その場で座り込んでいるシャルの前で仁王立ちになると


「山でのあんたの発言は特別に不問にしてあげる。その代わり、あんたが何者で、どうして交易路のど真ん中で倒れていたのか教えなさい」


と問いを投げかけた。ただ、その声には明らかに軽蔑の態度が見て取れた。


「は、はい…」


その圧に気圧されたシャルは自分に降りかかった災難をありのまま女に話した。自分はケハノ村の人間であること。商隊が襲われ命からがら村に逃げてきたこと。そしてその夜に村が一人の女によって壊滅させられ、自分だけ生き延びたが他の村人の生死は全く分からないこと。それらを一つ一つ伝える内にシャルは辛い気持ちと皆を心配する気持ちに耐えられず、涙を流しながら女に伝えていた。ただ、ショウの見つけた七色の泉と自分達が群青の軽業師と思しき人物によってその泉に落とされたことは伝えなかった。というより、そんなことを話しても信じてもらえないと思ったからだ。


「そう…、そんなことが起こっていたの…。それは…つらかったわね…」


先程まで明らかにシャルを軽蔑していた女も、シャルが涙を流しながらも必死に自らの災難を話すおかげで次第に哀れみの情が沸いてきたのか、その声色も穏やかになり、最後はただ静かに彼の話を聞いていた。


「それで…俺は…、何とか逃げ出して…けど…その時に転んで頭を岩にぶつけたんです…。それで気を失って気づいたらあなたに…。すいません。男のくせにこんなメソメソと…」


「いいわ、気にしないで。それに私も混乱したあんたに随分ときつく当たってしまったわね。ごめんなさい。ちょっと寝不足気味で虫の居所が悪かったし、ほら、最近は怪我人を装って追いはぎしようとする輩もいるからてっきり、ね?それにあんたのいう事、信じるわ。そんな顔になって伝えてくれたんだから」


シャルの話を聞き終えると女は顎に手を当て少し考えたような仕草をした後、再びシャルに訊ねた。


「でも、よく考えたらあんたの話…そういえば名前を聞いてなかったわね。あんた、名前は?」

「はい、シャルと言います」


「そう、シャルね。私はチェナ。よろしくね」


そしてチェナと名乗ったその女は自分の素性を少し話してくれた。自分は西ノ国の遊牧民の出であるが、生まれながらのお転婆娘で裁縫や炊事と言った女の仕事に全く馴染めず、武術や剣術の類ばかりを学んでいたこと。少し前までは両親とともに放牧による牧畜を行っていたが父が病に倒れてしまい放牧が続けられなくなったことで今は家族で西ノ国の都に移り住み、チェナ自身も現在は行商の用心棒として出稼ぎを行っているそうだ。自分の素性を一通り話した後にチェナは


「と言っても女だから中々仕事にありつけないんだけどね。年も二十歳そこらだから若すぎるってのもあるし、自分の好きなことで食っていくのは大変だね」


と付け加えた。自分より二つほどしか年齢が変わらない女性が、用心棒という危険な仕事で食べているという事実を知ったシャルはなおのこと、山で自分が放ってしまった言葉に強い罪悪感を覚えた。


「すいません、俺、あなたの事情も知らないのに山であんなことを言って…」


しかし謝罪の言葉を言い終わる前にチャナは


「不問にしてあげるって言ったでしょ。私ももう気にしていないから謝らなくてもいいわ」


と言葉を遮った。ただその口調には先程までの強気な勢いが少し戻っていた。


「それよりも」


チェナはそう言うと立ちながらの会話に疲れたのかその場に座り込んだ。チェナの綺麗な瞳が自分と同じ目線に来たことで、シャルは自然と頬が紅潮するのを感じた。日の光の中でみる彼女の姿は、焚火に照らされていた時よりもずっと美しくシャルの目に映った。


「あんた、頭を岩で打ったのは村の裏道だって言っていたわよね?でもあんたが倒れていたのは新道の村に続く道よ。それに岩で頭を打ったっていうのも妙な話だわ。普通の人間なら岩に頭をぶつければただじゃすまないはずなのにあんたは頭から多少血を出しただけでピンピンしているし。あんた自身もおかしいと思わない?」


「それは…」


そのことについてはシャルも疑問に思っていた。あの時確かに自分は鋭利な岩に額を強く打ち付けたのだ。その時に感じた激痛もはっきりと覚えている。


「ねぇ、村を襲ったってのが女一人っていうのは本当なの?別にあんたの話を信用していないって訳じゃないわ。でもたった一人で村一つを陥落させて、しかも槍で刺しても傷一つ付かない体を持っているなんてそんなことあり得ないわ…そう、あり得ないことよ」


そう続けるチェナの言葉には何故か自分自身に言い聞かせるような、そんな含みを持っていた。


「襲ってきたやつが本当にそんな力を持っていたかは分からないんです。でも、村の男は皆普段の仕事で鍛えられていますし、武術の心得がある人もいます。そんな人達が束になっても勝てない相手であったのは確かです」


「ふぅん。で、そんな嘘みたいな女の狙いがあんたとあんたのいとこってわけ?確かに交易の要衝であるケハノを賊が潰そうとするのはあり得る話だけど、村一つを潰せる力があるのにわざわざあんたらを狙う意味が分からないわ」


チェナはそう言い終えると今度は座ったままの姿勢で顎に手を当てて何かを考え始めた。ただ、今度は先程とは違い、眉をひそませながらしきりに、いや、そんなことあり得ないわと独り言を呟いている。その様子は昨日、商隊の隊長と会話を終えた後に同じような独り言を呟きながら集会所を出ていったムイとどことなく似ていた。


「あの…」


「何よ。考え事している最中なんだから話かけないで…」


「信じてもらえるか分からないんですが、実は襲撃者の女が俺を狙った理由があるんです」


「は?」


「さっきは話していなかったんですけど、俺がその女を初めて見た時、何故か全身が火に当たったみたいに温かくなったんです。その感触を感じた瞬間に女が急にこっちに向かってきて…」


だがシャルはその言葉を言い終えることが出来なかった。チェナが急に血相を変えてシャルに飛び掛かりそのまま馬乗りになったからだ。


「え、きゅ、急に何を…」


「いいから、黙ってなさい」


そう言い放ちながらシャルを見下ろすチェナの顔には、驚愕と恐れの感情が同時に浮かび上がっていた。そしてチェナは震える両手で人差し指と親指同士をつないで三角の形を作り、それをシャルの胸元に慎重に押し当てた。その様は昨夜、襲撃者がシャル達に向けた、焚火に手を向けるような動作と酷似していた。


(まさか、この人が昨日の…?)


シャルがそう思ったその時、温かい感触が全身を駆け巡るのを感じた。昨夜感じたものと全く同じだ。火照りのような感覚に伴い、全身に陽炎のようなゆらぎが発生していることも共通している。


(また、この感触だ…)


「『共鳴』している…。信じられないわ、でもこいつがそうなら今までの話全てに辻褄が合う…」


チェナの震える声が、シャルの耳を通り抜けた。

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