引きこもり英雄、旅に出る
「……なんか久々に外に行くか」
男は誰に聞かせるわけでもなく呟き、ベッドに預けていた体を起こす。
寝ていたというのに、切り揃えられたライトブルーの髪は崩れておらず、目元にも寝起きを意味する汚れはない。
目つきは柔らかく、顔立ちの整っている男は他者の目からは好青年に映るだろう。
その男――――レイ・アストラムはかつてこの世界で英雄と呼ばれていた。
人族と魔族を調和に導き、迫りくる危機を退けて英雄譚と呼ばれるに値する貢献をし続けた彼は、旅の終着に、世界の最果てにある塔へとたどり着く。
それから実に300年の時が経過した。
予め誤解のないように伝えておくと、彼は種族としては至って普通の人間である。そして人間の平均寿命は100歳だ。
実年齢は300と少し、見た目に関しては20代前半で止まっている。
この世界では、人間に限らずあらゆる種族が「ある領域に至る」ことがある。
それは限界を超えた力を引き出せるようになり、疑似的な不死性を得る文字通り人を辞めた者たちの領域。
レイもその領域に至っているため、こうして最果ての塔で300年過ごして今に至るということである、
ベッドから降りて身支度を整えていく。
かつて使用していた魔力を帯びたコートは手入れを怠っていなかったので、埃の類は付着していない。
それを羽織り、ベルトやブーツ、その他冒険に必要な道具類を身に着けると、最後に大事そうに飾ってあった、見事な装飾が施された三本のバスタードソードを手に取る。
黄金一本と蒼白二本の三本の剣はそれぞれが異なった意匠を施されている。
黄金は金色に輝く刀身と青白い装飾の施された刀身が太めの直剣。
蒼白は透き通った薄い水色の刀身を持ち、鍔の近くに宝石が埋め込まれている、反っている片刃の剣。
どれもこれまで幾度となく困難を一緒に乗り越えてきた自分の半身だ。
背中に黄金、左右の腰に一本ずつ蒼白を装備し自室の扉を開く。
そこは開けたロビーになっており、広さは冒険者ギルドとそう変わらないくらいだろう。
真ん中にはソファとテーブルがあり、その近くには暖炉もある。今の時期は春真っ只中なので、暖炉に火は灯っていない。
ソファにはゆったりとして両肩が露出している服装をした、美しい金色の髪をストレートに下ろし翡翠の瞳を持った垂れ目の絶世の美女が、座って何かを飲んでいる。
彼女はこの最果ての塔の主である女神エルデだ。
「おやレイさん、外出ですか?」
「あれから随分と時間が経ってるからね。どれだけ変わったのかって考えたら居ても立っても居られなくってさ」
「ふふっ、貴方らしいですね」
彼女とはこの塔を訪れた時からの付き合いだ。
最初こそは別の存在だと意識していたものの、今となっては気の知れた友神だ。
「貴方なら大丈夫かとは思いますが、気をつけてくださいね」
「ありがとう。それじゃあまた」
「ええ、また」
別れの言葉はいらない。
彼女は悠久の時を生きる女神だし、今回の旅の終着点もまたここになる。旅が終わるのはいつになるのかはわからないが、少なくとも300年よりも短いのは確実だろう。
それだけ交わしてレイは塔の扉を開け放った。
♢
扉を開くと、春の日差しが突き刺さり、眩しさに目を顰める。再び目を開くと、そこは少し開けた草原だった。北の方には街が見える。
振り返っても塔はなく、草原が広がっているだけだ。エルデが気を利かせて街の近くに飛ばしてくれたのだろう。
特段目的のない旅のため、ひとまずはそちらに向かっていくとしよう。最奥に城が見えるし、街の東に森が広がっていることを考えるとユリオン王国だろうか。
草原を抜けてすぐに舗装された道へと繋がる。壁門まで続いているであろうその道を歩いているといくつかの集団とすれ違う。
武装した幾人かが馬車を囲うように歩いている集団。
まだ汚れのない新しい武具を装備して楽しそうに笑いながら歩く四人組の男女。
同じデザインの服装をした男女が規則正しく並んで歩く大集団。
どの集団も一様にこちらをちらっと見て、すぐさま近くの人物との会話に戻る。ソロの冒険者か旅人だと思われているのだろう。多少の好奇の視線は感じたが、それもすぐになくなった。
そんな風に何グループかとすれ違うと、もう目の目に街の外壁が見えてくる。
王城を中心として、街が円形に構築されており、そのさらに外を外壁がぐるっと囲んでいるタイプ。外壁の門は四方に存在しており、ここは南門になる。
南門の先には商業区が広がっており、北区は貴族街、東区は学園、西区はスラムとなっていたはずだ。
そんな南門の先からは活気のある声が途切れることなく聞こえてくる。門の隙間から中をうかがってみると、比較的新しい建物や変わってしまったところなどはやはり多いが、昔みた光景のものがそこにあって、懐かしさを感じる。
「失礼、冒険者かな。冒険者証の提示を」
「いやぁ、実は冒険者じゃないんですよ」
「ふむ? では旅人ということか。なら身分証になるものは」
「実は落としちゃったんですよねぇ」
真っ赤な嘘だ。
元は冒険者で冒険者証も持っているが、300年も更新していない。しかも300年も前の英雄の冒険者証を出したところで余計に怪しまれるのでこれでいい。
「なので、一時滞在許可をいただきたくてですね」
「わかった。おい、こっちに来て身体検査をしてくれ」
もう一人の衛兵が呼ばれてこちらに来るのを見計らい、武器の類は取り外してその衛兵に預ける。
その衛兵は鞘から取り出してくまなく調べると、今度は後ろに立ってポケットなどを確認していく。
「今回、滞在の目的は?」
「旅の休憩地点というのと、まあ身分証なくしたんで見つかるまで冒険者になろうかなと」
「ふむ、なら一時滞在許可は不要だな」
「あれそうなんですか?」
「ああ、私が付いていくのでそこで冒険者登録をしてくれ。それで君はユリオンの冒険者として身元は保証されるだろう」
「すみません、それじゃあそれで」
一時滞在許可は面倒な書類を何枚か書く必要があるし、なにより衛兵の仕事も増える。そんな面倒な仕事をなくせるのなら、お互いにwin-winというやつだろう。
「異常なしです!」
「よし、それじゃあ私が案内するから付いてきてくれ」
身体検査が終わった旨を伝えられると、その衛兵が門を開けて中に入りついて来いと手招きしている。
特に逆らう理由もないので、そのまま彼についていく形でユリオン王国の商業区へと入っていく。




