魔力診断
教室に戻ると、さっきよりもいっそう賑やかな空気が広がっていた。
「すごかったよ、あれ!」
「いやいや、お前のも大概だったって」
「火力ヤバかったでしょ?見てた?」
「私はむしろ、水の子のほうが……」
そんな声が、あちこちで飛び交っている。
普段は静かそうな子まで、演習の話題に花を咲かせているようだった。
教室全体が、ちょっとしたお祭りみたいに盛り上がっている。
僕の席のまわりでも、何人かが集まって話している。
「やっぱ火って映えるよね〜」と早乙女は満足げに拳を握って見せ、
「でもさ、井上くんのあれ、やばくなかった?」と浜崎が感心したように言う。
陸はというと、特に表情を変えるでもなく「普通だ」と一言。
「いやいや、もっと自慢しろって」と、葉々園智陽が横から茶々を入れる。
そのやり取りを効きながら、自分の席教科書をぱらぱらとめくる。
「そういえば陸、次って通常授業だっけ?」
「ん? いや、2限は《魔力診断》だって」
そう言いながら、陸が週のスケジュール表を見せてくる。
「あー、そうだった」
《魔力診断》――それは、この世界に存在する“属性を支配し操作する力”、いわゆる“魔力”を測るための時間。魔力量やその性質、適性スキルなどを一人ひとりチェックしていく、いわば魔力の体力測定みたいなものだ。
入学時に希望すれば後から再検査もできるらしいけど、だいたいの人の魔力傾向は、この診断で決まる。少し緊張するけど、まぁ、避けては通れないやつ。
「どれくらい伸びてるかなぁ」
「お前のことだし、どうせまたオーバーフローだろ」
そうかな?と苦笑しながら、机の上でシャーペンをくるくる回す。
そんなやりとりをしているうちに、次の担当教師が教室へ入ってきた。
*
その人は、依苗環と名乗った。この学校で魔力科を担当しており、入学式でも一度見かけたことがある。年齢は見た目からして年配。腰まで届きそうな白い髪が、背中でゆったりと揺れている。
けれど、話しぶりは意外とハキハキしていて、通る声が教室の中に響いた。
曰く――今回の《魔力診断》は教室で行い、専用の診断機器を使って一人ずつ順番に測るらしい。順番は出席番号順とのこと。
……ということは、一番最初は陸だ。
( 陸も大変だなー、トップバッターなんて。)
機器の準備を終えると、さっそく測定が始まった。
最初に名前を呼ばれたのはもちろん陸。
「1番、井上 陸」
依苗先生の澄んだ声が教室に響く。
陸は「はい」と短く返事をして立ち上がり、教室の前方に設置された診断機器の前へ向かった。
診断機器、といっても見た目はそこまで大げさなものではない。机に乗るサイズの六角柱状の物体で、中央部に属性反応を測るためのプレートがついている。その前に立ち、魔力を流し込むことで測定が行われる仕組みだ。
陸がプレートの前に立つと、教室がすっと静かになった。
さすがに最初の一人ともなれば、みんな気になるらしい。
陸は息を整えて、プレートにそっと手をかざした。
次の瞬間、ほんのりとした緑色の光がふわりと流れ出す。光はゆっくりとプレートへ吸い込まれていき、それに応じてプレートの横に備え付けられたパネルに数字や文字が次々と表示されていった。
(……おお)
思わず感心する。光の動きがとても安定していて、魔力の流れが綺麗だ。
これなら評価も高く出るだろうな、と素人目にも分かる。
「草属性・魔力値65・魔力操作適性:A+ うん、なかなかね。一人目から見込みがありそうよ」
依苗先生がパネルを確認し、記録を取りながら満足げにうなずいた。
教室のあちこちから「すげー」とか「さすが」という声がひそひそと上がる。陸は特に表情を変えるでもなく、静かに席へ戻ってきた。
「おつかれー。去年より伸びた?」
「......別に」
そっけない返事だったけれど、どこか嬉しそうな雰囲気を感じ取れた。
陸の測定が終わると、依苗先生が次の名前を読み上げた。
「2番、榎本 雫」
ミステリアスな雰囲気が特徴の榎本が、しずしずと前に出ていく。
プレートに手をかざすと、薄い空色の光が静かに流れた。
「水属性・魔力値74・魔力操作適性:S 素晴らしい!才能あるわよ、あなた!」
先生が興奮気味に語り、教室が少しざわついた。
「……すげ」
「やばぁ」
しかし榎本は特に気にした様子もなく、淡々と席に戻っていった。
続いて、
「3番、蝦名 結」
「はっ、はい」と歯切れの悪い返事がした。
呼ばれた蝦名がおずおずと前に出ていき、やや緊張した面持ちでプレートに触れた。
「火属性・魔力値57・魔力操作適性:B+」
「おー、結構やるな」
後ろからそんな声も聞こえてくる。
次に呼ばれたのは――
「4番、不帰谷 みこと」
(あ、僕か)
少し気を引き締め、前へ出る。
プレートの前に立つと、魔力の自然な流し方を考える。ここで下手に力加減を間違えると、変な目で見られるかもしれない。
(ほどほど、ほどほど……)
心のなかでそう唱えながら、手をかざす。
ゆるやかな水色の光がふわりとプレートへ流れ込み、やがて機器のパネルに結果が表示された。
「水属性・魔力値62・魔力操作適性:A- 悪くないわね」
依苗先生が小さくうなずき、次を促す。
そっと息をついて席へ戻ると、陸が横目でちらりと見てきた。
「……無難にやったな」
「もちろん」
小さく笑い合うと、次の名前が呼ばれた。
「5番、桂 律」
(律くん……そういや、演習のときはどんな感じか見れなかったな)
律が静かに前に出る。迷いのない動きだ。
手を当てた瞬間、紅蓮のような赤い魔力が力強くプレートに流れ込んでいく。
「火属性・魔力値51・魔力操作適性:B-」
(そんな大したことないのかな?)
そんなことを思いながら、全員分の診断結果を聞いていた。
さすが常宮高、みんなレベルが高い。
特に注目すべきは榎本雫と、中盤に呼ばれた浜崎千夏――
「水属性・魔力値78・魔力制御適性:S 今年はすごいわね。同じ教室にSクラスが二人も居るなんて」
教室内がざわっとした。入学成績トップだと聞いていたけれど、まさかここまでとは。
(手を抜く暇なんてなかったかも……)
そんな気持ちがふと胸に湧いた。
その後も、次々と診断は進んでいった。
火も草も、高い適性を持つ生徒が多く、見ているだけでも刺激になる。
なるほど、やっぱりこの学校、普通じゃない。
最後の生徒の診断が終わると、依苗先生が記録用紙をまとめ、全体を見渡した。
「はい、これで全員終了。中学の時にも一回やったかもしれないけど、ほとんど初めてなのに、みんななかなか優秀だったわ。今日の結果は後日フィードバックするから、自分の参考にしておくように」
カシャッと診断機器が閉じられ、教室にはほっとしたような息がもれる。
一部の生徒はちょっとした何かを達成したような顔をしているし、逆に悔しそうな表情の子もいる。
僕も席に座りながら、先ほどの数字と手応えをなんとなく反芻していた。
もちろん、魔力がすべてではない。純粋なスタミナや技術、知略も魔力と同じくらい大切だ。しかし、魔力量がこれからの生活に大きく影響するのもまた、事実である。
「それじゃあ号令。……あぁ、日直はまだいないんでしたっけ?」
仕方がない、と依苗先生が挨拶をする。僕達も返すように挨拶をして、2限が終了した。
インフレに気をつけながら頑張ります