緊張
観覧席の熱気がようやく落ち着き始めた。
その正面の壇上に立った鮫島先生がマイクを手に取る。
声はいつも通り低く、静かな響きが会場を包む。
「──以上をもって、第1試合を終了とする。勝者は、桂・四月一日ペア。……よくやった」
場内に、拍手が広がる。
最初は遠慮がちに、やがて次第に力強く。
観覧席から、思い思いの反応が漏れた。
拍手が収まるのを待ってから、鮫島先生が口を開く。
「最初の試合ながら、とても見応えがあった。四人とも、自分のすべきことを理解して、持てる力を出していた。素晴らしい、そう言って差し支えない内容だったと思う」
観客席に、微かなざわめきが生まれる。
賞賛か、羨望か。それとも──
自分の番が迫る焦りか。
ざっと見渡しただけでも、生徒たちの表情はそれぞれ違っていた。
「さて、第1試合が終わってすぐで申し訳ないが、早速第2試合の準備に入る。まずは対戦カードを発表する。名前を呼ばれた者は各自準備を進めるように」
先生の言葉に、空気がすっと引き締まる。
誰が次に呼ばれるのか。
どんな力を、どんな戦いを、見せなければならないのか。
期待と不安が入り混じるなか、淡い水色の光がボードの表面を静かに滑っていく。
にじむように、名前の輪郭がゆっくりと確かに浮かび上がっていく。
(……うそでしょ)
自分の名前を呼ばれる直前の、あの独特な胸のざわつき。
誰かの息が詰まる音と、誰かの喉が鳴る音。
その中で、先生の声が再び響いた。
「第2試合、井上 陸・浜崎 千夏 対 不帰谷 みこと・逆本 優紫」
心臓が一拍、遅れて跳ねた。視界の端がぐらりと揺れる。
(もう?早くない?初戦じゃないだけマシだけど……っていうか相手が陸と浜崎!?は?どゆこと?
あぁいや、それより早く……)
「……君?みこと君?」
名前を呼ばれて、ハッと顔をあげる。
目の前には、ペアである逆本が困惑したような顔で立っていた。
小柄で、長めの髪と丸っこい顔が特徴的だ。
「どうかした?次、私たちの番だから。早く行こ」
いつからそこにいたのか、まったく気づかなかった。
「あ、ご、ごめん。うん、すぐ行く……!」
声が少し裏返る。焦って立ち上がろうとした拍子に、椅子の脚がギイと鳴った。
その音に自分でも驚いて、余計に気まずくなる。
逆本は特に何も言わず、静かに背を向けて歩き出す。
その背中を見ながら、自分の耳をそっとさする。
(落ち着け、落ち着け。……何に動揺してんの。ただ試合するだけ。いつも通りやれば、大丈夫──)
「ねえ、逆本さんって、なんか得意な戦術とかある? 僕、基本サポーターだから合わせるよ」
「戦術っていうか……私は遠距離攻撃がメイン」
「分かった。じゃあ──」
少し間を置いて、言葉を選ぶように続ける。
息を合わせるための作戦会議、というよりどこか探り探りの調整だった。
これで連携が取れるのかという不安を抱えたまま、フィールドへと向かう。
フィールドの境界を越えた瞬間、空気の質が変わった。目に見えない不思議な感覚が、足元を撫でていく。
(やっぱり緊張するなぁ)
心の中でそう呟いていると、壇上の鮫島先生がマイクを持ち上げ、宣言する。
「第2試合、開始」
静かに、けれど確かな響きが空間を切り替えた。
そっと息を吸い込んで、前を見る。
いざ、実戦。