表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

或るボーイズ・ラヴ

〈氣紛れにたまのミシマや秋津嶋 涙次〉



【ⅰ】


殆どの知的な男が同性愛の一瞬を經驗するのは致し方ない。それは同朋愛の一種として生まれ、肉體の愛から精神的な方向へと昇華されて行く。→ジェイムズ・ボールドウィンを見よ。ところがこゝにそのルートを辿らず(異性愛一筋)、然も身邊に同性の友を澤山侍らせてゐる男がゐた。杵塚春多である。彼には* 楳ノ谷汀と云ふ重しがあつたから? それは誰にも分からないが、** 結城輪と云ふ「擬似弟」を抱へながらも、然も輪はゲイであつたが、何故か肉體の愛の地獄には嵌らなかつた。



* 当該シリーズ第6話參照。

** 前シリーズ第191話參照。



【ⅱ】


* 輪はバイク、ヤマハ・トリシティ125を停める場處は、杵塚の駐車スペースから自宅へと變へた。親には、バイク許してくれないと大學行かないぞ、と脅して。彼はそれくらゐには自立心を持つてゐた。その大きな理由となつたのは、杵塚の影響だつたが、彼自身は「杵塚離れ」してゐる、と自分を踏んでゐた。その替はり、新たな「憧れの人」を得てゐたのである。



* 前シリーズ第165話參照。



【ⅲ】


その「憧れの人」とは勿論同性なのであるが、水智欣路(みづち・きんぢ)と云ふ男で、杵塚の周りに三々五々集まつて來る映画好きな若者たちの中の一人だつた。彼もバイク(輪のやうには杵塚の影響ではない)に乘つてゐて(ホンダGB250クラブマンをカフェ・レーサーふうに改造してゐた。わざとタンデム出來ないやうに改造するなんて、何て格好いゝんだ、と輪は思つた)、痩せ型・脊は髙く・目は細く鋭く・鼻は髙く・長髪を後ろで束ねてゐた。その容貌は何処か北米インディアンを思はせ、完全に周囲を圧倒してゐた。



※※※※


〈焼き飯に醤油が香る秋はふとメシを喰らひつ立ち止まつてゐる 平手みき〉



【ⅳ】


輪は每夜、寄宿舎にゐても自宅にゐても、夢に水智が出て來るのを留め得なかつた。不思議な事に、その水智は一匹の大きな蛇で、ちろちろと二股に分かれた舌で輪の脚を舐める。仲間内では、「スターウォーズつて父と子の物語なんだよね」と皆を煙に巻き、「スターウォーズの欣ちやん」と呼ばれてゐる水智は、蛇の精でもあつたのだらうか。さう、彼は【魔】の血脈を引く男であつた。然も、一度も魔界に足を踏み入れた事のない、謂ふなれば「はぐれ【魔】中のはぐれ【魔】」であつた。



【ⅴ】


杵塚の* 第3彈映画、『鬼面菩薩』は、杵塚本人こそエンタメと銘打つてゐたが、一般にはジョナス・メカスの後を襲ふ、難解作と観られてゐた。輪にはそんな映画より、水智との夢の中での戲れの方がスリリングで面白かつた。だが、現實には水智を振り向かせる方法も知れず、また彼が同性愛に理解があるかも知らなかつた。



* 当該シリーズ第120話參照。



【ⅵ】


(だが僕は、杵さんは卒業したんだ。これからはオープン・ゲイを目指すんだ。)-いづれ兩親にも打ち明ける事になるだらうそれは、輪の胸を震はせた。輪はうつすらと雀斑(そばかす)の浮いた水智の頰を思ふ度、その事も思ひ出す。



【ⅶ】


杵塚の『鬼面菩薩』はじろさんの半ば傅記的作品である。じろさんは、輪の事はトラブルメイカーとしか見てゐない、と輪は勘違ひしてゐたが、實際には、成長過程にある男の子の典型だと思つてゐた。これからは兩親を脅すだけでなく、眞に自立した一人の男となる- それは、輪ならばオープン・ゲイの道を歩む事なのだつた。逆説的かも知れないが、それは確かな事、確かな輪の生き方なのだ。



※※※※


〈我が庭の紅黃變や拔け毛して 涙次〉



【ⅷ】


このエピソオドは尻切れ蜻蛉ふうに終はらせやう。永田が目論むのは、堅固で動かしやうのない完成を目指す事ではなく、その時どきの(謂はゞ刹那の)寄り道的完成である。その為には、【魔】の手だつて借りる、そんな類ひの物語にしたいと思ふ。


お仕舞ひ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ