終礼と、衝撃と
3限目は体力テストだった。基礎的なスタミナや身体能力を測るためのもので、これは常宮高だけじゃなく、全国の高校で共通して行われている。とはいえ常宮高。何か普通と違う点があるのかも、と思っていたけれど、実際には特段変わった点はなく普通の体力テストだった。
僕の結果は、まあ――うん、察してほしい。
運動もトレーニングもさぼってきた“ツケ”が、しっかり返ってきた。
体力がどうこう以前に、まず体がついてこないっていう……。
そのせいで地獄みたいな数値を叩き出したんだけど、これはまた今度話そう。
ちなみに、今日の1・2限は特別扱いで、普段なら午前中は国語や数学といった普通の授業、午後に属性演習という風にカリキュラムが組まれるのだが、初日である今日は例外で、実力を測るためのテストや測定が最初にまとめて行われた。
そんなわけで、残りの時間は他の高校と変わらない普通の授業を受けて、そのまま放課後になった。
「……ふぅ」
帰り支度をしながら、小さくため息をついた。
午前中にあれだけ集中したあとに、普通の授業を受けるのって意外と疲れる。
「今日はさすがに疲れたな」
隣で陸も鞄を肩にかけながらぽつりと呟く。
「ほんとほんと。初日から詰め込みすぎだよねー」
そんな話をしながら昇降口へ向かうと、あちこちから「おつかれー」「すっげーやついたよなー」と、今日の属性演習や魔力診断の話題が飛び交っていた。
「なんか今日、めっちゃ疲れたんだけど……」
僕達の下駄箱とは少し離れた場所で誰かがぼやくように言った。
「制服じゃね? これ、スキル使うときに魔力制限かかる特殊繊維が入ってるらしいぞ」
「は?なんで?」
「さぁ?どうせ勝手にスキルを使うバカ対策じゃね」
「おーい、それは先に言えよ……全然力出せなかったんだけど」
「俺も。演習でなんか変だなって思ってたら、実はスキル使えてませんでした〜とか笑えないって」
そんな会話を耳に挟んだ気がしたが、それは後ろから勢いよく聞こえた声にかき消された。
「おーい、不帰谷ー!」
振り向くと手のひらを振り上げた早乙女がこちらへ駆け寄ってきていた。
「なに地味にやってんだよー! もっとガツンといこうぜ、ガツンと!」
「……えー、そんなキャラじゃないし」
「そんなんじゃダメダメ! 明日はもっとしっかりしてねー」
「う、うん。努力するよ」
苦笑いしながら手を振り返すと、早乙女は満足そうに別方向へ走っていった。
「そしたら、俺らも帰るか」
「うん、今日はこれで。また明日」
陸に別れの挨拶をし、校門を出る。
明日からいよいよ、常宮高での本格的な毎日がはじまる。
まだちょっと不安だけど――なんだか、楽しみでもある。
そんなことをぼんやりと考えながら、夕暮れに染まる坂道を歩いていった。
*
入学2日目の朝。教室に着いたときには、すでにHRが始まりそうな雰囲気だった。
陸に挨拶して席に着き、荷物を机に置いてからロッカーに教科書を取りに行こうとした――そのタイミングで、鮫島先生が教室に入ってきた。
「少し早いが、全員そろっているようだし、ホームルームを始める。今日は少し大事な連絡があるから、よく聞くように」
(タイミング悪いよ……先生)
そう思いながら、僕は仕方なくUターンして席に戻る。
「で、その大事な連絡が何かなんだけど……属性演習の一環として、なんでもありの戦闘を、今日やります!」
教室に一瞬、沈黙が走った。そしてすぐに、あちこちで上がる声に打ち破られる。
「はぁ!?全然聞いてないんだけど!」
「えっ、もう?」
「先生!いくらなんでも早すぎますって!」
非難と動揺が飛び交う。無理もない。突然「戦闘」なんて言われて、冷静でいられる方が珍しい。僕だって、声には出さなかったけど、内心ではかなりびっくりしている。陸も――きっと同じだ。
「いやー、実は昨日の終礼で言うつもりだったんだけど、すっかり忘れちゃって……ごめんね」
(……え、それで済むの?)
教室内に「はああ……」と、呆れと諦めが混ざったようなため息が充満した。
中には机に突っ伏したり、「マジで帰りたい……」と弱音を漏らしたりする子もいる。
けれど、鮫島先生はその空気を物ともせず、説明を続けた。
「とはいえ、本格的な対人戦はまだ先だ。今日はあくまでも《模擬戦》。ルールを決めた2対2のスキル使用ありの戦闘を経験してもらう。安全には十分気をつけているし、教員も複数人配置される。怪我や事故の心配はしなくていい」
「そういう問題じゃないでしょ……」
「昨日の演習の後にやらせるもんじゃないって」
しかし、すでに決まってしまってた以上、今さら何を言っても覆ることはない。せめて昨日のうちに伝えてくれていれば、多少なりとも備えられたのに。
「対戦相手って、どう決まるんですか?」
前の方の席から、誰かが訊ねると、先生はちょっといたずらっぽい笑みを浮かべた。
「完全ランダム。公平だろ?」
――公平って……なんかちょっと違うんだよなぁ。
「3限に着替えてグラウンドへ集合。くじ引きで対戦相手を決めて、順番に実戦形式で戦闘をする。2限までは通常授業だ。気を抜かずにしっかりやれよ。」
そう言い残して、鮫島先生はさっさと教室を出ていった。
少しの沈黙が続いたのち、クラス全体が一気に騒がしくなる。
「無理……絶対無理……相手に水来たら秒で終わる……」
「演習と違って見てる人も多いだろうし……ちょっと緊張する」
「てかさ、これ絶対先生たち面白がってるよね。昨日の結果とか踏まえてマッチング結果見てニヤニヤするに決まってる!」
「うわ、それ一番やなやつ」
昨日の疲れも残るなか、急な実戦の発表で、クラスの空気はすっかりざわついていた。
僕はといえば、まだ心の準備が整っていないまま、自分の手のひらをなんとなく見つめていた。
(魔力ありの戦闘、か)
ほどほどにやるつもりだったけど、さすがに対人戦となるとそうもいかない。
とりあえず、1限と2限をちゃんとこなしてから考えよう。
本番は――そのあとだ。
*
1限、そして、2限が終わるころには、さすがにクラスの空気にも諦めというか、観念した雰囲気が広がっていた。僕も、気づけば腹をくくっていた。対戦相手が誰になるかは分からない。けど、どうせ逃げられないなら、せめて見苦しくはなりたくない。
2限が終わる。担当の先生と入れ替わるように、鮫島先生が教室に現れた。
「全員いるな?」
「じゃあ、着替えてグラウンドへ移動。荷物は持たなくていい。3限開始のチャイムがなるまでに集合な」
更衣室で体操服に着替え、ジャージを羽織る。言われた通りにグラウンドへ向かうと、そこにはすでに魔力演習用の仮設フィールドが展開されていた。白く半透明の結界がドーム状に張られていて、中の魔力やその流れが外に漏れないようになっている。安全対策は万全――というのも、あながち嘘じゃないらしい。
周囲にはすでに何人かの教師が待機していて、観客席らしき簡易ベンチもいくつか並べられていた。
ちょっとしたイベント感がある。
「はい、注目ー!」
鮫島先生が手を叩いて注意を促す。
「ここから先は、2対2での模擬戦を行う。今日は対人形式の戦闘に慣れてもらうことが目的だ。これはあくまでも模擬戦で、ルールを決めての戦闘になるが、ナメてかかると痛い目をみるぞ」
「勝利条件は相手チームを二人とも無力化すること。フィールドの外に出るか、戦闘不能と判定された時点で脱落だ。ちなみに今回は、殺傷系を含むすべてのスキルの使用を許可する」
クラスにどよめきが走るが、鮫島先生は気にせずに話を進める。
「もちろん、実際に人にダメージは通らない。フィールド内で受けた攻撃は全て、特殊なセンサーによって“数値化”される。そして、お前らの現在の状態をもとに、機器が自動的にHPを推測し、設定する。要するに、お前らがどれだけダメージを受けたかが機器に記録されて、一定ラインを超えたら“死亡”判定、つまり脱落ってわけだ。痛みも反動もないが、真剣勝負のつもりで挑め」
「回復役やサポート役の真価は、こういうチーム戦でこそ発揮される。力任せじゃない立ち回りを、しっかり見せてくれよ」
クラスにピリッとした空気が走った。やはり、戦闘となると緊張感が違う。
「じゃあ――まずは、くじ引きで決めた最初のペア、出てもらおうか」
鮫島先生がホワイトボードに貼られた紙を指差す。その上にはすでに第1試合の対戦カードが貼り出されていた。
最初に戦うのは――
「第1試合、榎本 雫・金森 綾斗 対 桂 律・四月一日 小百合」
「えっ、初戦からこれ!?」
「メンツ濃くない……?」
ざわめく声のなか、名前を呼ばれた四人が前へ出ていく。榎本と金森は互いに無言で、黙々とフィールド内に入り、桂と四月一日は、対照的に何か作戦を話しているようだった。
「準備はいいな。それじゃ――模擬戦第1試合、開始!」
先生の号令とともに、注目の第1試合が幕を開けた。